世話焼き令嬢、親友を心配する。
リーシャ・カルディン侯爵令嬢には少し変わった趣味を持っている親友がいる。
その名はユティア・サフランス。サフランス家の末っ子の令嬢だ。
彼女との出会いは確か、八歳くらいだった。お互いの両親の仲が良く、サフランス家に遊びに連れて行ってもらった時に初めて顔を合わせた。
その当時、八歳児にして人間の内面を見透かすことを得意としていたリーシャは同じ年頃の令嬢のことを毛嫌いしていた。
その理由は侯爵家以上の家格の年頃の令嬢だけが集められた、王宮でのお茶会にリーシャは参加したことがあり、それが原因だった。
お茶会自体は恐らく、隣国の王女を母に持つ第三王子の婚約者を大勢の令嬢達の中から探す、という建前もあったのだろう。
結局は、最初から内定していた公爵家の一人娘──大人しく可憐な令嬢に決まったが。
この際、参加していた令嬢達は同じ年頃の娘とは思えない程に性格が悪く、口が達者な者ばかりだった。
口を開けば自分の力で築き上げたわけではない家自慢、特にたいしたことのない自分自慢、どこそこの偉い役職に就いている家族自慢、他に話すことと言えばドレスや宝石、そしてあげくには他家の令嬢を貶める発言をする者だっていた。
どの令嬢も『さっきの令嬢が話していたことと、どこの内容が違っているの?』と思いたくなるほどに似たようなお喋りばかりで辟易していた。
全くと言っていいほどに面白みはないし、時間の無駄だった。
八歳児程度の令嬢達がこれならば、親は見なくてもどの程度の人間なのかすぐに分かった。
リーシャはそう覚り、これから自分が歩みを進めていく予定の貴族社会に対して舌打ちしそうになった。
いや、もちろん貴族の令嬢として生まれたからには自分の役割というものは理解しているし、全うしようと思っている。
それでも心の中では超がつく程に面倒くさい、とお嬢様らしからぬ口調で吐き捨てた。
まだ自分は幼いが、今後はこの貴族社会の中で笑いたくもない奴に微笑み、腹の探り合いをしつつ生きていかなければならないのだ。
それが果てしなく億劫だと思った。
そんな時だった。リーシャが「癒し」だと言える、ユティアという存在に会ったのは。
どこか眠そうな顔をしているユティアと会った瞬間、リーシャは思った。
『うっわ、天使だわ……』
可愛いという表現を突き抜けて、その発想に至った。
まず、その可愛さにわざとらしいあざとさがないのがとても良い。
首を傾げるだけでも最高に可愛いので、絵画として後世に残したいと思ったほどだ。見ているだけで癒される。
そして、家格はリーシャの方が上だったが、特にこびへつらうような態度も感じられない。
彼女は何ものにも染まっておらず、なおかつあまりにも純粋で自由な性格をしていた。
そして時折、本当に同い年なのかと思うほどに達観している時があった。
だが、性格が大人びているというわけではない。
美味しいものを食べれば、美味しいと言わんばかりに小さくはにかむし、何かをしてもらったことに対するお礼も、自身に否があった場合の謝罪もはっきりと言える子だ。
何気ないことが当たり前に出来るなんて、なんと素晴らしいことか。
そんなユティアと友人になるのに、時間はそれほどかからなかった。むしろ、友人になりたくてこちらから、ぐいぐいと迫ったほどだ。
また、実際にユティアと接してみて、彼女が他の貴族令嬢とは全く違う性質を持っていることに気付いた。
彼女の本質は恐らく、そこに集約されているのだろうとリーシャは思い知る。
ユティアの趣味はずばり「昼寝」である。
そう、昼寝。別に隠語などではない。ただの昼寝である。
それ以外のことには全く興味がないと言わんばかりに昼寝が大好きなのだ、親友のユティアは。
いや、それはいい。ユティアの寝顔は天使なので。
だが、昼寝以外に全力にはならないのだ。
身に着けているマナーだって、本当はリーシャと同等なほどに完璧だし、魔法だって上手い。
勉学においては誰よりも秀でているのに目立つのが嫌だから、という理由で中間よりも少し上程度の成績を保持している。
曰く、下手に目立てば余計なことを押し付けられたり、嫌味や文句を言われるのが面倒らしい。
なので、ユティアは物静かで大人しく、問題を起こさない地味な令嬢として、他者に対してあまり印象に残らないようにと振舞っているのだという。
印象操作まで完璧なのだ。
それでも、抜けているところがたまにあるので、放っておけずつい世話を焼いてしまうのだ。
ユティアはリーシャと同い年だが、背が少し低いこともあってか、まるで妹と接しているような気分になる時がある。
それにユティアは最高に可愛いので、ドレスや可愛い服を着せ替えしたいと常日頃から思っている。
肌は白いし、手足は細い。本当は丸くて大きな瞳なのに、常に瞼が落ちかけている両目には澄んだ空が宿っているように美しい。
髪は薄い金色と薄茶色と混ぜたような色合いで、髪質はふわっとしているが触ればさらさらだ。
何故、髪質を知っているかと聞かれれば、もちろんユティアの髪を触ったことがあるからである。
そんな可愛らしい容姿を持っているというのに、ユティアは自身の姿にあまり気を遣わない。その無頓着さに溜息を吐きそうになる。
唯一のおしゃれは両耳の前に下がっているひと房を三つ編みにして、リボンで飾っているくらいだろう。
それだけでも十分に可愛いのだが、もっと手を加えれば誰もが見惚れる美少女になれるのに、とさえ思っている。
むしろ、自分が手を加えて男どもに自慢したいくらいだ。
誰にも渡さないけれど。
ユティアの夫となる者には必ずリーシャが立ちはだかり、その者がユティアに相応しいか審議を受けることになるだろうとカルディン家とサフランス家では言われている。
家公認で、ユティアが大好き。それがリーシャ・カルディンである。
「……はぁ……」
リーシャが頬杖を突きつつ、溜息を吐くと隣から苦笑交じりの声が漏れた。
「溜息を吐いて、どうしたんだい? また、ユティア嬢のことかな? 本当、彼女の世話をするのが好きだねぇ、リーシャは」
食後の飲み物を取って来てくれたスヴェンがまたか、と言わんばかりに笑っている。
隣に座っている彼はスヴェン・レオストルだ。侯爵家の跡取りである彼とリーシャは婚約中である。
家同士の仲が良いことと、家格が釣り合うことから結んだ縁だが、当の本人達は相思相愛の仲である。
「スヴェン……」
溜息を吐きつつも、リーシャは愛しの婚約者の方に顔を向ける。
ちなみにスヴェンはユティアとも幼馴染である。恐らく、三家の親世代が同級生で友人だったことから、今もお互いの家をたまに訪ねる機会があるからだろう。
それ故にユティアの趣味だけでなく、リーシャがユティアに対して世話焼きなのも承知済みだ。本当に心が広い婚約者に感謝だ。
「そういえば今度、新入生歓迎パーティーがあるけれど、ユティア嬢をエスコートする人は決まったのかな?」
「それがねぇ……あの子ったら、すっかり忘れていたみたいなのよ。新入生歓迎パーティーの存在自体を」
「ああ……なるほど、理解した」
リーシャの一言でスヴェンは全て理解したらしい。さすが我が最愛の婚約者様は全てを語らずとも意思疎通が出来るようだ。
「今から、相手の男子学生を探すのは大変だろうね。……僕の友人にまだ婚約していない人が数人程いるけれど、紹介した方がいいかい?」
性格が穏やかで誠実な人柄のスヴェンの友人ならば、素行や性格などに問題はないだろう。それでもリーシャは首を横に振った。
「ううん、もう少し様子を見ましょう。ユティアも、何とかするって言っていたし。……けれど、どうしても、どーしても、どぉぉしても、間に合わなさそうな時にはユティアにスヴェンの友人ことを話してみるわ」
「うん、分かった」
「それにしても……」
ぼそり、とリーシャは再び溜息を吐いてから、右頬に右手を添える。
「あの子のことを心から好いてくれる求婚者がいつか現れてくれればいいのだけれど」
ユティアは年頃だが、いまだに婚約者はいない。サフランス家は彼女を自由にさせており、いつか娘にとって、良い人が現れればいいなぁくらいにしか思っていない。
そして、ユティアは婚約者を見つけることなど眼中にない。
まぁ、ユティアに求婚する者がいれば、彼女が調べる前にカルディン家の全総力を使って、相手を調べ上げるつもりだが。
そんなことを思いつつ、リーシャはふぅっと数度目となる深い溜息を吐いた。




