お昼寝令嬢、親友に諭される。
ユティアがルークヴァルトと昼寝仲間になって、数日が過ぎた。
お互いに昼休みの時間に秘密の場所へとやって来ては、ユティアが用意した空気枕を使い、心地が良い場所を見つけては、時間が来るまで眠るということ平然とやっていたが、やっと気付いたことがある。
……そう言えば、ルーク様って私よりも上位の貴族かも……?
貴族の子息が芝生の上で眠る、ということについて世間的には大丈夫なのだろうかと思ったが、今更である。
ユティアは芝生の上で眠ることを好んでいるが、ルークが芝生の上で寝ていることを他の貴族の学生達が知ったら何か言われたりしないだろうか。それが心配でもあった。
だが、ユティアは気付いていなかった。年頃の男女が誰も来ない場所で密会するように──昼寝をしていることが世間的にどのように思われるのかについては、頭からすっぽ抜けていた。
肝心なところで頭が緩くなってしまうが、それは昼寝が関わっているからである。
普段の彼女はそれなりに優秀な学生として通っており、問題を起こすことなどありえない程に大人しいというのが周囲の認識だからだ。
「──どうしたの、ユティア」
「リーシャ……」
食堂のとある一角、昼食を食べていたユティアは、スプーンで掬おうとしていたスープから顔を上げる。
目の前の席には幼馴染であり、親友のリーシャ・カルディンが座っており、彼女は小さく首傾げていた。
リーシャは侯爵家の令嬢だが、お互いの親の仲が良かったため、小さい頃から良く遊ぶ間柄だった。
昼寝が大好きなユティアの趣味を寛容に思ってくれているが、同じように昼寝をすることはない。
だが、他の学生達からは完璧な淑女として知られているリーシャが、のんびりでまったりしているユティアと気が合うことの方が珍しがられているようだ。
リーシャ曰く、ユティアと一緒に居ると空気がゆっくりと流れている気がするらしい。ユティアとしてもリーシャと一緒に居るのはとても気楽だ。
「ううん、何でもない。今日も気候が穏やかで過ごしやすいなぁと思って」
「また、お昼寝のことを考えていたのね。……まぁ、確かにこの気温だと授業中も眠くなってしまいそうね」
リーシャはすでに昼食を食べ終わったようで、紙ナプキンで口元を軽く拭いていた。
「それよりも、ユティア」
「ん、なぁに?」
リーシャは真面目な顔をずいっとユティアに近づけてきた。
「あなた、今度のパーティーのエスコートは誰にしてもらうか決まっているの?」
「……? パーティー……? エスコート……? ……はて?」
ユティアは口元に指先を当てつつ、記憶の中から何とか単語を探り出そうと試みる。
「ああ、もうっ! やっぱり、忘れているのね! ええ、分かっていたわよ! あなたって、そういう子だもの! 一切、興味がないことは忘れちゃう子だもの!」
リーシャは小声だが、「またかよ」と言わんばかりに唸っている。
「大切なことは覚えているけれど。……今月末がリーシャの誕生日、とか」
「それはどうも、覚えていてくれてありがとう。って、そういうことじゃないっ。……あのね、ユティア」
「ん?」
リーシャはこほん、とわざとらしく咳払いをしてから言葉を続ける。
「私達、入学したばかりの新入生でしょう?」
「そうだね」
「それで新入生をお祝いするためのパーティーが、入学から半月後頃に開かれるって……随分と前に担任の教師どころか、入学式の時にも告げられていたはずなのだけれど?」
「……。……あ、そう言えば」
やっと思い出したユティアは「そんなこともあったなぁ」と相槌を打つ。
「この子は全く……! ……とりあえず今度、新入生を歓迎する学園主催のパーティーがあるけれど、その準備は進めているのかと聞いているの」
「いや、何もしていない……と思う」
入学してからユティアは相変わらず、昼寝をすることしか考えていなかった。
学園のどの場所が昼寝に最適なのか、それを探すことに力を入れていたからである。
だが、記憶の中から掘り出してみれば、今週末にパーティーが学園の大広間で行われるはずだと、やっと思い出す。
それは貴族だけでなく平民の学生も一緒に楽しみ、学生同士の交流を深めようとする主旨が含められているらしい。
ドレスを持っていない者には学園側が貸し出してくれるらしく、余程のことが無い限り、欠席は出来ないと聞いている。
「ドレスは……まぁ、家にあるものを着回せば良いかなぁ」
宝石もドレスも興味がない令嬢、それがユティアである。それが分かっているからこそ、親友のリーシャは更に苦労するのであった。
「……エスコートはどうするのよ。私は婚約者のスヴェンにしてもらうからいいけれど、あなたは確か……まだ、婚約している人はいないのでしょう?」
「エスコート……。それ、絶対に誰かに頼まないと駄目?」
「貴族の令嬢としてエスコート無しは駄目でしょう。……私達、社交界デビューはまだ少し先だけれど、今度の新入生歓迎パーティーは貴族の子にとってはデビューの練習みたいなものよ。平民の子だったならば、友達と入場しても後ろ指を刺されないでしょうけれど……」
「うーん……」
ユティアとて、家名に泥を塗ろうなどとは思っていない。これでも一応、家については考えることが出来る令嬢でもある。
昼寝の次にだが。
「お父様にお願いを……」
「学生同士のパーティーだから、親が同伴している人は少ないと思うけれど」
「ふむ……。お兄様は懐妊中のお義姉様に付きっきりで離れないし。……さて、どうしようかなぁ」
一昨年、愛しの婚約者とついに結婚した兄は義姉を溺愛しており、初の出産を控えている義姉の傍から全く離れようとはしないため、最近は鬱陶しく思われているらしい。
次期当主としての仕事を終わらせる速さは神業に等しいが、それも全ては愛する義姉と時間を共有したいからだ。
サフランス家はこのように、一つのものを集中的に好む性格をしている者が多く、結婚相手には一点を顕著に好むことに対する理解が得られる者が好ましいとされているくらいだ。
「……参加を見送ることは……」
「却下!」
リーシャにすかさず却下されてしまったため、ユティアは小さく唇を尖らせる。
「……ほら、同級生でエスコートが決まっていない人を探してみたら? まだ婚約者がいない子息なら、結構いたはずだから」
「……」
「面倒くさいって顔をしないの!」
リーシャは昔から世話焼きだ。同じ年のはずだが、ユティアのことをたまに妹のように思っているのか、よく世話を焼いてくる。
そのため、ユティアが何を好み、何を嫌っているのか理解しているのである。
「……あ、お昼寝の時間だ。それじゃあ、私はそろそろ失礼を……」
「こら、ユティア! 現実から逃げないの!」
「大丈夫、時間はあるし。どうにかなるよ」
「時間がないから心配しているのよ!」
「それはどうも心配してくれてありがとう。……あ、ほらスヴェン様がこちらに向けて歩いてきているよ」
「えっ、スヴェン!?」
リーシャは婚約者のスヴェンのことを心の底から好いており、彼の名前を聞くやいなや周囲に視線を向けていた。
その隙を狙ったようにユティアは食べ終わった料理の皿が載ったプレートを持ち上げてから、リーシャの前から立ち去ろうとする。
「あっ、こら、待ちなさい、ユティア!」
だが、追いかけて来ないのは大事な婚約者が彼女の方へと向かって来ているからだろう。
ユティアは心の中でスヴェンが来てくれたことにお礼を言いつつ、プレートを返却口へと返してからいつもの秘密の場所へと向かうことにした。
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