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白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中  作者: 伊月ともや
一章 お昼寝令嬢、第二王子と出会う。
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第二王子、明かす。

  

「だが、充実しているようだな」


「え?」


 兄の一言にルークヴァルトは目を瞬かせる。視線を向けた先の兄の表情には穏やかさだけが浮かんでいた。


「去年の今頃はげんなりとした表情を浮かべることが多かったが、今年は違うようだ。……ここ最近はとても楽しそうに見えるよ、ルーク」


「……兄上は良く見ていますね」


「大事な弟だからね」


 そう答えるカークライトに対して、ルークヴァルトは小さく肩を竦める。やはり長年、兄弟として接してきただけあって、お互いのことはよく見ているようだ。


「……確かに、去年と比べれば楽しく過ごしています」


 ルークヴァルトは他の三人に気付かれないように、目を細めていく。


 脳裏に浮かべるのはたった一人の少女だ。彼女が好きなものを話す時の笑顔や眠っている時の安らかな表情を何度だって見たいと思ってしまう。


 だが、彼女の知らない間にこのような感情を勝手に抱いてしまって、失礼ではないだろうかと考えてしまうこともある。

 それでも、自分はユティア・サフランスという少女の隣に立ちたいと思ってしまうのだ。


 彼女と話したい。

 笑顔を見たい。


 そう思ってしまう気持ちの意味を自分はすでに分かっている。


 たった数日、会っただけだ。

 それでも、きっと想う気持ちの時間の長さは関係ないのだとはっきりと言い切ることが出来る。


 いつの間にか、自分はユティアに惹かれてしまっていたのだ。


 ……俺も覚悟を決めなければ。


 今まで、「特別」を作らなかったのは、第三王子派への牽制だ。

 一度、第二王子の「特別」を作ってしまえば、自身の弱点として敵方に知れ渡ってしまうだろう。


 自分が見ていないうちに傷付けられてしまうことだってあるかもしれない。

 大切な相手が傷付くところなど見たくはない。だからこそ、ルークヴァルトは逃げていたのだ。


 だが、自覚してしまった。

 心の中で作ってしまった「特別」を消し去ることなど出来ないのだ。


 それならば、自分が守り抜けばいい。守り抜いて、敵の毒牙から「特別」を守り切ればいい。

 足りなかったのは、自分の「覚悟」なのだから。


 ルークヴァルトは一つ、深い息を吐いてからその場に居る家族に視線を向ける。


「……実はお話したいことがあるんです」


 会話中にルークヴァルトから、話題を振ることはほとんどない。いつも聞き役だからだ。


 しかし、ルークヴァルトが珍しく話題を振ったことで、その場に居る三人は一斉に視線を向けてきた。

 

 真面目な話をすると気付いているのか、母と義姉はいつものようなからかう調子ではなく、真剣な表情をしていた。

 兄はルークヴァルトがいつでも話して良いようにと穏やかな表情を浮かべて待ってくれている。本当に優しい人達だ。


 ルークヴァルトは何度か呼吸を繰り返し、そして言葉を紡ぐ。


「……今度、新入生を歓迎するパーティーが学園で開かれるんです」


「ああ、毎年催されているパーティーか」


「そうです。……そのパーティーで、とある令嬢をエスコートしたいのです」


 ルークヴァルトは言葉に詰まりそうになりつつも、一気に言い切った。


「……」


「……」


「……えっと、鳥と香草の丸焼きでも作ってもらう?」


 無言の中、気が抜けるような呟きを最初に発したのは兄である。

 鳥と香草の丸焼きはお祝い事の時に家族で食べる料理だ。


 ルークヴァルトが自ら、「エスコートしたい」という令嬢がいると告げたことに驚きつつも冷静な部分で「お祝いでもする?」と訊ねてきているのだ。

 恥ずかしいのでやめて欲しい。


 一方でそれまで固まっていた母と義姉はお互いに視線を重ね、そして持っていたワイングラスで思いっきりに乾杯し始めた。


「かんぱーい!」


「佳き日となった、今日に感謝っー!」


 突然のお祝い騒ぎが目の前で繰り出され、ルークヴァルトは思わず顔を両手で覆いそうになる。

 心の底から恥ずかしいので、とても止めて欲しい。


「ちょっと、聞きまして? ルークについに想い人! 今まで、ご令嬢方に興味を示すなんて一度もなかったのに!」


「ええ、ええ! もちろん、ちゃんと耳に入れましたわ! 今日の日記に記しておきましょう!」


 二人できゃっきゃとはしゃいでいる人達は置いといて、ルークヴァルトはごほん、とわざと咳払いする。

 放っておけば、延々と喋り続けてしまうからだ。それに自分の恋愛について、目の前で会話されるのはかなり気恥ずかしい。


「……第二王子で、なおかつ今まで令嬢の影がなかった俺がエスコートすれば、その令嬢が自分にとって特別な相手である、ということが周知されるのは分かりますよね?」


「もちろんよ」


 けろりとした表情でイルンは答える。それでも、内心ははしゃいでいるのか、瞳は光るように輝いたままだ。


「ルークは今まで、第三王子派がこちらの弱点を探そうと見張っているから、特別な相手を作ってこなかったのよね?」


「……そうです」


 母には全て分かっていることだったようで、彼女は何を心配しているのかと言わんばかりの表情を浮かべている。


「そして、出来るならばそのご令嬢をあなたの婚約者に据えたいということかしら?」


「……俺が勝手に相手のことを想っているだけで、相手が俺のことをどう想っているのかは分かりません。無理に婚約したいわけではないのです」


「あら、嘘ね」


 ふふん、と笑いながらイルンは飲み物が入ったグラスを傾けて、喉の奥へと一気に流し込んだ。


「だって、ルークってば……。本当に欲しいと思った時にしか、そんな表情はしないもの」


「えっ」


 指摘を受けたルークヴァルトは急いで、自分の口元を右手で隠す。だが、イルンはにやにやと笑っているだけだ。


「何年、あなたを育てたと思っているの。……ルークが本当に欲しいと思ったものを口に出す時の表情くらい分かるわ」


 はっきりとそう告げるイルンに同意するようにカークライトも頷いている。

 自分はそれ程までに分かりやすい表情をしていただろうかとルークヴァルトは唸りそうになった。


 

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