第二王子、黙する。
王城の王家専用の食堂。
そこでは王家の者達が一つのテーブルに揃い、夕食を楽しんでいた。
集まっていると言っても、その場に居るのは第二王子であるルークヴァルトの他に、自分の兄であり、王太子であるカークライト・ヴェルデ・フォルクレス、そして彼の妻である王太子妃、サラフィア・トゥル・フォルクレスと自分達兄弟の生母であるイルン・タクティス・フォルクレスの四人だけだ。
いつもならば国王であり実父のジークアルド・ヴェル・フォルクレスも同席しての夕食となるのだが、彼は火急の用があり、今日は別らしい。
しかし、この場には隣国の王女だったヴァルノア・ディア・フォルクレス側妃とその息子であり、ルークヴァルトの腹違いの弟であるアークネスト・アウルム・フォルクレス第三王子は同席していない。
その理由は明らかだ。王妃である母が側妃を心底嫌っているからである。
また、向こうも母を嫌っているようなので、お互い様なのだが。
二人とも気が強い女性なので、全くと言っていい程に性格が合わないのだ。
イルンは皆で集まって食事を摂ることが好きなので、それに合わせるように朝と夜の食事は忙しくなければ家族揃って摂るようにしている。
王家の人間だが、それでも食事くらいは普通の家族のように過ごしたいという母の希望である。
そして、何より側妃と第三王子以外での家族間の仲が良いことも、揃って食事を摂る理由である。
それ故に側妃と第三王子に関することが絡まなければ穏やかなのだ。
もちろん時折、刺客や毒らしきものが送り込まれることもあるが、第三王子が生まれた頃に比べれば、穏やかになった方かもしれない。
「ルークも一つ学年が上がったのよねぇ」
イルンは食後に軽めのお酒を嗜みつつ、ルークヴァルトへと話しかけてくる。
王太子と王太子妃はお互いに学園を卒業しているため、普段は王城で過ごしており、イルンと共にする時間は多いようだ。
だが、まだ学生であるルークヴァルトは、日中は不在である。それ故に母は息子が学園でどのように過ごしているのか興味があるらしい。
「本当に子が育つのは早いわ。少し前まで、怖い夢を見たら『ははうえー』って私の寝台に潜り込んで来ていたというのに……」
「一体、いつの頃の話ですか、それ……」
ルークヴァルトはげんなりとした様子で言葉を返す。
普段は王妃らしく振舞っている母だが、家族だけが集まると昔の話を掘り返すので本当に止めて欲しいといつも思っている。
「ふふふっ。あなたが4歳の頃よ」
「よく覚えていますね……」
「私にとっては大事な息子達だもの。成長記録は全部、日記の中に残しているのよ。読みたい?」
「いいえ……」
ルークヴァルトは必死に首を横に振り返す。恐らく、母の日記には小さかった自分がやってしまった失敗などが生き生きとした手跡で綴られているのだろう。
絶対に思い出したくはないため、全力で拒否させてもらった。
「サラフィアもカークの幼い頃の話を聞きたいわよねぇ」
「ええ。カークの幼い頃の話を聞くのは好きですわ、とても可愛らしくて」
「……」
兄のカークライトが遠い目をし始める。
イルンとサラフィアは姑と嫁という間柄だが、こちらが驚く程に仲が良く、まるで同じ血の通った母と娘のようにさえ思える程だ。
そんな二人が連携するように結び合えば、そこにはルークヴァルト達にとって悲惨と羞恥しか生まれないと分かっている。
見た目だけはかつて「深窓の令嬢」だったと言わんばかりに大人しそうに見える二人だが、実は図太く逞しいのだ。
それを口にしてしまえばこちらが被害を受けるため、決して言わないようにしているが。
カークライトが何かを諦めているような視線を自分へと向けてきたため、ルークヴァルトは静かに頷き返す。
お互いに余計なことは言わずに、イルン達が自分達の小さい頃についての話を楽しげに話す様子を黙って過ごし切れ、ということなのだろう。
これは一種の嵐であるため、堪えれば通り過ぎていくものなのだ。たとえ、気恥ずかしさで身体が熱くなってしまっても。
……これは訓練。表情の筋肉と精神的攻撃を堪えるための訓練。
そう思うしかなかった。
学園で令嬢達に迫られるのと、目の前で自分の恥ずかしい過去の話を晒されるのはどちらがましだろうかと考えたが、どちらも中々辛いという結論に至る。
母達には気付かれないように表情を取り繕いつつも、早く時間が過ぎて欲しいとルークヴァルトは必死に祈っていた。
それから十数分ほどが経ち、自分達が話題だったものはいつの間にか別のものへと変わっていた。
……さて、いつ話題を振ろうか。
そんなことを思いつつ、いまだに話し続けているイルンとサラフィアの二人に視線を向ける。
すると、視界の端に映った兄から声をかけられたため、すぐにそちらへと顔を向けた。
「それでルークは学園内でどのように過ごしているんだい?」
カークライトはとても穏やかで優しい人柄の持ち主だ。病弱なところもあるが、今日は気分が良いようで顔色はいつもよりも良く見える。
臣下の中には王太子に据えるには、病弱で気弱過ぎるとの声もあるらしいが自分はそうだとは決して思わない。
彼は自身が病弱ゆえに、身体が弱い人間の気持ちを知っており、それを活かすように医療方面に力を入れた政策を打ち出している。
本当は聡明で、誰よりも人の心に寄り添うことが出来る人だ。
今は昔のように国同士の争いが絶えない時代ではないため、国王として立つならば国民の心に寄り添うことが出来る彼のような人間が望ましいと思う。
「去年とそれほど変わりはありませんね。……まぁ、今年の新入生も中々勢いが凄かったですが」
「……なるほど、理解した」
カークライトにも身に覚えがあるようで、彼は再び遠い目をした。
自分と同じように令嬢に迫られた過去があるのだ。そして、その令嬢達を蹴散らしていたのが義姉であるサラフィアだ。
兄から一歩後ろへと控えて、完璧な淑女として振舞っているように思われがちだが、カークライトに対して限度を超える接し方をする令嬢には厳しく非難していたらしい。
普段は笑顔であるため想像は出来ないが余程、我慢の限界を超えるものがあったのだろう。怒らせてはいけない人物である。




