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白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中  作者: 伊月ともや
一章 お昼寝令嬢、第二王子と出会う。
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第二王子、不機嫌になる。

 

「ルーク」


 放課後、図書館で調べ物をしていたルークヴァルトは、呼びかけられた声に反応して振り返った。


 そこには幼馴染兼親友であり、自身の護衛でもあるラフェルがどこか呆れたような表情を浮かべて立っていた。

 二人きりの時には敬称を外して、幼馴染として接して欲しいと頼んでいるため、ラフェルは幼い頃と変わらずに気安い態度で自分と接してくれる。


 しかし、どうやら今日の彼は機嫌が悪いらしい。


「どうしたんだ、ラフェル。随分と眉間に皺が寄っているようだが」


「誰のせいだと思っているんだよ!」


 図書館の中なので、ラフェルは他の利用者の迷惑にならない程度の小声で叫ぶ。


「俺が何かしたか?」


「ここ最近の昼休み、令嬢どころか俺さえも撒いてどこに行っているんだ」


「……」


 突然の問いかけにルークヴァルトは口を噤んだ。

 ユティアが昼寝に利用している秘密の場所を決して他言しないと約束しているため、たとえ親友で気を許しているラフェルであっても教えることは出来なかった。


「……まさか、俺にも言えないようなことをしているのか? 清廉で誠実なお前が……」


 見損なったぜと言わんばかりにラフェルは苦い表情を浮かべる。一体、何を想像したのだろうか。

 いや、よく見てみればラフェルが浮かべている顔にはからかいが混じっていることに気付く。


 ルークヴァルトはラフェルをきっと睨みつけつつ、手に取っていた本を本棚へと戻した。


「おい、勝手に変な妄想を繰り広げるな。……変なこともしていないし、変な場所にも行っていない。……でも、言えない」


「言えない?」


「……そういう約束をしている」


「……ふぅん?」


 それだけを告げれば、ラフェルは何かを覚ったのか、何故か面白いものを見たような笑みを浮かべていた。


「お前にも隠しごとが出来たというわけか」


「……は」


「いや、小さい頃からお前を見て来た幼馴染として、野暮なことは言わないさ。……そうか、ルークにもついに春が……」


「ラフェル?」


「今まで令嬢達をあしらっていたルークが……。あれ、何だか目頭が熱いな……」


「おい……」


「密かな恋、俺はお前を応援するぜ!」


「頼むから、会話をしてくれ」


 このラフェル・トルボットという少年は剣の腕が立つ上に情に厚い性格をしているのだが、人の話を聞かない時があるのが玉に瑕である。


「まぁ、『護衛』としては、お前が危ない目に合うのは避けたいところだが……」


「それに関しては大丈夫だ。自衛に関しては心構えがあるからな」


 ユティアのおかげで相手に気付かれることなく、その身を守る防御魔法を覚えることが出来たため、突然攻撃を仕掛けられても防ぐことは出来るだろう。

 その件に関しては本当に、ユティアに感謝だ。


「別にルークの腕前を疑っているわけじゃないけれどな。……ただ俺が心配したいだけさ」


「……それはありがたいがお前も気を付けろよ。俺の護衛と言うだけで……ほら、令嬢達に狙われているだろう、色々と」


 そこでがっくりとラフェルはわざとらしく肩を落とす。


「本当、それがここ最近の一番の問題だよ。……新入生が入学してくる前は、お前に相手にされないと理解した令嬢達がやっと引いたおかげで、落ち着いた日常を取り戻したと思ったのに……」


 げんなりとした表情でラフェルは深い溜息を吐く。どうやら今日も令嬢達に追いかけ回されていたらしい。

 何とも精力的な令嬢が多いことだと、同じように溜息を吐くしかない。


「そして、俺達に迫る問題がまた一つ、やって来る」


 真剣な表情でラフェルがそう言ったため、ルークヴァルトは思わず首を傾げてしまう。

 重要な公務は近い日程に入ってはいなかったはずだが、何か見落としている予定があっただろうか。


「……何かあったか?」


「どうせ忘れていると思っていたよ! ……ほら、今度、新入生歓迎パーティーが行われるだろう」


「あ」


 そう言えば毎年、エルニアス王立学園では貴族も平民の学生も分け隔てなく参加することが決まっている新入生歓迎パーティーが行われるのだったとルークヴァルトは思い出す。


「そのパーティーの際にエスコートして欲しいって、山のように誘われるんだよ……。普通、エスコートというのは男から誘うものだよな? 令嬢がこぞって競うように誘うものじゃないよな? 俺の常識は間違っているのか……? それとも、世間の認識が変わったのか……?」


 ラフェルは遠い目をしながら、ぶつぶつと呟く。自分が彼の傍にいない間に余程、恐ろしいことがあったのだろう。


「別に俺達は二年生なんだから、一年生のエスコートをしなくても文句は言われないだろう」


「それはそうだけれどさ……。あー……婚約者がいないのが、これほどまでに足枷になるとは……」


「一生、剣で食っていくと宣言していた男の発言とは思えないな」


「ルークだって、あの令嬢達の血気迫る表情を見れば、逃げずにはいられないぞ。あれは……恐ろしい……」


 ラフェルにとって怖いものと言えば、騎士である父と豪快な麗人である姉の二人だろう。

 それよりも恐ろしいものだったらしい、令嬢達は。


「……ふむ、エスコートか」


 ルークヴァルトは何気なく、図書館の窓の向こうに広がっている景色へと視線を移す。

 少しだけ夕暮れ色に染まっている空を眺めているふりをしながら、心の中では一人の少女について考えていた。


 ……ユティア嬢はエスコートの相手が決まっただろうか。


 ユティアは今年、学園に入学してきたばかりだと言っていた。


 この国の第二王子であるルークヴァルトを全く知らないことには驚いたが、そもそも彼女は他人に興味が無い人柄だと知ってしまえば、あの様子は納得だ。

 彼女は他人に心を向けるよりも、自分が一番好きなことを心の底から楽しむことに全力を使っているような人物である。


 ……寝顔は可愛かったな。


 思い出してはつい、口元が緩みそうになってしまうのを何とか抑えて、平常心を保とうと試みる。


 だが、ユティアが他の男子学生の手を取って、エスコートしてもらっている姿を想像してしまったルークヴァルトは急に不機嫌な顔へと変わった。


「うおっ、どうしたんだ?」


「……いや」


 ラフェルに対して曖昧に返事を返しつつ、何故自分が嫌な気分になったのかを冷静に考えてみる。


 ……ユティア嬢が誰にエスコートしてもらおうとも、彼女の勝手だろう。


 そう思いたいのに、思えない自分がいた。あの細くて白い手を支える相手が誰であろうと、何となく嫌だと感じてしまうのだ。

 

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