お昼寝令嬢、ベッドを用意する。
翌日もルークヴァルトはユティアの秘密の場所へとやってきた。その足取りは軽やかだ。
余程、昼寝をするのが楽しみだったのだろう。
その気持ち、よく分かる──そんなことを思いつつ、ユティアはルークヴァルトを迎え入れた。
「こんにちは、ルーク様」
「やぁ、ユティア嬢。今日も良い天気だな」
「ええ、絶好のお昼寝日和です」
春は好きだ。
何故なら、気温が最も心地よく、寝やすい季節だからだ。
「ルーク様はお昼を召し上がられましたか」
「ああ、食堂で食べてきた。……君は弁当か」
「はい。友人が婚約者の方と昼食を共にされる日が決まっていまして、そんな日にはこの場所で持参したお弁当を食べるようにしています」
「食堂での昼食も美味しいが、この場所で弁当を食べると更に美味しく感じるだろうな」
ルークヴァルトはどこか羨ましそうに告げる。彼も食事を外で摂ることの楽しさを知っているようだ。
「そうですね。何せ誰も知らない、とっておきの特等席ですから」
私有地ではないのにどこか自慢げに告げるユティアを見て、ルークヴァルトは小さく苦笑した。
「さて、それではお昼寝の準備をしましょう。今日はルーク様もお昼寝を初体験ということなので、寝やすいようにととある物を準備させて頂きました」
ふっふっふ、と奇妙な笑い声を上げながら、ユティアはとある物を取り出す。
「……布?」
「そうです、布です。初心者の方が芝生の上で眠るのは難しいかもしれないと思い、布を用意させて頂きました」
ユティアは布の端を掴んでから、その場にふわりと広げていく。
それまでは一面に広がる緑色の芝生が広がっていたが、その上に重ねるように薄い黄色の布を張った。
「そして、ここに魔法をかけます。──大気よ、ここへ集え」
ユティアは両手をその場にかざしてから、即座に魔法をかけていく。
瞬間、芝生の上に敷いていた布はふわりと浮かび上がり、まるで何かに支えられているように柔らかみを宿していく。
昨日の空気枕と同じ要領で布の下に空気を集めて固めているだけだが、その調整が意外と難しいのだ。
空気を固め過ぎても心地が良くないため、満遍なく空気を広げては高さが統一されるように固めている。
普段は芝生の上にそのまま寝転がるユティアだが、家族や使用人の前でそれをやると服が汚れてしまうと叱られてしまったので、人の目がある際にはこの方法を取るようにしている。
そして、寝る際に理想と呼べる柔らかさを追求しまくった結果、出来上がったのがこれである。
ユティアは試しにぽんぽんっと、普通の布だったものに手を触れる。ユティアの手は、まるでふわふわのクッションに触れたように静かに沈んでいった。
「ふむ。ふかふか具合は最高のようです」
ユティアは満足げに「うん、うん」と何度も頷く。
「触ってみてもいいか?」
「ええ、どうぞ」
ルークヴァルトも興味があるのか、空気が固まったものにそっと手を伸ばし、ゆっくりと触れた。
彼の手は布の中にふわりと沈んでいき、まるでベッドの心地を確かめているような状態にも見える。
「……凄いな、この柔らかさ。本物のベッドのようだ。しかも、空気が一定に固まった状態を維持し続けるなんて……」
「この柔らかさを再現出来るまで、苦労の連続でした……」
ユティアは遠い目をする。昼寝に関することならば、何でもやろうとするのがユティアだが、そこには必ず失敗が付き物だ。
布と空気を使って、この柔らかさを何とか再現するまでに、実験用の布を空気と一緒に空の彼方まで飛ばしてしまったこともあった程だ。
それでも面倒くさがりであるユティアが根気よく、極上を求め続けたのは全て昼寝のためである。
「この魔法もユティア嬢が創ったのか?」
「そうですね。風魔法の系統なので、そのあたりの術式を利用しながら、色々と調節しました」
「ちなみに魔法管理局への申請はしているのか? 昨日の防御魔法だけでなく、この風魔法も君が創った魔法なのだろう?」
新しい魔法を創った際には、「魔法管理局」と呼ばれる場所に魔法の申請をすることで、その魔法の安全性を魔法管理局側でしっかりと検証され、安全性が確認され次第、世間一般に広められる新しい魔法として確立することになる。
そのため新しい魔法を生み出せば、それだけで名誉なことらしい。
何故ならば、その魔法が教科書に載る際には印税として創作者にお金が入る仕組みだからである。
「いいえ、していません」
「……は」
「面倒だったので、していません。それに随分と昔に創った魔法ですし……」
「……」
偽ることなく、ユティアは真っ直ぐと答える。ルークヴァルトはどこか残念なものを見るような瞳をしていた。
新しい魔法を創った場合、その魔法は魔法管理局へと登録しなければならない決まりとなっている。
だが、その登録が出来るのは十五歳以上の年齢でなければならないのだ。
それは魔法を安定して使えるのが、その年齢あたりだと言われているからだ。
ユティアが防御魔法とこの風魔法を創ったのはもう随分と前だ。つまり、魔法の登録が出来ない子どもだったのである。
しかも、魔法を登録するには魔法を創作した本人でなければならないため、ユティアの親が申請することも出来なかったのである。
そんな説明をするとルークヴァルトは右手で頭を押さえ始めた。
突然の頭痛だろうか。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
あまりにも私生活が忙しいので、暫くは更新出来る時を見計らって更新していきたいと思います。
頻度は多くても週一くらいになりそうです。
ご迷惑をおかけしてばかりで申し訳ありません。読んで頂けてとても嬉しいです。
今後も頑張って、体調を崩さない程度に更新していきたいと思います。




