第十一話
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翌日、ベアーはドリトスのメインストリートでウィルソンを待った。
『しかし、とんだ目にあったな……また手続できなかった……』
わざわざ、早めに手続きを済まそうとショートカットまでして寺院に行ったにもかかわらず結局、辞職はかなわなかった。
『なんで、こんな目に合うんだろ……』
ベアーがそんなことを思っていると駅馬車がやってきた。4頭立ての大型の幌馬車で多くの客をのせていた。その中には皮のカバンを背負ったウィルソンの姿があった。
「時間通りだな。よし、早速だがギルドに行こう」
ウィルソンはそう言うとベアーとともにドリトスの役所の中にある羊毛ギルドに足を運んだ。
*
羊毛ギルドは役所の二階にあり、比較的広めの部屋がギルドの事務所になっていた。ウィルソンは入り口を確認すると入ろうとするベアーを手で制した。
「ちょっと待て、様子がおかしい」
ウィルソンの言ったとおり部屋の様子は明らかに険悪だった。
「だから、言っただろ。あんたの所の値段じゃ売れないって」
「しょうがないだろ、一昨年と去年は暖冬だったんだ。天気は俺たちじゃコントロールできない」
「天気のことをいってんじゃねぇよ。こんなに高くしたんじゃ、客が買わねぇって言ってんだよ。」
中年の亜人がカウンターを挟んで値段のことで激論を交わしていた。
「タイミングが悪いんじゃないですか?」
ベアーがそう言うとウイルソンは微妙な表情を浮かべた。
「怪しい雰囲気だな……」
二人は口論になりつつある事務所でのやり取りを外からチラ見することにした。
*
「うちは在庫が腐るほどあるんだ、今年の羊毛が売れなかった、やばいんだよ!」
生産者の亜人は切実な物言いでギルドの職員に訴えかけた。
「言い分はわかるけど、値段はさぁ、幹部の連中が決めるから……」
「それなら、去年の分は自分たちで売らせてくれよ。売れ残ったものの値段までギルドの決めた値段で取引するなんて……こっちは現金に困ってんだよ!!」
「その話は一応しておくけど……」
「おととしからギルドはおかしいぜ、3年前はそんなことなかっただろ!」
「今の幹部は昔と違う。しょうがねぇだろ」
職員が『売れ残りの在庫処理はギルドを通してもうらう』と言う顔を見せると生産者の亜人はカウンターテーブルを叩いて出て行った。
ベアーはその様子を一部始終見ていたが生産者の亜人の困る姿は気の毒に映った。だがウィルソンの眼は輝いていた。
「ビジネスチャンスかもな」
ウィルソンの眼には相手につけこむ商売人として『聡さ』が浮かんでいた。
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ウィルソンとベアーはギルドの事務所に入ると奥にある応接室に通された。応接室にはシープスキン(羊皮)を使ったソファーと大理石でできた重厚なテーブルが置かれ、壁には様々な羊毛のサンプルが飾られていた。
値段の交渉をするべく二人が席に着くと先ほどとは違う中年女性の亜人が現れ、ウィルソンに羊毛のことを記した表を見せた。その表には羊の種類、毛質、値段が細かに書かれていた。
ウイルソンはそれを見て渋い表情を見せた。
「高くないですか、全体的に……」
購買担当の女亜人はしたたかな目でウィルソンを見た。
「妥当な値段ですよ」
先ほどのやり取りを聞いていたウィルソンとしては表に示された価格が妥当でないと判断した。
「どのくらいの量を買えば安くなるんですか?」
「バルクやバーターはうちのギルドではやりません。」
ウィルソンは驚いた顔を見せた。
「じゃあ、現金は?」
「若干の恩典はあると思います。」
「どのくらい?」
ウィルソンが突っ込むと女はかぶりを振った。
「実際の現金を積んでもらうまではそれは言えません」
中年の亜人女はにべもない言い方でウィルソンを見た。取引する気があるのかわからないくらいの顔つきであった。
ウィルソンは女の顔をチラリと見た後、ため息をついた。
「ベアー、出直すぞ」
ウィルソンはそう言うとギルドを出た。
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ギルドを出た後、ベアーはウィルソンに声をかけた
「あの人なんか……態度悪いですね」
ベアーが女性職員のことをそう言うとウイルソンは何とも言えない表情を浮かべた。
「普通の応対じゃないな……」
ベアーは頷いた。
「このギルドは多分うまくいってない、下手に取引しても……よくないだろうな」
ウィルソンはそう言うと腕を組んだ。
「とりあえず飯でも食って、何か策を練ろう」
こうして二人は昼食をとるべく街に出ると、以前にベアーがあんかけパスタを食べた店に向かった。
*
昼時を過ぎていたため、難なく席に着くことができた。ベアーはお目当てのものを注文すると、気になっていたことをウィルソンに質問した。
「あのバルクとバーターって何ですか?」
「バルクって言うのはまとめ売りっていう意味だ。等級の違う色々な商品を混ぜて一気に売っちまうんだ。」
ベアーは興味津々な顔を見せた。
「こっちの欲しくないものも入っているが、相場よりも安くなるから全体的には悪くない取引になる。あっちも抱えたくない在庫を出せるから、売り手にも悪くない。」
ウィルソンは続けた。
「バーターって言うのは商品の物々交換だ。向こうの欲しい商品をうちが用意してそれを羊毛と交換するって言うやり方だ。」
「それって利益が出るんですか?」
「向こうの欲しがる商品をうちが持っていれば、バルクよりも得することがある。タイミングが合えば、うまくいく取引だ。」
ウィルソンは運ばれてきたあんかけパスタにフォークを入れた。
「これ、美味いな、ベアー!!」
ウィルソンは想像以上の味に驚きを隠さなかった。
「いい店知ってるじゃないか!」
「ドリトスは僕の庭みたいなものですから」
ベアーがそう言うとウィルソンは口を開いた。
「お前、誰か知り合いいないか、ギルドが駄目なら直接取引できるルートを探す必要がある。」
「バーリック牧場のおばあさんなら……でもチーズ工房ですけど」
「チーズか……」
ウィルソンは考え込んだ。
「よし、お前はそこに行って、羊毛業者に知り合いがいないか尋ねて来い。俺はギルドを出ていった生産者の亜人にわたりをつける。」
「じゃあ、午後は別行動ですね」
「そうだな、夕方、宿屋の前で落ち合おう」
こうして二人は羊毛買い付けの初日から精力的に動くこととなった。
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ベアーは早速、バーリック牧場に向かった。土産物として谷あいの村で買ったジャムを持って母屋を訪れるとドアを開けた老婆が驚いた顔をした。
「おや、あんた……どうしたんだい?」
老婆は大きく目を見開いて素っ頓狂な声を出した。
「どうも、お久しぶりです」
ベアーがあいさつすると老婆は嬉しそうな顔をしてベアーを招き入れた
「ちょうどお茶を飲もうと思ってたところだよ、さあ、入んなさい。」
ベアーは会釈して中に入ると以前に座っていた席に腰を下ろした。
ベアーはバックパックから谷あいの村で買ったイチゴジャムとポルカ名産の棒鱈(鱈を干して乾燥させ棒状にしたもの)を出した。
「これ、大したものではないですが」
「あら、おいしそうだね。じゃあ、遠慮なくいただくよ」
老婆はそう言うと早速、ジャムに手を伸ばした。
「いい色だね、せっかくだから、たべてみようか」
老婆はそう言うとふたを開けてスプーンを手に取った。
「果肉が多いね、それもしっかりしている」
瓶の中には完璧にイチゴをつぶしてジャム状にした部分とわざと苺の原形を残した果肉部分とが混ざり合っていた。
「果肉とのバランスがいいね」
老婆はそう言うと軽く焼いた胚芽パンにたっぷりのジャムをのせた。
「いい色艶だ。」
そう言うや否や老婆はおもむろに口に運んだ。
「うん、いいね、いい甘さだ。」
老婆の顔がほころんだ。
「さあ、あんたも食べてごらん」
言われたベアーはつやつやに輝くジャムを見た。普通のジャムの2倍以上の値段で買ったがどうやらその価値はありそうだ、ベアーはジャムののった胚芽パンを口に運ぼうとした。
その時であった、
「あっ、ジャム、喰ってる!!!!!」
凄まじい勢いで声をあげたのはちょうどポルカから戻ってきたルナであった。
ベアーはパンをのどに詰まらせた。
「私を差し置いてスイーツを食べるなんて、許せない!!!」
イチゴジャムでブチ切れたルナは喉にパンを詰まらせたベアーの首を絞めた。
「イチゴジャム!!!!」
「死ぬ、ルナ、俺が、死ぬ……」
老婆はその様子を見てポツリと漏らした。
「何なの、このコントは……」
『おにいちゃんプレイ』から『命を懸けたコント』に変わった二人のやり取りを見た老婆はため息をついた。




