第十話
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コルレオーネは次の一手を考えだせず四苦八苦していた。
『このままじゃ、劇団が、潰れちまう……かといって脱税が明るみになっても……もう支払う金はねぇ』
コルレオーネは海辺の宿屋を『おひねり』で買ったため、必要最低限の現金しか持っていなかった。
『脱税がばれれば追徴課税だ、払えなければあの宿屋が持っていかれる……』
劇場で専属劇団としての立場を確立していたコルレオーネ一座だが、バイロンがいなくなれば主演に穴が開くことになる。そうすれば必然的に公演の質が落ちることになる。
『バイロンの穴を埋められる女優なんざ、そうそうはいねぇ、一から新しい女優を仕込むにしても時間がかかる。その間に劇場からはお払い箱だ……どうすればいいんだ……』
バイロンのいなくなったコルレオーネ一座では公演しても客が入る見込みはうすい。そうすれば集客ができず劇場から契約解除されるのは目に見えている。
『どうすれば……』
そんなことを思い、コルレオーネが劇場内をウロウロしていると明るい表情で闊歩するライラの姿が目に映った。
コルレオーネは『ピン』ときた。
「ライラ、芝居の話がある!!!」
コルレオーネはわざと威嚇するような声をだした。有無を言わさぬ物言いでライラの出ばなをくじくと二の句を告げた。
「部屋に来い!!」
ライラはコルレオーネを睨み付けたが拒否することを許さぬ雰囲気にしぶしぶついていった。
*
部屋に入るとコルレオーネはライラの眼を見た。
「なによ、突然!」
いつになく真剣な表情で見るコルレオーネにライラは後ずさりした。コルレオーネはそれを見て『間違いない』と判断した。
「お前、都の歌劇団から誘いが来たか?」
「えっ?」
ライラは表情を固めた。
「スカウトの奴がウロウロしているのは知っている。うちの人間なら、お前とバイロンとリーランドしかその可能性はない」
コルレオーネは静かな声で言った。
先ほどと違う父親の声にライラは思わず正直に答えてしまった。
「そうよ」
ライラは横を向くと小さな声で答えた。
「そうか……」
「ザックって言う亜人が稽古場に来て……」
「それはいつだ?」
「昨日」
コルレオーネはほぞを噛んだ。
『あいつ、俺がいないときを見計らって……』
ザックの勘の鋭さにコルレオーネは舌打ちした。
「別に、私、行かないわよ。都の劇団には……」
ライラはそう言ったがその声はどことなくふわふわしていた。
コルレオーネはそれを見逃さなかった。
だが……コルレオーネはライラを糾弾することはなかった。
『ひょっとすると、これが天命なのか……』
コルレオーネの中で霧が晴れるような瞬間が訪れた。
「もう、いいぞ」
コルレオーネは落ち着いた声でそう言うとライラにでて行くようにドアを開けた。
ライラは部屋から出るときコルレオーネの表情を見たが今まで見たこともないような顔をしていた。
『どうしたんだろ……なんか変な感じ……』
ライラは訝しんだが父親の顔は物を見据える賢人のように見えた。
26
その日の午後、コルレオーネはパリスとともに劇場の座長室で例の男を待った。
「座長、どうするつもりなんだい?」
パリスが心配な表情でそう言うとコルレオーネは意外に明るい表情で答えた。
「出たとこ勝負だ」
勝ち目のない交渉だが、コルレオーネにも考えがあった。
『バイロンはあきらめるしかない……そうすればこの劇団は終わりだ……だが、まだ未来がある。』
コルレオーネは棚からウィスキーを取り出すと琥珀色の液体を陶器のショットグラスに注いだ。
「座長、いいんですか、飲んで?」
パリスが聞くとコルレオーネは静かに言った。
「しらふで話ができる人間じゃねぇ……ちょっとでも気を大きくしたいんだよ!」
コルレオーネは以前の会話で震えるほどの圧力を感じていた、少しでもそのプレッシャーを感じないようにしたいと考えていた。
*
そんな会話をしているとドアからノックされる音が2人の耳に入った。
『きやがったな……あの野郎』
コルレオーネは大きく深呼吸した。
「どうぞお入りください。」
コルレオーネがそう言うと先日の男が現れた。相変わらずのポーカーフェイスと落ち着いた物腰は年齢にふさわしくない雰囲気を醸している。
『こいつ一体、何者なんだ……』
コルレオーネがそう思った時である、執事の男は声を上げた。
「どうやらバイロンはここにいないようですね?」
高級貴族の執事はコルレオーネ達を感情のない目で見つめた。端正な顔立ちで一見すれば優男だが、その目は異様な鋭さがある。パリスとヘンプトンはその目を見て一瞬にして萎縮していた。
「はい、今は稽古で……」
座長がそう言うと執事の男は座長を睨みつけた。気付けの一杯がなければコルレオーネは縮み上がっていただろう。
「申し訳ありません」
執事の男はコルレオーネの顔を見た。
「どういうおつもりですか?」
言われたコルレオーネは土下座した。
「もう少し待ってい頂きたい。」
男は淡々とした口調でコルレオーネを詰めた。
「それは国税局に脱税を通報しろと言うことですか?」
男は感情のない眼でコルレオーネを見た。
「今週末まで、何とかお願いしたい。そうすればバイロンの過去も……」
コルレオーネは賭けに出ることにした。
「あなたもご存じかもしれませんが、彼女は娼館で客を取っていた過去がございます。」
執事の男は鼻で嗤った。
「それがどうしたのかね。」
「レイドル侯爵と言う立場の方が娼婦上がりの女優にこだわる理由は、特別なモノがあると私は思っています。」
『レイドル侯爵』という名が出るや否や男の眼が一瞬にして険しくなった、そこには明らかに殺意が浮かんでいる。パリスは震え上がった。
「ですが、我々も弱みがある。バイロンの事を伏せる代わりに我々の事も見逃してい頂きたい。」
コルレオーネは平身低頭した。
「バイロンの過去がどうあれ、レイドル侯爵は気になされない、たとえ何があろうともな!」
侯爵の執事はそう言ったが、その物言いには今までにない感情がこもっていた。
コルレオーネは男を『弱みを握った』と確信した。だがコルレオーネは握った弱みを前面に押し出さなかった。下手に出せば殺されると思ったからである。
「なにとぞ、今週末まで、その後はきれいさっぱり忘れます。レイドルの名を出すことは金輪際ございません!!」
再びコルレオーネは平身低頭した。なんとかその場をしのぐべく額を床に擦り付け貴族の優越感を煽った。
だが……
レイドル公爵の執事にそれは通用しなかった。おもむろに懐から短剣を取り出すとコルレオーネの喉元につきつけた。
「私にそのような下卑た行為は通用しない」
そう言うや否や執事は短剣を振りかぶった。
コルレオーネは『人生が終わった』とおもった。
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だが……短剣はコルレオーネを貫くことはなかった。
執事の男はおもむろに口を開くと静かな声で言い放った。
「いいでしょう、今週末まで待ちましょう。ですがその時にバイロンの身柄が拘束できなければ、その時は覚悟していただく。」
レイドル侯爵の執事はそう言うとドアを開けて出て行った。
*
バタンというドアの閉まる音と同時にコルレオーネは目を開けた。
「うまくいったよ!!」
パリスがうれしそうにそう言ってコルレオーネに駆け寄った。
『これで今週末の公演までは銭が稼げる。その金で……劇団の立て直しだ。また一からになっちまうが……』
コルレオーネはバイロンを切り捨て劇団の存続を選び、なおかつこれから先の運営費を次の公演日で稼ぐという選択を選んでいた。
「でも、バイロンには気の毒だね……それにヘンプトンにも』
パリスが何とも言えない表情でそういった時である、
「どのみち、この劇団はもう終わりなんだ、これでいいんだよ……一からやり直すしか……」
コルレオーネの意味深な物言いにパリスは首をかしげた。
「どういう意味だい?』
「すぐに分るよ……』
コルレオーネはさみしげな表情を浮かべた。
そんな時である、パリスが鼻をつまんだ。
「何か、この部屋、臭うね?」
コルレオーネはスクッと立ち上がるとポツリと漏らした。
「さっきので……漏らしちゃった……」
パリスは卒倒し、奇声をあげて部屋を出て行った。




