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第七話

17

旅慣れたベアーにとってドリトスまでの道のりは小旅行と言っていいほどであった。物見遊山に行く旅人と言っても過言でない。


「いい天気だな!」


 燦々と降り注ぐ太陽のもと、一人と一頭は街道を進んだ。朝方の街道は既に馬車や行商人が行きかい、7時を過ぎるとその数はかなり増えた。


「増えてきたな……」


 ポルカからドリトスに向かう街道は都に向かう人々と重なるため、その通行量はかなり多い。ベアーは行きかう馬車の数に驚きを隠さなかった。だが、昼を過ぎて、都に向かう道から離れるとその様子は一変した。


「減ったな……」


 先ほどとはうって変わり、今度は数えるほどしか馬車が通らず、行商人の数もめっきり減った。羊毛買い付けのシーズンであれば行商人がそれなりにいるのだが、シーズンオフのため行商人もおらずドリトスに向けての街道は実にさみしいものだった。


そんな時である、ベアーの視界に小さな屋台が映った。


『あれなんだろう?』


屋台の近くまでくると、ベアーは覗き込むようにして商品を眺めてみた。


『パンかな……緑色だな……』


 みすぼらしい屋台には亜人の年寄りが立っていて、鉄板の上で緑色の『何か』を焼いていた。ベアーは気になり声をかけた。


「あの、それ何ですか?」


 ベアーが尋ねると老いた亜人は「饅頭」と答えた。あまり学のあるタイプには見えない老人で口数も少なく愛想もない。正直、接客としては甚だひどい。だがベアーは饅頭から薫る香草の匂いに惹かれた。


「1ついくらですか?」


老人は5本指をたてた。


『結構、高いな……まあ、腹もすいてきたし…』


 ベアーが5ギルダー払うと老人は何やらよくわからない包み紙に饅頭を挟んだ。ベアーはそれを受け取ると再び歩き出した。


『こういうところに人知れぬ、美味い物があったりするからな』


ベアーはそう思うと怪しい饅頭屋から買った饅頭を半分に割ってみた。


「何だ、これ……」


中には何も入っていない。


「ボッたくりか……」


 ベアーが文句を言おうと振り返ると、饅頭屋の亜人と目が合った。優しげな眼でベアーを見ると『ニッコリ』と笑った。


ベアーはその笑みを見て本能的に『ヤバイ』と感じた。


「いこうか……」


ベアーがロバにそう言うとロバは大きく頷いた、どうやらロバも怪しんだようである。


                         *


しばらく歩くと、ベアーは先ほどの饅頭を懐から出した。


「喰ってみるか?」


ベアーはロバの口元に先ほどの饅頭を持っていった。


ロバはその匂いを嗅ぐとベアーを見た。


その眼は涙目になっている。


『何なんだ、この饅頭は……』


ベアーは饅頭をバックパックにしまうと肩を落として前に進んだ。



18

 饅頭の一件以外は順調で、夕方まで歩くとベアーは谷あいの村に着いた。ガルツという村でイチゴの生産地として有名な所である。イチゴのシーズンとはずれているため生のイチゴはなかったが、食料店ではイチゴジャムが売られていた。ベアーは噂に名高いイチゴジャムを購入した。


 その後、ベアーは近くにあった大衆宿を見つけ、そこに泊まることにした。看板に宿賃は書いていないが、門構えから高級宿には見えない。ベアーは思いきって入ることにした。


「すいません、一晩お願いしたいんですが」


 ベアーがそう言うと奥から宿の主人が出てきた。50歳くらいの恰幅のいい男が温和な表情をして現れた。


「50ギルダー、先払いですけど」


ベアーは若干高いと思ったが厩が無料と書いてあったため『よし』とすることにした。


「領収書をお願いします。」


言われた主人は機嫌よく返事をするとベアーに領収書を渡した。


「食事はどうするかね、風呂の後、それともすぐ、どっちがいい?」


ベアーは饅頭の一件でまともに食べていなかったので食事を優先することにした。


「飯でお願いします。」


ベアーがそう言うと宿の主人は快く頷いて厨房に向かった。


                   *


 ベアーが荷物を置いて食堂に向かうと、そこには一脚の大きなテーブルが置かれていた。宿には不釣り合いな立派なテーブルでそこだけ高級感が漂っていた。


 ベアーがあいているスペースに座ると、程なくして野菜と鶏肉の入ったスープと胚芽パンが運ばれてきた。


「おかわりは別途になりますんで、それからお風呂は宿を出て左手に共同浴場がありますので、そちらをお使いください。」


 さばさばとした口調で給仕の女はそう言うと自分の仕事に戻るべくその場から離れた。愛想の悪さにベアーは若干『ムッ』としたが空腹を満たすのが先だと思いスープに手を付けることにした。


                         *


 透き通ったスープには大きめに切った、にんじんとジャガイモ、そして鶏団子が入っていた。塩と胡椒だけのシンプルな味付けだがベアーは思いのほか味が良く、驚いた。


『美味いなこのスープ……鶏の出汁が出てるんだ』


 一般的に出汁というのは肉の場合、骨からとる。鳥ガラ、豚骨、牛骨、スープにおいては身の部分よりもはるかに深みのある出汁が出る。ベアーは透き通ったスープの具合から鶏ガラだと判断した。


『肉の臭みもないし……でもハーブの香りはしないな……』


 肉の臭みを消すのに香草を使うのは常道だがこのスープにはそうした手は加えられていなかった。ベアーは一番気になる鶏団子に手を伸ばした。


『この鶏団子、いい食感だな、それに一回、炙ってあるんだ……』


ベアーはひと手間くわえられた鶏団子の弾力と炭火で炙られたことによる香ばしさに満足した表情を浮かべた。


そんな時であった、先ほどの店主がやって来た。


「どうだい、うちのスープ?」


「おいしいです、全然、臭みもないし」


ベアーが即答すると主人は笑った。


「そりゃそうだよ、その鳥は今朝、シメたやつだからな」


ベアーはなるほどと思った。


「鮮度がいいからか、おいしいんですね!」


ベアーがそう言うと主人が口を開いた。


「まあな、だが……他にも理由はあるんだがな……」


主人は意味深な表情を見せると、おかわりを持ってきてくれた。


「あの別途料金だって……」


「気にスンナ、他にお客がいないし、どうせ、残っちまうしな」


宿の主人が快く言ってくれたのでベアーはありがたくいただくことにした。


「ところで、兄ちゃんはどこに行くんだ?」


「ドリトスです。羊毛の買い付けに」


「兄ちゃんが買い付けに行くのかい?」


「いえ、僕は手伝いです。荷物を運んだりする雑用です」


ベアーがそう言うと宿の主人は納得した表情を浮かべた。


「ロバを連れてるのは、それか』


主人はそういうと思い出したようにベアーに話しかけた。


「そうそう、ドリトスに行くなら新しい道ができたのは知ってるかい?』


「えっ、新しく道ができたんですか?」


「3日前にね。鉱山の開発が始まるから、それために林を切り開いて道が敷設されたんだよ。大きな馬車は無理だろうが徒歩の旅人なら通れるはずだ。ドリトスに行くなら近道になるだろうさ」


ベアーは時間が短縮できるとうれしくなった。


                    *


 翌日、ベアーは朝食をとるとすぐに出発した。話に出た『近道』にさっそく向かうとそこには敷設中の細道があった。


『この道だな』


路の入り口には立札と簡易的な地図が掲げられていた。


『結構、ショートカットできるな……』


通常ならドリトスに行くのに林を迂回する必要がある、距離的に言えば20kmはあるだろう。だが新道は林を貫通するように伸びていた。


『これだとうまくいけば、明日にはドリトスにつけるんじゃないか』


 通常、ポルカからドリトスまでは大人の足で4日はかかる。それがこの道のおかげで1日近く短縮できそうだ。


『早めについて、その足で寺院に行けば……買い付けの前に辞職の手続きができるな』

ベアーはそう思った。


『よし、今日は気合を入れて距離を稼ごう』


ベアーはロバの手綱を引くと意気揚々と新しくできた細道に足を踏み入れた。




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