第五話
第四話で段落構成の間違いがありましたこと、申し訳ありませんでした。
以後、気をつけたいと思います。
なお、間違いがありましたら気兼ねなく指摘していただけるとうれしいです。
では
11
ベアーは出発前の休日、旅支度を兼ねて街に買い物に出かけた。
すでに決算期を終えた街は落ち着いていて港町の風情がもどっていた。だがメインストリート行きかう人々の表情は複雑で、渋い顔をしている者もいれば肩を落としている者もある。
ベアーはその表情をつぶさに見た。
『決算か……いろいろあるんだろうな……』
ベアーは決算に関してジュリアに教えられたことを思い出した。
*
『決算はね、黒字だからって喜べないのよ。黒字倒産っていって、現金がないと決済ができなくて潰れちゃうところもあるしね』
ベアーは大きく目を見開いた。
『それに税金を払わなきゃいけないから、大きな黒字は出しにくいし……かといって財務諸表の内容が悪いと投資家が資金を引き揚げちゃうし、単に黒字だからっていいわけじゃないのよ』
ジュリアは淡々とそう言ったが『黒字』で倒産するという事態はベアーには驚きであった。
ちなみにフォーレ商会の決算は赤字になっている。一般的に『赤字』は良くないように見えるがそうでもないらしい……ベアーは不思議に思い、その点もジュリアに尋ねている。
『この倉庫の土地はロイドさんの持ち物なのよ、だから会社はロイドさんに家賃を払う必要があるんだけど……もともとロイドさんの所有物だから、お金の移動はないのよ。』
『えっ?』
『書類上で数字が動くだけなの』
『でも赤字はまずいんじゃないですか?』
『だいじょうぶよ、他の決済はとどこりなくいっているから健全経営よ。それに赤字になれば支払う税金の金額が圧縮できるから節税できるのよ。資産持ちは誰でもやるテクニックだけどね』
ベアーは計画的な赤字で税金を圧縮するというやり方にびっくりした。
『あまりやりすぎると当局に目をつけられるけど、うちは貿易商として商品が流れているし従業員もいるから、この程度の節税は関係ないのよ』
ベアーはベンチに座りジュリアの言葉を思い出した。
『赤字で節税、黒字で倒産……商売って難しいな……』
誰もが陥りがちな素朴な疑問だが、しくみがわかってもなかなか納得がいかなかった。
そんな時である、突然、後ろから声をかけられた。
「おお、ベアー、元気か?」
声をかけてきたのはカルロスであった、前髪を短くしたことにより以前よりも清涼感があり、こざっぱりして見えた。
「ちょうど、いいところで会ったな、実は君に話があるんだよ」
「えっ?」
ベアーが怪訝な表情を浮かべるとカルロスはおもむろに口を開いた。
「マントだよ」
ベアーはマントと聞いて目を大きく見開いた。
「頭巾の男がいた店に証拠を押さえに行ったんだが、その時の証拠の精査が全部終わったんだ。」
ベアーは食いついた。
「どうなるんですか、俺のマント?」
「もちろん、返却だ」
ベアーはもう戻らないと思っていたので声を上げて喜んだ。
「治安維持官の詰所によるといい、すぐに返してくれる」
カルロスはかろやかにそう言ったが……その顔はどことなく沈んでいた。
『なんか様子がおかしいな……』
ベアーは声をかけることにした。
「どうかしたんですか、カルロスさん?」
明るく振る舞うカルロスであったが、その顔色は冴えない……
「いや~、スターリングさんが、そろそろ帰っちゃうんだ……」
前髪を切ってデートまでこぎつけたもののどうやらうまくいっていないようである。ベアーはその口調からカルロスが自信を失っているのを感じた。
「頑張ればなんとかなるんじゃないですか?」
カルロスはベアーを見たがその表情は相変わらずであった。
「この前の休みにさ、一緒に芝居を観に行ったんだけど、その帰りにスターリングさんの元彼と出くわしたんだ。」
カルロスは大きく息を吐いた。
「元彼は広域捜査官の副官なんだって、将来も有望、俺なんかと比較にならないんだよ」
カルロスは絶望した表情を見せた。
「でも、元彼なんでしょ、今は関係ないんじゃないですか?」
「そうはいかないよ、職場の上司だぜ……それに……元彼にさ『君に彼女は釣り合わない』って言われてね……」
確かにポルカの治安維持官と広域捜査官では格が違う。済む世界が違うと言ってもよいだろう、扱う犯罪の質も違うし、所得も違う……換言すればエリートとその手足との関係と言ってよい。
「やっぱり……最初から無理だったんだよな……」
カルロスはそう言うと肩を落とした。
「すまんね、こんな話をして……」
カルロスは青褪めた顔でそう言うとその場を去った。
ベアーはその後ろ姿を何とも言えない表情で見送った。
『エリートか……厳しいだろうな……それに、俺にはどうにもなんないしな……』
大人の恋路にどうこう言える立場ではないのでベアーは沈黙を保つことにした。
12
ベアーはカルロスと別れた後、早速、治安維持官の詰所に出向き、証拠品として押収された『マント』を引き取りに行った。
証拠品は詰所の地下にあり2重のカギがかけられていた。
「この書類に記入をしてくれるかい」
メガネをかけた初老の治安維持官はベアーを一瞥した後、そう言うと鍵のかかった倉庫の方へと向かった。
ベアーが書類の記入を終わらせ待っていると緋色のマントを持った係員が現れた。
「これだね、間違いはないかね?」
ベアーはうなずいた。
「では、証拠品の扱いに関して注意を述べます。」
そう言うと初老の係員は15分ほどベアーに『注意』をのべた。
「最後だが、虚偽の申請が露見すると罰金、さらには逮捕もあるから気を付けるように」
言われたベアーは『はい』と返事した。
初老の治安維持官はそれを見届けるとベアーにマントを渡した。
『帰って来たぞ、俺のマント!!』
ベアーはマントを受け取るとうれしくなり頬ずりした。
『でも、このマントをつけるのも次が最後だな、ドリトスで祝詞を聞いたら……』
ベアーは久方ぶりにマントを羽織ると『僧侶辞職』の思いに胸を高鳴らせた。
13
出発当日の朝、ベアーはいつもの場所にむかった。明け方のため辺りはまだ薄暗く、坂道は静謐な空気で覆われていた。ベアーは心地よい冷たさを感じながら勢いよく歩くと30分ほどで目的の場所に着いた。
「久しぶりだな、馬鹿ロバ!」
ベアーはシェルターの厩に着くや否や、ロバに罵声を浴びせた。ロバは眠そうな顔でベアーを見やった。
「俺が拉致される時、お前、ドルミナの女子と『ニャンニャン』してただろ!」
ロバの活躍を知らないベアーは街道筋での事をロバにぶつけた。その口調はとげとげしく嫌味たっぷりであった。
だがロバはいつもと同じく泰然としている。
「お前ねぇ、ご主人様が困ったら助けるのが筋だろ!!」
ベアーは怒り心頭といった口調で言い放ったが、悠然としたロバはベアーの言葉など歯牙にもかけなかった。
『ぐぬぬぬ……』
ベアーは憤ったが、ロバは相変わらずである。それどころか鼻にとまった蝶々と戯れだした。
『何だこれ……怒ってる俺の方がバカみたいじゃないか……』
ベアーはしばらくロバに『冷たい眼』を向けていたが、あまり時間をとる暇もないので結局、ロバに屈服した。
「今からドリトスに行くぞ。帰りに羊毛をたくさん運んでもらうから覚悟しとけよ!」
捨て台詞にベアーがそう言うとロバは『ニヤリ』とした。そしてその後、ロバは自ら厩から出てくると『早く手綱を持て』という表情を見せた。
「しょうがねぇな!」
ロバが素直に厩から出たことでベアーは気分を変えることにした。
「よし、いくか、相棒」
ベアーは元気よくそう言って手綱を持った。
だがこの後、1人と1頭はとんでもない事件に巻き込まれるのだが……この時はそんなことは思いもよらなかった。




