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第四話

ラッツは劇場の裏方の仕事を終えるとバイロンに声をかけた。


「明日、休みだろ、どこか行かない?」


「どこに?」


 劇場と宿を往復しているだけの生活のため、さすがにバイロンも街を歩いてみたいという思いが強くなっていた。


「パスタのうまい店と、スイーツの『当り』の店は見つけてあるよ、あと手羽先のいける居酒屋もある」


バイロンは悩む顔を見せた。


実の所、コルレオーネ一座の名が有名になるにつれ差し入れが増え、バイロンはスイーツ関係をほぼ網羅していた。


「苺タルト、レアチーズケーキ、それからバタークッキーはもう食べたから」


「じゃあ、『ロゼッタ』にしよう。あそこのパスタはかなりいける!」


「そうね……それならいいわ。パスタはしばらく食べてないし」


バイロンが興味津々の顔をするとラッツは『ニヤリ』とした。


『よし、チャンスだ!』


ラッツは野望を胸に秘め明日のための作戦を練ることにした。


                        *


翌日、ラッツはバイロンをさそうとランチタイムの終わりを狙って『ロゼッタ』に向かった。すでに客はほとんどおらず、そろそろ昼の休憩にしようという雰囲気が店の中に漂っていた。


ラッツは店の中に入るとマーサに声をかけた。


「どうも、この前は」


マーサはラッツを見ると眼を大きく見開いた。


「ああ、あんたか、いらっしゃい!」


『鉄仮面』といわれていたマーサであったが最近は多少の挨拶も交わすようになっていて、歓迎ムードをあらわした。


「あれ、その子……」


マーサに言われたバイロンは小さく会釈した。


「まさか、その娘……」


マーサが声を出したことに驚いた女店主が洗い場から出てくるとその目を

『ギョッ』とさせた。


「あ、あんた、『町娘』の……」


芝居好きの女店主にとってバイロンは喜ばしい訪問者であった。


「さあ、好きなところに座っておくれ!」


女店主は急に張切った表情を見せると自ら給仕し始めた。


ラッツは女店主をよく知らないため多少いぶかしんだが、とりあえず注文することにした。


「ペスカトーレを2つお願いします」


ラッツがそう言うと女店主は機嫌よく返事した。


                         *


 二人はカウンター席に座り、パスタが出来上がるまでの間、最近の芝居について話した。


「びっくりだよ、前と違って……動きも良くなってるし、『歌』もうまくなったね、歌詞の内容がはっきり聞こえるようになった。」


「ヘンプトンさんが、息の吐き方とか吸い方とか呼吸に関することを稽古で教えてくれたから。」


ラッツは興味津々に聞いた。


「助演の『貴族の娘』より主演の方があってると思ったけど……演技もうまくなったよ…」


ラッツがそう言うとバイロンは切り返した。


「ライラの方が演技はうえよ、助演は演技のできる役者にしかできないから……」


バイロンはライラの演技が日に増して良くなるのを感じていた。


「でも、芝居全体としては前より今の方がいいね、客うけも悪くないし」


 売り上げが上がり安定した興行収入が見込めるようになったためラッツはバイロンの主演を高く評価した。



 そんな話をしていると二人の前にペスカトーレが現れた。魚介の出汁がトマトソースに溶け込んだ一品は食欲を刺激する香りを醸していた。


「うまいよ、食べてみて!」


ラッツにすすめられたバイロンは早速、一口運んだ。


「おいしい!!」


新鮮な魚介を使ったパスタは想像以上の味だった。


バイロンの様子を見たラッツはパスタの講釈をたれた。


「ここの魚介は毎日、新鮮なものを仕入れているから、ダシがその辺のものとは違うんだ!」


ラッツはそういったが、食べるのに夢中になったバイロンはその話をほとんど聞いていなかった。


『あれ、こんなはずじゃ……』


もう少しデート的な展開を期待していたラッツにとってパスタに夢中になったバイロンは想定外であった。


                         *


バイロンは一人前のパスタを5分とかからず平らげると声を上げた。


「トマトとチーズのパスタ、お願いします!!」


ラッツは全く自分に興味を向けないバイロンに苦笑いするほかなかった。



「いい食べっぷりだね」


声をかけたのは女店主だった。


「コルレオーネ一座の名前は今じゃポルカの代名詞みたいなもんだからね」


言われたバイロンは恥ずかしそうにした。


「でも、あんたの演技もうまくなったわよ、助演の時より全然、今の方がいい」


「ひょっとして、見に来てくれたんですか?」


「2回だけどね」


芝居好きの女主人は既に2回、『永久の愛』を観覧していた。


「ありがとうございます。」


バイロンに感謝された女主人は嬉しそうにした。通常、若くして有名になった女優と言うのは鼻持ちならない存在が多いのだが、バイロンにはそうした部分がなかった。嫌みのないバイロンの応対に女店主は気を良くした。


『なかなかいい娘じゃないか……ひょっとして……この娘…』


女店主はバイロンの様子から『育ちがいいのではないか』という思いが沸いた。



 そんな時である、マーサが女店主に合図した。パスタが茹で上がったのである。女店主はそれを制すると、フライパンを左手に持ちソースをパスタを手早くからめた。そして仕上げに生チーズを入れると木皿にパスタを盛った。


絶妙のタイミングで仕上げられたパスタからは煌びやかに生チーズが溶けだしていた。


「このチーズはねドリトスの生チーズを使ってるんだけど、それがいけるのよ。さあ、食べてごらん!!」


言われたバイロンはすぐさま、湯気の立つパスタを口に放り込んだ。


「おいしいです、とっても!!」


女店主はニヤリとした。


「そのチーズは昔うちで働いてた子が仕入れたんだけど、これが思いのほかあたってね、今じゃ、このパスタは主力商品なんだよ。」


「そうなんですか」


バイロンが相槌を打つと女店主はすぐさま反応した。


「ベアーって言う僧侶の子なんだけど」


「えっ?」


バイロンが大きく口を開けた。


「どうしたんだい、そんなに驚いて、知り合いなのかい?」


「ええ、同郷なんです。それに同じ学校で、同じ学年です!!」


「はあ~、そりゃ驚きだね~」


女店主も大きく口を開けた。


「こんな所で共通の知人が話題になるとはね……不思議なもんだね~」


ベアーという共通の知り合いが話題に上ることによって二人の間が急速に近づいた。



10

「じゃあ、ミズーリでコルレオーネ一座に入ったんだね」


「そうなんです、その時にベアーがひと肌脱いでくれて……」


「そうなのかい」


もともと芝居や役者に興味がある女主人はバイロンの話をしげしげと聞いた。


「その後はタチアナに行って……そこで初めて『板』に立ったんです」


「じゃあ、そこが初舞台だね」


「そうです、すごく緊張しました。」


女主人は興味津々にバイロンの話を聞いた。


「あの、私も質問してもいいですか?」


「構わないよ」


「ここでベアーはどんな感じで働いてたんですか?」


女店主は腕組みした。


「最初に『パスタ打ち』を覚えたんだけど……下手でね……」


女主人は渋い表情を浮かべた。


「でも、まじめにやるタイプなんだよね、少し時間がかかったけどそれなりにはなったから」


女店主は当時のベアーを思いだした。


一方、となりで二人の話を聞いていたラッツは微妙な表情を浮かべていた。


『ベアーのネタばっかりジャン……』


 楽しい食事、その後の観光、そして……手をつなぐ展開、そしてあわよくばキス……、そんなことを考えていたラッツにとって『ロゼッタ』は鬼門となった。


『失敗した、他の店に行けばよかった……』


 ラッツの想いとは裏腹に二人の話は盛り上がり5時間近く女子トークを展開した。ベアーのくだりは結構長く、ラッツの中では『嫉妬』の感情が渦巻き始めた。


「そろそろ、帰ろうか、ラッツ。」


バイロンが声をかけた時はすでに日が暮れていた。



宿まで帰る道すがらバイロンはラッツに声をかけた。


「ごめんね、せっかくの休みに……こんなに長く話しこんじゃって」


「いいよ別に、お客さんとの会話も大事な商売だし、それにチケットもまた買ってくれそうだし」


 ラッツはもっともらしい話をして機嫌のよさをアピールしたが、内心は5時間の女子トークでフラフラになっていた。


「私ね、気付いたんだ……」


「えっ?」


バイロンがラッツを見据えた。


 夕暮れ時の柔らかな日差しがバイロンの横顔を照らす。女優として見せる顔とは違う年頃の娘の表情がそこにはあった。


『ひょっとして……キスか、この展開はキッスか……』


ラッツがキトキトになった瞬間であった、バイロンが口を開いた。


「……ラッツ、劇団辞めた方がいんじゃないの?」


「えっ?」


全くの想定外の言葉にラッツは目を丸くした。


「私が『ロゼッタ』のおかみさんとおしゃべりしてた時、マーサさんと街のこと話してたでしょ」


ラッツはたじろぎながら頷いた。


「結構、知識があるなって思ったんだ、だから……上級学校にいけばいいんじゃないかな。」


「……嫌だよ、いまさら学校なんて……それに俺……」


バイロンは遮るように続けた。


「もともと機転がきくんだから、上級学校に行って、きちんとした教育を身に着ければ…」


バイロンが続けようとしたがラッツはそれを聞かなかった。


「俺は、学校には行かないの、バイロンと一緒にいるの!!」


 駄々をこねるようにラッツはいうと、そのまま一人で宿に向かった。バイロンはその後ろ姿を眺めたが『駄目だ、こりゃ』という表情を見せた。




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