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第三話

翌日はフォーレ商会の船『ケセラセラ号』の荷揚げから仕事が始まった。ケセラセラ号はかつて人身売買に使われたこともあり、当局の監視下に置かれしばらく出航ができなかったのだが、先週、イカリを上げることが許され晴れて船出となった。


「ベアー、トマトの瓶詰は積まなくていいぞ、それよりこのまえ仕入れた木綿を積むんだ。」


ウィルソンに言われたベアーは船についたクレーンを操り、箱詰めされた荷を運んだ。


「そこでいい」


ウィルソンはそう言うと積荷と目録を照らし合わせた。


「問題ないな、次の積み荷だ、倉庫に戻るぞ」


 倉庫から積み荷を運び、船に乗せるだけの作業だが船に据え付けられたウインチ(ロープを巻きあげる機械)が途中で故障し想像以上に時間がかかった。さらにはウインチの修理にも2時間近くかかり、全ての荷を載せる頃には夕方になっていた。


「何とか終わったな……これで明日、出航できるぞ。」


ウィルソンはそう言うとホッと一息ついた。


「ベアー、出航前に船会社の連中と挨拶があるからお前も遅れないようにしろよ」


「あの、まだ、小さな荷物が残ってますけど?」


「それは明日、船員に運んでもらうからそのままでいい。」


ウィルソンはそう言うと疲労困憊の表情で事務所に戻って行った。


                              *


 翌日、ベアーが倉庫に行くと8人の船員たちと船長がいた。ケセラセラ号に乗り込むクルーである。彼らは船会社から派遣された人間だが、フォーレ商会とは付き合いがあるようで皆、顔見知りであった。


「お久しぶりです、船長」


ウィルソンは50代の制服に身を固めた男に声をかけた。


 かつてフォーレ商会は船長や船員も社員として雇っていたが、ロイドの娘が先物取引で失敗した時に業務を縮小せざるをえず、その時に社員を手放していた。船長および船員たちは元社員なのであった。


「こちらこそ、またこの船に乗れることをうれしく思います。」


船長はにこやかに言った。


「一時期はどうなるかと気をもんでいましたが、倉庫も再建されたようで」


船長がそう続けるとウィルソンは深く頷いた。


「いろいろありましたよ……」


ウィルソンはそう言うと船長とこれまでの事を感慨深げに話した。


「そんなことが……」


船長は驚いた顔を見せたが、すぐに精悍な表情に戻った。


「でも、またこうして一緒に仕事ができる、海の神は我々を見捨てていないんですよ!」


船長が嬉しそうに言うとウィルソンは深く頷いた。


                              *


そんな時である、倉庫の入り口にロイドが現れた。


ウィルソンはそれに気付くとベアーに声をかけた。


「ベアー、事務所にある杯とワインをこっちに持ってきてくれ。」


ウィルソンはそう言うと踏み台を二つ用意し始めた。



ベアーが言われた通りのものを持ってくると踏み台で高くした壇上にロイドが上っていた。


ウィルソンが目配せするとジュリアが杯にワインを満たした。


「では、杯を」


ロイドが頃を見計らってそう言うと一同、杯を手に持ち一列に並んだ。


「諸君やっとのことで、ここまでこぎつけた。」


ロイドは静かな口調で話し始めた。


「平坦な道のりではなかった。倒産のうわさを流され、火事で倉庫は消失し、孫はブーツキャンプに送られた。だが、わがフォーレ商会は再び海に出る。広大な海原を越え、我々はそこから未来をつかみ取る!」


ロイドは滔々と謳い上げると杯を掲げた。


「航海の無事を祝って、乾杯!!!」


一同は声を張り上げ杯を交わした。


勝どきのような声が倉庫に響くとベアーは気分が高揚するのを感じた。


                               *


ロイドは壇上から降りると船長と会話を交わした。


「あの時は、すまんかった。だが、当時はあれしか方法がなかったんだ」


「いえ、ロイドさんが口をきいてくれたおかげで我々は職を失わずにすみました。」


 船長はフォーレ商会が倒産寸前まで追い込まれた時、貴族の身でありながら平民の経営者に頭を下げたロイドの行為に感謝した。


「次の職場をあっせんしてくれる経営者はそうはいません。我々もその恩義に報いたいと考えています。」


「そう言ってくれるとありがたい。」


二人は固い握手を交わした。


「では、そろそろ」


「ああ、頼む」


二人の会話は短いものだったがそこにある信頼関係は十分すぎるほどベアーに伝わった。


                              *


 この後、船は無事にポルカを出港した。天気のいい日で風もなく、最高の日和であった。水面に浮かぶ船が波にゆられながら進んでいく様はえもいわれぬものがあった。


『俺も船に乗ってみたいな……』


漠然とした思いであったがベアーの中で世界を覗いてみたいという強い思いが沸き起こった。



『ケセラセラ号』を見送った後、ベアーはウィルソンに翌週の計画を聞かされた。


「今年の冬は寒くなるとロイドさんは考えているんだ。それで我々は他の業者よりも早めに羊毛の調達に入る。」


「寒くなるまで半年以上ありますよ」


ベアーがそう言うとウィルソンは笑った。


「早めに動いておかないとシーズン前には値が上がるんだ。現金で決済して契約しちまうんだよ。」


ベアーは話を聞いて不安な表情を浮かべた。


「でも先に現金を渡して大丈夫なんですか、金だけ持ってトンズラとか……」


「いい勘してんじゃねえか、お前も商売人らしくなってきたな。」


ウイルソンはそう言うとベアーに羊毛買い取りの仕組みを教えた。


                              *


「いいか、羊毛のマーケットはギルドがあるんだ。そのギルドに入っている業者の商品はトラブルがあってもギルドで保障してくれるんだ。」


ベアーは学校の社会で習ったギルドの話を思い返した。


「ギルドって言うのは簡単に言えば同業者の組合だ。そこに入っている業者の商品は金さえ払えば安全に取引できる。」


「そうなんですか」


「ああ、だが、その分、価格の交渉はやりづらい。向こう側の『言い値』が基本になる。」


ベアーは安全に取引できる代わりに価格の交渉が厳しいと聞いて何ともいえない仕組みだと思った。


「直接、業者と取引はしないんですか?」


「ギルドが幅を利かせてるからそうはいかないだろう。ギルドの掟を破ると羊毛業者も村八分に合わされるだろうし……中には在庫を抱えてる業者もあるだろうから、うまくいけば買付られるだろうけど……まあ、ともかく、おれたちは早めに動いてちょっとでも安くで買おうってことだ。」


ウィルソンは続けた。


「それからお前のロバなんだけど、今回、連れて行ってくれるか、羊毛の一部を運んでほしいんだ。」


ベアーは快く頷いた。


「こっちでエサ代と厩代はもつから、経費のことは気にしなくていいからな」


言われたベアーは安心した顔をした。


「ところで、どこに行くんですか?」


「羊毛と言えば……」


ウィルソンは顎に手をやった。


「ドリトスだろ!」


ベアーは古巣である街の名前が出てうれしくなった。


『ドリトスか、久しぶりだな……バーリック牧場のお婆さん、元気かな……」


ベアーの脳裏に矍鑠とした老婆が浮かんだ。



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