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第二話

ベアーは事件が終わってから普通の生活に戻っていた。貿易商の見習いとして日常業務をこなしながら、ロイドの講義を受ける日々である――


「どうだった、今日の仕事は?」


「今日は木綿の仕入れがあってその目録を作っていました。」


「そうか。」


「ウィルソンさんは例年より安く仕入れられたってご満悦でした。」


「まあ、現金で払えば、業者は喜ぶだろう。」


 ロイドはにこやかにそう言ったがその顔には自信があふれている。やはりCASHの持つ力は偉大なのだ。


「何かほかにはあるか?」


「今日はありません、今週はトラブルもありませんし、うまくいっていると思います。」


ベアーがそう言うとロイドは小さく頷いた。


「よし、食事にしよう」


 ロイドの一言でベアーは食卓に移動すると、耳に物音が入ってきた。すでにマリアンナは帰宅しているので誰もいないはずだ。ベアーは『何だろう?』という表情を見せた。


「今日はお客が来てるんだ」


ロイドに言われたベアーは誰かと思い食卓を覗いた。


                               *


「じゃじゃ~ん、私で~す!!!」


見た目10歳、実年齢58歳の魔女がそこにいた。


「ルナか……」


ベアーの言い方が気に食わなかったのだろう、ルナはつっかかった。


「何よその態度、あんた、誰のおかげで助かったんだと思ってんの?」


ベアーが怪訝な表情を見せるとロイドが助け舟を出した。


「事件の解決にはルナちゃんの力も借りているんだよ」


「えっ?」


ルナはベアーを見ると『ニヤリ』とした。


ロイドはベアーとラッツの監禁されていた寺院の特定に魔法を使ったことを述べた。


「そうだったんですか……」


ベアーはアトマイザーに残った香水を使ってルナが魔法を使ったことを知った。


「まあ、私のおかげで、今のあんたがいるわけよ!」


ルナは両手を腰に当てて胸をはると、何とも言えないイヤラシイ眼でベアーを見た。その顔には見返りを要求する魔女の企みが浮かんでいた。


「わかったよ……今度埋め合わせするから」


ベアーがそう言うとルナは10歳の女子の顔に戻った。


「おにいちゃん、よろしくね!!」 


久々の『おにいちゃんプレイ』にベアーは苦笑いした。


                               *


そんなやり取りを終えるとロイドが一声かけた。


「そろそろ、食べよう、冷めてしまう。」


3人が席に着くとテーブルの上にはステーキ、マッシュポテト、アンチョビのピザが並んでいた。マリアンナが帰る前に用意していったものである。


ベアーは久しぶりに食べる牛肉に目を輝かせた。


『肉はあとに取っておいて……ピザからいくか』


 ベアーは手始めにアンチョビのピサに手を出した。メインのステーキを考慮した前菜感覚のピザは思いのほか軽い一品でクリスピーな生地がアクセントを出していた。


『アンチョビ……意外といけるな……』


イワシの塩漬けとチーズが合うとは思わなかったのでベアーは正直驚いた。


ロイドはベアーの様子を見ると口を開いた。


「アンチョビは質が良ければ生臭さはさほどないんだよ、それにワインとは相性がいい」


ロイドはそう言って自分のグラスにワインを注いだ。


「さあ、肉を食ってみろ、この肉は余計な油をとって赤みを熟成させたステーキだ。」


ミディアムレアに焼かれたヒレ肉にはたっぷりのグレービーソースがかかっていた。


ベアーはステーキから薫る香草の風味を嗅ぎ取った。


「クレソンですね」


「気づいたか」


ロイドは感心した声を出した。


「赤肉は臭みがある、それを香草で和らげるのだが、やはりステーキにはクレソンだ。さあ、食べて見なさい。」


 ベアーはそう言われると程よく焼けた肉の表面にナイフをあてがった。適度な弾力がナイフを通して伝わってくる、ベアーは喉を鳴らした。


『絶対うまいぞ……』


ベアーはそう想定したが、実際、肉を口に入れてかみしめるとその通りだった。


「うまい、それに柔らかい、この肉!!!」


 通常、赤身肉は硬いのだが、熟成させてあるためその歯ざわりは想像以上だった。ドライエージングと言う熟成方法らしい、煮込んだ肉の柔らかさとは違う食感がベアーを襲った。


「初めてだ、こんなの……」


 ベアーは硬い赤身は何度も食べていたが、これほど柔らかくうまみのある肉は初めてだった。うまく熟成させた赤身肉は高級品へと姿を変えていた。


『このソースもめっちゃうまい……』


ベアーの表情を読み取ったロイドが口を開いた。


「そのソースはおろした玉ねぎを使ってさっぱりさせてあるんだ。ただの肉汁だけでは出せない味だ。」


ロイドが自慢げにそう言った時である、隣で食べていたルナが突如、変調をきたした。


「どうした、ルナちゃん?」


ロイドがそう言うと、ルナは喉をおさえた。


「……ニ…ク……シ…ぬ………」


 ルナの顔色がみるみるうちに赤黒くなっていく、ベアーは素早く立ち上がるとルナの足を持って逆さにした。


「口を開けるんだ、ルナ!!」


ベアーはそう言うとルナの背中を平手でたたいた。



2,3度叩くとルナは口から小さな肉の塊を吐き出した。マッシュポテトと一緒に飲み込んだ時、喉に詰まったらしい……


「ハァ…ハァ…」


ルナは涙目になってその場に座り込んだ。その様子は10歳の女子そのもので見ている方には憐れに見えた。


「おにいちゃん、私、死んじゃうかと思った……」


ベアーはその様子を見ると耳元でささやいた。


「これでチャラだね」


『お兄ちゃんプレイ』は通用しないという表情をベアーが見せるとルナは恨めしそうな顔をした。


                               *


 食事が終わるとベアーはルナを『ロゼッタ』まで送っていくことにした。すでに夜の帳がおりあたりは暗い。ベアーはランタンを持って外に出た。


「今日さあ、シェルターに行ってジャスミンと話してたんだけど、そしたら……」


ルナが思わせぶりな口調で話す


「そしたら?」


ルナは急に神妙な面持ちになった。


「ロバが戻ってきたの」


「あっ……」


ベアーは全くロバの事を忘れていた。


「相変わらず不細工でさ……でもジャスミン見たら……」


ルナはベアーを見た。


「甘えてんの………」


ベアーの脳裏にドルミナに行く街道筋で女学生と戯れていたロバの姿が浮かんだ。


『あいつ……』


ベアーの中で都合よく顔を使い分けるロバの顔がちらついた。


「あいつ……猫なで声出しちゃってさ……ロバなのに…」


ルナがそう言うとベアーは『微妙』な表情を浮かべた。


「あのロバ、絶対、『何か』やってるよね?」


ベアーは確信した表情で即答した。


「やってるだろうね、俺たちの知らないところでチョイチョイ、問題を起こしているんじゃないかな」


                              *


 そんな会話をしているとロゼッタの明かりが見えてきた。最近はマーサの口数が増えたらしく夜の客もちらほら増えているらしい。客の姿が目に入ったルナは急ぎ足で店に向かった。


「あたし手伝わなきゃいけないから」


そう言うとルナは足早に去って行った。


ベアーはその後ろ姿を見送ると踵を返した。




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