4章 第一話
感想をくださった方、ありがとうございます。もうやめようと思っていましたけど、心機一転、続けていこうと思います。この先どうなるかはまだわかりませんが
生暖かい目で見ていただけるとうれしいです。
なお、うpは週に2回程度を予定しています。また新作の(SF)は4章の後にやりたいとおもいます。
よろしくおねがいします。
1
「御来場の皆さま、お待たせいたしました。これよりコルレオーネ一座の『永久の愛』を開演したいと思います。余計なことは一切、申しません、ただ見て、感動していただければ結構です。」
コルレオーネがそう口上を述べると詰めかけた観客たちは固唾を飲んだ。コルレオーネは燕尾服をたなびかせると舞台上から楽団席に足早に移った。
観客の視線を背中で感じるとコルレオーネは大きく息を吐いた。
『いい緊張感だ』
おもむろに懐からタクトを取り出すと楽団員たちの眼を見た。
『いくぞ!!』
コルレオーネはそれぞれにアイコンタクトするとタクトを振った。その瞬間、ヘンプトンのアコーディオンが劇場に鳴り響き、幕が開いた。
舞台の袖で待っていた役者たちの表情が一変した。
『はじまった……』
バイロンは深呼吸すると板の上に躍り出た。
女優としてのスキルを高め、歌唱能力、演技能力ともに充実させたバイロンには観客の息遣いを感じる余裕があった。主演として板の上に立ち、公演をこなした経験者の強みがオーラとして滲んでいる。
『今日もいける!』
バイロンはそう思うと板の上で軽やかにステップを踏んだ。
*
リーランドとの掛け合い、ライラとの駆け引き、舞台上での立ち回り、全てにおいてバイロンの能力はかつてに比べ向上していた。
最初の頃は立ち位置をおさえるだけで精一杯だったが、今では歌唱に入るタイミングや場面転換でも自然な流れを体現できるようになっていた。
女優として見事に開花したと言ってよいだろう、バイロンは自信にあふれた演技を板の上で展開した。観客の熱い視線が注がれる中、彼女は『板の上』を自分の『庭』に変えていた。
『私、輝いているわ!!』
だが、そう思った瞬間であった、バイロンの『庭』に突如、魔物が現れた。
それはリーランドと『愛の言葉』を交わすくだりであった。セリフの量が多いわけでもないし、大きな立ち回りがあるシーンではない。平々凡々と次のシーンに展開するだけの所である。
『あれ、おかしい、次、何だっけ……』
なんとセリフが出てこないのである。
『嘘……』
今までに一度も経験していない事態にバイロンの頭の中は真っ白になった。
一方、リーランドもまさかの展開に沈黙した。自分の演技に集中していたためバイロンをフォローできなかったのである。さすがのリーランドも想定外の事態に目が点になっていた。
劇場に微妙な沈黙が訪れた……観客の中にもその雰囲気を察するものが出始めていた。観客の熱い視線が徐々に冷めていく……
『マズイ……』
まさかの展開にバイロンはパニックに陥っていた。今までの気付いたものが一瞬にして崩れていく。すでに彼女の顔は女優のそれから素人の娘へと変わっていた。
そんな時であった、舞台の袖から観客にみえない角度でセリフを書いた画用紙がでてきた。それはちょうどバイロンの視野にはいるような高さで調整してあった。
『………!!!』
なんと、機転を利かせてセリフを書いた画用紙を提示したのは戻ってきたラッツであった。
バイロンはすぐさまそれを『拾う』と何事もなかったかのようにセリフを口に出した。劇場の止っていた時が再び流れだし、芝居が息を吹き返した。
*
この後、舞台は落ち着きを取り戻し、ラストの大団円まで充実した芝居が展開された。リーランドの熱演、ライラの怪演、バイロンの歌唱、それらが合間って観客の心をわしづかみにした。幕が閉まると、今まで以上の拍手と喝采が一座に送られた。おひねりも今までで一番多く、終わってみれば大成功の結果となった。
2
幕が下りて一息つくとラッツがバイロンに話しかけた。
「危なかったね」
ラッツがそう言うとバイロンは口をとがらせた。
「あら、あれはあなたの仕事でしょ!!」
つっけんどんにバイロンはそう言ったが、その目は明らかに感謝の念が現れていた。
ラッツはそれを察すると口元をほころばせた。
バイロンはラッツを軽くハグすると声をかけた。
「おかえり、ラッツ。久しぶりね!」
ハグされたラッツはキトキトになった。
「あ、ああ……久しぶり!」
ラッツは若いバイロンの芳香に心を奪われかけていたが、何とか平静を装った。
「ところで、どこに行ってたの?」
バイロンは興味津々の口調でラッツに尋ねた。
「じつはね……いろいろあってさ……」
ラッツは口止めされていた偽造小切手のことは伏せて犯罪組織に拉致されたことを述べた。
「そんなことがあったの?」
ラッツは事件の首謀者に毒を盛られたことを話した。
「うん、広域捜査官が来るのが遅かったら死んでたね……」
バイロンは大きく目を見開いた。
「でも、一緒にそこでいた職人たちは3人ぐらい……死んじゃって……」
ラッツが辛そうな表情を見せるとバイロンはその肩に手を置いた。その手は暖かく沈んだラッツの心を癒した。
ラッツは話題を変えるようにさわやかな声を出した。
「そうそう、拉致された寺院でベアーと一緒だったんだ」
「えっ、ベアー?」
「そうだよ、ミズーリで別れた……」
ラッツは続けた。
「あいつ、魔法が使えるからさ……でも助けようとした貴族は死んじゃったんだけどね……」
ラッツがそう言うとバイロンは先ほどより驚いた顔を見せた。そこには驚きとは違う『何か』が浮かんでいた。
ラッツはその表情を見のがさなかった。
『まさかな……』
そんなことを思ったときである、バイロンがラッツに話しかけた。
「ベアーはけがしたの?」
「いや、大丈夫、殴られたけど問題ないよ」
「ほんとに?」
「打撲ぐらいだから」
それを聞いたバイロンは安心した表情を浮かべた。
『あれ、やっぱりベアーのこと……』
ラッツの中の疑念は不安感に変わった。
バイロンは喜々とした表情でさらに質問を続けた。
「ところで、ベアーは今、何をやってるの?」
「フォーレ商会って言う所で貿易商の見習いやってるよ」
「そうなんだ。」
バイロンの脳裏にはミズーリでわかれた時のベアーの顔が浮かんでいた。まだあどけなさの残る少年の顔は記憶に新しい。彼が娼館で手を差し伸べなければ、今の彼女は存在しないだろう。
バイロンはラッツを見た。
「私、ベアーに会いたいわ!」
「えっ……」
「久々に顔を見てみたいのよ!」
「俺じゃなくて?」
「あなたの顔は毎日見えるでしょ」
バイロンの一言はラッツにとってフライパンで後頭部を殴られるぐらいの衝撃があった。
『ひょっとしてバイロン……ベアーの事……』
ラッツのなかの不安感はさらに大きくなった。
その様子を察したのだろうか、バイロンがラッツに声をかけた。
「何か、勘違いしてない?」
「いや……べつに……」
ラッツはしどろもどろになって答えた。




