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第三十一話

44

 この後、捕り物は収束へと向かった。スターリングの応援要請が迅速に実行されたためである。複数の広域捜査官とその関係者が駆け付けると救命活動と現場の実況検分にはいった。


ベアーがその様子を見ながら礼拝堂から出てくると医官の診察を終えたラッツが目に映った。


「大丈夫か、ラッツ……」


ベアーに言われたラッツは覇気のない顔で嗤った。


「マジでヤバかった……水に口をつけただけなのに……ビックリだぜ」


顔色はまだ青いがラッツの状態は悪くないようである。


「よかったな、それですんで……」


ベアーが言うとラッツは小さく頷いた。


「でも……ヒゲジイは……死んじゃったって」


ラッツは偽造小切手製造の長となって働いていた老人の事をポツリと呟いた。


「悪いことはしてたけど……意外といい爺さんだったよな……」


ベアーは小間使いとして使われていた時に何度となく殴られたが、ヒゲジイが手加減していたのを思い出した。


「一緒に酒飲んだからさ……」


特殊な環境の中で一緒に過ごしたことでラッツはヒゲジイに情が移っていた。


「仕事が終わったら……孫におもちゃを買うって……」


ラッツの眼には光るものが浮かんでいた。


「死ななくたっていいのに……」


ベアーはその様子を見て声をかけた。


「帰ろう、ラッツ、俺たちの場所に」


ベアーがそう言うとラッツは小さく頷いた。


                              *


 その時であった、頭巾の男が二人の捜査官に脇を抱えられ寺院から出てきた。ふてぶてしい表情で二人を睨み付けると実に嫌らしい笑みを浮かべた。そこには明らかに余裕があった。


『何だ、あいつの笑い方……』


ベアーがそう思った時である、頭巾の男はそれを見透かしたかのように声を上げた。


「俺は絶対つかまらない、誰も捕まえられない!!」


異様な自信に満ちた表情で男は高笑いした。


その時、ベアーの中で『何か』が切れた。


ベアーは立ちあがると男に向けて走りだした。


「駄目だ、ベアー!!」


止めたのはカルロスである。ベアーの顔を見てすぐさま飛び込んできた。


「こんなやつを傷つけても意味がない。法の裁きに任せるんだ!!」


「納得がいきません!!」


カルロスがベアーを羽交い絞めにするとスターリングが近寄ってきた。


「大丈夫よ、ベアー、あいつは必ず死刑にするから」


 スターリングはそう言うと頭巾の男を睨み付けた。その瞳は絶対零度と思える氷のオーラをまとっていた。



45

事件が終わり、3日が経っていた――


ドルミナの詰所ではスターリングとカルロスがリアンを聴取していた。


「あなたの供述の裏がとれたわ」


スターリングは取り調べで得た情報を精査した結果、リアンの供述に信憑性があることに確信を持った。


「これで事件が解決できるわ。裁判でも確実に有罪にできる。」


スターリングは自信を見せた。


「役に立ったわ、素直にありがとうと言いたいところね」


スターリングがそう言うとリアンは口を開いた。


「どのくらいの刑期になるの?」


「司法取引ができるから、刑期は5年ね。」 


リアンは大きく息を吐いた。


「5年入ってもまだ21歳でしょ、女としてはまだまだいけるじゃない」


スターリングがそう言うとリアンは不服そうな表情を見せた。


「もっと短くならないの……」


「普通なら懲役10年はくだらないわ。あなたの場合、前科もあるし司法官の心象次第ではもっと長くなることもあるわね。」


そう言ったスターリングの顔は厳しいものだった。明らかに犯罪者に対する恐喝を含んでいる。


しばし沈黙が続くとリアンが口を開いた。


「いいわ、それで……」


リアンがそう言うとスターリングはカルロスにアイコンタクトした。カルロスは作成していた調書をスターリングに渡した。


「ここにサインして」


リアンは素直に応じると書類にサインした。


「あとは裁判で証言して終わりよ。一応、証言までは独房に入ってもらう。万一にそなえてね」


 スターリングがそう言うと外に控えていた治安維持官が入ってきた。治安維持官は慣れた手つきでリアンに手かせを嵌めた。


その時であった、リアンが口を開いた。


「あいつに……よろしく、言っといて」


スターリングはチラリとリアンを見ると小さく頷いた。


リアンはそれを確認すると自ら席を立ち部屋を出て行った。


                                *


リアンと制服の治安維持官が出ていくとカルロスがスターリングに話しかけた。


「思ったよりも協力的でしたね、やっぱり改心したんですかね……」


カルロスがそう言うとスターリングは呆れた顔を見せた。


「あの子が改心するはずないでしょ、人は簡単に変わらないわ」


「えっ?」


「あの子の顔を見て気付かなかった?」


カルロスが首かしげると、スターリングがそれを見て言った。


「女は男で変わるのよ」


スターリングに言われたカルロスは『なるほど』という顔を見せた。


                                *


スターリングが供述書を束ねて取調室を出ようとするとカルロスが声をかけた。


「あの、スターリングさん!」


カルロスの呼びかけにスターリングが振り向いた。


「僕たちの恋も進展しませんかね」


カルロスがそう言うとスターリングは即答した。


「カルロス、私たちの恋はまだ始まってないわ」


スターリングのにべもない反応にカルロスは沈黙した。


だが、その後すぐにスターリングが口を開いた。


「その前髪、何とかしたら、デートは考えてもいいわよ」


「えっ?」


「じゃあね!」


そう言うと颯爽とスターリングは取調室を出た。



翌日、カルロスが前髪を剃って出勤してきたことは言うまでもない。



46

一方、時を同じくして――


ベアーはウィルソンに御された馬車にロイドとともに乗っていた。


「こんなの事件に巻きこれるとは、大変だったな」


ロイドがそう言うとベアーは小さく頷いた。


「事件の概要は広域捜査官から聞いたが、無事に解決したそうだ。偽の小切手も出回る前に回収されて、事なきを得た。全体としてはうまくいったようだ。」


ロイドはそう言ったがベアーはうつむいたままだった。ロイドはそれを察して言葉をかけた。


「ハリスのことか……」


ロイドは目を伏せて続けた。


「彼のことは残念としか言いようがない……」


「ハリスさんは僕の身代わりになって……」


 ベアーは言葉を詰まらせた。身近な存在が自分のために死んだという事実は胸に突き刺さるものがあった。


ロイドはその様子を見てベアーに声をかけた。


「ベアー、お前は精一杯、助けようとしたんだろ?」


ベアーは力なく頷いた。


「それで充分じゃないか」


「でも、僕にもっと力があれば……」


ベアーがそう言うとロイドは静かだが厳かな口調で反論した。


「それは傲慢というものだ。人の命は自分の思い通りになるものではない。」


ベアーは顔を上げた。


「お前は魔法が使える故、そうした思いがあるのやもしれん、だがな、人には天命がある。」


「天命?」


「そうだ、人に与えあたえられた運命だ。それを左右することは人にできることではない。神の領分だよ。」


ロイドは今までの人生経験から得た哲学を述べた。


「それに、ハリスの死は俯瞰してみればブルーノ家を救ったことにもなる。」


ロイドの発言にベアーは怪訝な表情浮かべた。


「実はな、都の枢密院ではブルーノ家の取り潰しが決まっていたんだ。」


ベアーは大きく目を見開いた。


「アヘン中毒になって公的な小切手の『紙』を横流ししたハリスの所業は伯爵家の廃嫡ですまなかったんだ。」


ベアーは唖然とした。


「だが、ハリスがその身を挺してお前を助けたことで枢密院の風向きが変わったんだ。ハリスが死ぬ間際に見せた貴族のプライドが評価されたんだよ。」


ベアーは死ぬ前に言ったハリスの言葉を思いだした。


『僕が生きていれば……ブルーノ家に迷惑がかかる……』


ロイドは暖かな表情でベアーを見た。


「お前が気に病む必要はない」


ベアーはロイドの一言で重い肩の荷が少し軽くなるのを感じた。



47

 馬車はポルカ近郊の墓地で止まった。小雨で陰鬱な空気が包む中、二人は開かれた門を通って墓地の中に足を踏み入れた。そこでは参列者のほとんどいない葬儀がとり行われていた。



「よく来てくれたな……」


ブルーノは肩を落として二人に言った。


葬儀に参加していたのはブルーノとその執事だけで、弔問客は1人もいなかった。


「問題を起こした貴族の葬儀には誰もきやせん、まして犯罪組織とかかわりあったとなればな…」


ブルーノがさみしげにつぶやいた。


 かつてブルーノが面倒を見た貴族や、経済的に応援した連中も姿を見せていなかった。息子を失っただけでなく友人からも見放されたブルーノの姿はベアーの眼に不憫に映った。


                               *


 葬儀はしめやかに営まれた。司教が典礼をつかさどり、礼式にのっとって進めていく。ベアーはその様子を沈痛な面持ちで眺めた。


「では、皆さま、お別れを」


司教がそう言うとブルーノは目をつぶって沈黙した。


棺が埋められ土がかけられるとブルーノが口を開いた。


「ベアーと言ったな、息子のことを聞かせてくれるか」


ブルーノに言われたベアーは、寺院で起こったことをはなした。


                                *


 ブルーノは黙って聞いていたが、アヘン中毒で小切手用の『紙』を横流ししていた息子の姿は余りに救いようがなかった。ブルーノは唇を噛みしめ肩を震わせた。


「やはり息子はクズだったか……」


ブルーノがポツリと言った時である、ベアーはブルーノに向き直った。


「それは違います」


ベアーが毅然とした態度でそう言うとブルーノは顔を上げた。


「ハリスさんの最後は大変立派なものでした。」


ベアーは頭巾の男に殺されかけた時、身を挺して自分を助けてくれハリスの姿を伝えた。


「僕が今、ここにいるのはハリスさんのおかけです、ハリスさんがいなければ僕はあの寺院で冷たい骸となっていました。」


ベアーの脳裏にハリスのニヒルな笑顔が浮かんだ。


「……ハリスさんが体を張って守ってくれたことを僕は一生忘れません」


震える声でベアーは必死に話した。


「……最後に彼が見せたあの姿には、間違いなく人として矜持があったと思います。」


 ベアーが言いきった時であった、ブルーノのおさえていた感情が爆発した。子を失った父の深い慟哭が嗚咽となって小雨降る墓地に響いた。


ベアーは手にしていた花を供えて、祈りをささげると高らかに宣言した。



「おっぱい同盟万歳!!!」



鎮魂とユーモアに対する敬意を込めたベアーの言葉が墓地に轟くと雲間から太陽が顔を出した。


ベアーはその柔らかな光の中に昇天するハリスの姿を見たような気がした。





ここまで読んでくださった方、感想を書いてくれた方、ほんとうにありがとうございます。これにて3章、終了となります。ここまでお付き合いくださりありがとうございました。


さて、次の話なんですが、まだ決めかねています。需要があれば4章を続けようとおもいますし、ないようなら新作(SF)をやりたいとおもいます。


リクエストがあればそれに合わせて投稿したいとおもいます。


では



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