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第二十八話

33

 ベアーはその日の早朝、作業が始まる前にハリスの元に向かった。小部屋のドアを開けて中を確認するとハリスは呆けた状態で座っていた。


ベアーは昨日と同じく解毒魔法を使った。


「大丈夫ですか、ハリスさん?」


ベアーが尋ねるとハリスは口から涎をこぼしながら答えた。


「君は誰だ?」


ベアーはギョッとした。


「僕です、ベアーです」


ベアーはそう言ったがハリスは首をかしげた。


「僕は脳がやられてるから……記憶が続かないんだ」


ベアーは昨日と違うハリスの状態に驚愕した。


その時であった、待ちかえていたように眼帯の亜人が入ってきた。


「こんな所にネズミがいるとはな」


 眼帯の亜人はベアーにボーガンを突き付けると小部屋を出るようにいった。ベアーはハリスを見たが、ハリスは相変わらず呆けていて役に立ちそうになかった。


                               *


眼帯の亜人はベアーを石畳の部屋に連れ込むと狡猾な笑みを浮かべた。


「あの貴族に何を聞こうとしたか教えてもらおうか」


眼帯の亜人はそう言うとベアーの顔を平手で張った。張られたベアーは石畳に突っ伏した。


「さあ、立て」


眼帯の亜人は容赦なくベアーを攻め立てた。


「何を聞こうとしたんだ?」


胸ぐらをつかむと今度は腹に一撃くわえた。ベアーは息ができなくなりその場に座り込んだ。


「ここでなぶり殺しにしてもいいんだぞ、さあ答えろ!!」


そう言うと今度はローキックをかました。左すねが嫌な音を立てた。


『マジでヤバイ……』


ベアーがそう思った時である、部屋の中にある呼び鈴のようなものが鳴った。


「ちっ、お頭からだ……』


眼帯の亜人はそう言うとベアーに唾を吐いた。


「ラッキーだな、小僧!」


そう言って舌打ちすると眼帯の亜人はベアーにさらに一撃加えて部屋を出て行った。


                              *


ベアーは痛みをこらえ、けがの程度を確認した。


『打撲ぐらいだな……』


歩くことができるため骨折はしてないとおもった。


『顔も腹も大丈夫そうだ』


ベアーは思ったよりもけがの程度が軽くホッとした。


『さて、どうするかな……』


声を上げてどうなるものでもないし、泣いたところで意味がない。


『次にあいつが来たら……マズイな』


ベアーは反撃するため、何かないか部屋の中を見回した。だが部屋には何もない……


『どうしよう……』


そう思った時である、鍵のかかったドアの隙間から光が漏れてきた。



34

 その頃、スターリングとカルロスは馬の手綱をドルミナ近郊に向けていた。


「本当ですかね、ロイドさんの話?」


カルロスがそう言うとスターリングは微妙な表情を浮かべた。


「あの鳩を追えば犯罪現場の近くに導いてくれるって……そんな……」


「私たちには手がかりがないの、どうにもならないんだから、『動物占い』にでもかけるしかないでしょ」


「ほんとに『動物占い』なんかでいけるんですかね?」


カルロスは怪しげな表情を浮かべたがスターリングはそれを無視した。


 実の所、スターリングはロイドの話がおかしいことに気付いていた。そしてルナという魔女がロイド邸に出入りしていることもわかっている。


『魔法をつかってるのね……』


 だがベアーの捜索も偽造小切手の捜査も芳しくない現状では多少の脱法行為も『あり』だとスターリングは判断していた。


『…今は…しょうがないわね』


スターリングは『魔法の行使』を見て見ぬふりすることに決め込んだ。


                                *


二人は空を見ながら進んだ。


「あの、質問があるんですけど?」


唐突にカルロスが口を開いた。


「ブルーノ伯爵の息子は何をやったんですか?」


「殺人よ」


「えっ?」


「アヘンの売人を錯乱して殺しているの」


スターリングがそう言うとカルロスは驚きを隠さなかった。


「そんな記録、ありませんでしたよ」


「ブルーノ伯爵が圧力をかけてその部分を削除させたのよ、そのかわり精神病棟に矯正入院だけどね。」


「なるほど司法取引ですか……」


「だけど、伯爵の息子はそこを脱走。その後……クスリを手に入れるため犯罪組織に小切手の『紙』を横流しってわけ」


「やっぱり、アヘンのせいですか?」


「ええ、中毒でどうにもならなかったんでしょうね……」


そんな話をしている時であった、鳩が空中で円を3回描いた。


「あそこね」


二人は鳩が円を描いた場所に行くと地図を広げた。


「この近辺の伯爵の土地は……」


スターリングが地図を調べるとその目を大きく見開いた。


「カルロス、絞れたわ……」


「えっ?」


「ここからなら2か所、建物がある場所は農場と寺院よ」


「じゃあ、二手に分かれますか?」


「そうね……」


スターリングは思案した。


『仮に何かあるとすると一人ではマズイかもしれない……』


スターリングはそう思った。


「二人で行きましょう、場所はどっちでもいいわ」


カルロスは『二人で』という部分に特別な響きを感じた。


『ひょっとしてスターリングさん、俺の事を……』


『もしかして……』


『キス的な展開が……』


カルロスは途端に元気になった。


「こっちに行きましょう!」


カルロスは薄くなった前髪をかきあげると寺院をゆびさした。



35

ベアーがドアに近寄ると、覗き窓から金髪の少女の顔が見えた。


「リアン……」


「大丈夫?」


ベアーの腫れた頬を見てリアンは心配そうな声を上げた。


「見ての通りだよ……」


ベアーが『どうにもならない……』という表情を浮かべるとリアンは口を開いた。


「あいつは今、お頭と話してるからしばらくは大丈夫よ。」


そう言うと鎮痛効果のある薬草をベアーに渡した。


ベアーは薬草を脛に当てながらリアンに気になる質問をぶつけた。


「あの亜人の男はどんな人物なんだい?」


リアンは反吐を吐くようにいった。


「猜疑心が強くて恐怖で人を支配するタイプだね、暴力ですべてが解決できると思ってる……それに実際、強いしね……私も何回も殴られてる……」


リアンは偽造小切手の職人が反抗してなぶり殺しにされた話をした。


「キレるとお頭の言うことも聞かないし……正直、あいつとは組みたくないよ」


ベアーは続けた。


「じゃあ、お頭は?」


「凄く頭がいいの……でも……あいつよりやばいよ……それに誰も素顔を見たことないし。」


リアンはそれ以上言いたくないという顔をした。その表情にはありありと恐怖が浮かんでいる。


ベアーはそれを察してそれ以上聞くのをやめた。


                                 *


しばらく黙っているとリアンが声を上げた。


「あのさ、前に言ったこと、覚えてる?」


リアンは真剣な眼でベアーを見た。


「ほんとにやり直せるかな……」


ベアーは一呼吸置くと腫れた顔で答えた。


「僕たち僧侶の世界では『償い』と『赦し』という考え方があるんだ。」


「『償い』と『赦し』?」


ベアーは頷いた。


「自分のやったことに対する償いをすれば赦しが与えられるという考え方だよ」


リアンは目を伏せた。


「そうだよね、償わなきゃ……やり直しなんてないよね……」


ベアーはその様子を見て声をかけた。


「君は変われるよ」


「えっ?」


「新しい自分に」


リアンはマジマジとベアーの顔を見た。


「償いを済ませ、赦しを得られれば、人は新しい一歩を踏み出せるんだ。」


ベアーがそう言うとリアンは表情をこわばらせた。


リアンの揺れる心を読み取ったベアーは落ち着いた声で続けた。


「君には良心があるんだよ、まだ引き返せる」


「……ほんとに戻れるかな……」


「君次第だよ、リアン」


ベアーはそう言うと懐の二重ポケットの中からブロンズ細工を取り出した。


「このままだと僕はここで死ぬと思う、だから君に託すよ、さあ、手を出して」


ベアーの手がリアンの手に重なった。


「このブロンズ像を持って近くの治安維持官の詰所に行けば広域捜査官が動いてくれる」


「そんな……私、前科があるから……信じてくれないよ」


リアンは震える声で続けた。


「それに、私はあんたをだました人間なんだよ、何で私なんか……」


不安な表情を見せたリアンにベアーは優しく話しかけた。


「だから信じるんだよ。」


確信に満ちたベアーの表情は揺れるリアンの心をさらに揺り動かした、


「君は今、変わろうとしている。こんな所で終わる必要はないよ」


「無理よ……怖いのよ……」


リアンはその目に涙をためていた。


「リアン、自分の手で自分の道を切り開くんだ。」


リアンは震えながら目を伏せると、ベアーが朗らかな声で話しかけた。


「もし、無事にここを出られたら、アップルパイを食べよう」


リアンは顔を上げた。


「生クリームいっぱいのやつ」


ベアーは腫れあがった顔でリアンに微笑みかけた。



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