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第二十七話

29

偽造小切手の製造は着実に進み、その7割の作業が完了していた。


「諸君、今日と明日が山場だ。これを越えれば各地にいる我々の仲間が諸君たちの作った小切手を持ってダリス全土を駆け回る。来週の今ごろには我々は現金を手にして、それぞれ新しい生活を手にいれているはずだ。」


頭巾の男がそう言うと職人たちは声を上げた。


「もう少しだ、頑張ってくれたまえ」


ベアーは頭巾の男の話を聞いていたがハリスの言ったことが頭から離れなかった。


『最後は殺されるんだろうか……』


ベアーは周りの状況を注意深く観察したが誰もそんなことになるとは思っていないようだ。


『……やっぱり最後にまとめて……』


ベアーがそんなことを思っているとラッツが声をかけてきた。


「朝起きたらさ、俺、全裸だったんだけど、何でだろ?」


ちびっこのような顔で尋ねるラッツを見てベアーはあきれ果てた。


                                *


 その日の作業を終えて深夜になると、ベアーはハリスの所に向かった。自分の置かれた状況を相談したいと思ったからである。


 ベアーは礼拝堂の状況を確認するとハリスのいる小部屋まで忍び足で向かった。小部屋の戸をそっと開けるとハリスが恍惚とした状態で壁にもたれていた。


「ハリスさん、僕です」


ベアーがそう言うとハリスはだらしない表情でベアーを見た。


『こりゃ駄目だ……逝っちゃってる……魔法、使ってみるか』


ベアーはすぐさま解毒魔法を詠唱した。


                                 *


「ハリスさん、大丈夫ですか?」


ベアーが尋ねるとハリスが目を細めた。


「ああ、苦しいが……」


ベアーはほっとした表情を見せた。


「これからのことを相談したくて」


「そうだな、ここから出なくては……」


二人は置かれた状況とこれからの方策を話しあった。


「外にいる見張りは間違いなくプロだ。普通の連中じゃない。下手に逃げても殺されるだけだ。」


ハリスは自分が身柄をおさえられた時のことを思い起こした。


「相手の隙を突くしかない」


「でも、隙なんて……」


ベアーは今まで働かされてきた経緯から相手に隙がないことを悟っていた。


「内側から何とかできればいいんだが……」


ハリスはそう言ったがその表情は険しい。


「あの頭巾の男は相当の切れ者だ、そう簡単にはいかないだろう……」


ベアーはハリスの言動に頷いた。



30

 二人はしばらく考えていたが、結論がでないため気分を変えるのに話題を変えた。


「君はロイドの所にいたんだろ?」


「はい」


「じゃあ、パトリックは知ってるかい?」


「もちろんです」


ベアーは友人の名が出てうれしくなった。


「彼とは昔よく遊んだんだよ、幼い頃から女性には人気があってね」


ハリスに言われたベアーはスーパーイケメンの顔を思いだした。


「僕が初めてパトリックに会った時も女子の取り巻きがすごくて……」


「そうか、あいつらしいな」


ハリスはそう言うと笑った。


「ところで、今はどうしているんだ?」


ハリスに尋ねられたベアーは以前に起こった事件の話をした。


「そうか、今はブーツキャンプに……」


ハリスは何とも言えない表情を浮かべた。


「でも2年で出られますし、それに前科がつかないって」


ベアーがそう言うとハリスは頷いた。


「『雨降って地固まる』と言うしな、つらい経験かもしれんが乗り越えればそれもあいつの糧になるだろう」


そんな時であった、ハリスがベアーの顔を覗き込んだ。


「知ってるか、あいつの秘密?」


ベアーが『何だろう?』という顔をすると、ハリスはおもむろに口を開いた



「あいつは、おっぱい星人なんだ」



ベアーはまさかの言葉に開いた口がふさがらなかった。この状況下でそんなことを言うとは………


だが、ハリスはベアーの考えを見透かしたかのように続けた。


「ベアー君、こういう時こそユーモアが必要なんだ、苦しいときにこそ笑いは力になる」


 言われたベアーは『確かにそうだ』とおもった。厳しい状況下で萎縮していても精神に悪い影響を与えるだけだ。ベアーはハリスの言う笑いの力を信じようと思った。


そんな時であった、ハリスは虚をつくようにベアーに話しかけた。


「ところで君はおっぱいが好きか?」


ハリスの問いかけに嘘をつくのも悪いと思いベアーは正直に答えた。


「……はい……」


「そうか……」


ハリスはそう言うと右手を差し出し、ベアーの手を強く握った。


「私もおっぱい星人だ」


『おっぱい星人同盟』が結ばれた瞬間であった。



31

 コルレオーネ一座の芝居は人気を博した。チケットは完売どころかプレミアがつき転売してその差を儲けようとする輩まで現れる具合であった。

 

芝居の途中でバイロン主演という大きな変革を断行したが、それがこれだけの成果を上げるとは一座の人間でさえ思わなかった。


「どうだ、客足は?」


コルレオーネが端役の劇団員に聞くと彼は震える声で答えた。


「すごいです、座長、こんなの初めてです。」


興奮した劇団員の面持ちをみたコルレオーネは満足した顔を見せた。


『いいぞ、このまま、このまま、いってくれ』


                               *


 一方、コルレオーネがそんなことを思っているとき、役者の泊まっている宿屋ではひと騒動あった。宿に乱入した客がライラの部屋に入り込み、生クリーム(砂糖なし)のパイを投げつけるという事件が発生したのである。


『あんなに、虐めなくったっていいじゃないか、貴族の人間がすることか!!』


乱入した老婆は皮袋に入れたパイをライラに投げつけた。


『あんなことをする奴は地獄に行けばいいのよ』


 エキサイトした老婆を劇団員たちは止めようとしたが、現実と芝居を混同している老婆の力は強く、誰も老婆を止めることができなかった。最後の一撃がライラの顔面をとらえると老婆は満足した表情をうかべた。


『貴族の娘って言うだけで平民を虐めるやつは、あたしが許さないんだからね!』


そう言うと何事もなかったかのように老婆は去って行った。


クリームだらけになった部屋にはライラだけが取り残され、何とも言えない雰囲気が漂った。


『何で、こんな目に……あわなきゃいけないのよ……』


ライラがそう思って茫然としているとパリスがやってきた。


「ライラちゃん……」


パリスはその眼には涙を浮かべていた。


「どうしたの、おばさん?」


「大きくなったわね……」


パリスはライラの顔を拭った。


「役者はね、石をぶつけられるようになったら一人前なのよ」


そう言うとライラを抱きしめた。


「いい女優になったよ、本当に!」


パリスが感極まった。


「お母さんに、この姿、見せてあげたかった……」


パリスがそう言うとライラ中で熱い思いがこみ上げた。


「……おばさん……」


「駄目よ、ライラちゃん、泣いちゃ。顔が腫れちゃったら、お客さんの前で見せられないでしょ」


言われたライラは涙をぬぐった。


「さあ、行きましょう、今日はね、都の歌劇団の人が見にくるみたいよ、気合入れていかなきゃね!」


パリスはそういうとライラの手を引いた。



32

 劇場は観客の熱気で蜃気楼が立つのではないかというほどヒートしていた。コルレオーネはその様子を肌で感じ取り、今までにない緊張を感じていた。だがその緊張感は決して悪いものではなかった。


コルレオーネが楽屋を覗くと役者たちの様子がいつもと違うことに気付いた。


『歌劇団のスカウトが来てるのを知ってるんだな』


 実際その通りで劇団員たちはヒソヒソとその話で盛り上がっていた。特にリーランドの気合の入りようは半端ではなく、衣装や髪型のチェックは厳しく裏方の人間を怒鳴りつけていた。


頃合いを見ると座長が声をかけた。


「もうお前らも知っているだろうが、今日は都の連中が客としてきている。名前の売りたい奴もいるだろうが、独りよがりになれば芝居全体が歪んで結局駄目になる。バランスを考えてそれぞれの仕事に打ち込んでくれ。」


そう言うとコルレオーネは舞台袖のほうに行こうとした。


その時であった、


「座長!!」


呼んだのはバイロンである。


「どうした?」


「質問があります」


「何だ?」


「ラッツはどうしたんですか?」


コルレオーネは『その事か…』という表情を見せた。


「さあな……チケットのことでトラブルにあったんだが、それ以来、連絡はなしのつぶてだ。」


バイロンは今、知った事実に驚きを隠さなかった。


「お前が心配することじゃない、男なら自分でけじめをつけるだろ。それよりバイロン、本番前に余計なこと考えるんじゃねぇ、いいな!!!」


厳しい口調でそう言うと座長は舞台に向かった。


                               *


 その日の舞台はバイロンにとって思い出深いものになった。リーランドの熱演、ライラの怪演、楽団との調和、全てのバランスがシンクロした大変出来のいいものとなった。


 観客の反応もすこぶる良く『おひねり』(舞台に投げら入れられる祝儀)の量も想像以上であった。バイロンは天井桟敷の席から投げられた少額の小銭の入った包みを見た時、胸が一杯になった。


 金のない貧乏人の投げる1ギルダーに込められた思いがひしひしと伝わってくる、それは金で役者を買える富裕層とはちがう、労働者の汗の結晶というべきものであった。


幕が下りた瞬間であった、バイロンは号泣していた。



バイロンはその日の心境を母に向けた手紙のなかで以下のように述べていた。



『お母さん、私はコルレオーネ一座の主演を演じることになりました。大役をうけて、本当は怖かったけど……


やり切った時の爽快感、マジ、サイコー!!!! いま、私の心はリアルヒャッハー状態です。』



かるいDQN臭のする文面であったが興奮したバイロンの気持ちは良く表れていた。



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