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第二十五話

25

その頃、ロイド邸にはスターリングとカルロスが訪れ、失踪したベアーのことを話しあっていた。


「じゃあ、二日前に、いなくなったんですね」


「ああ、手掛かりを見つけにドルミナに行ったんだが……」


ロイドは苦虫をつぶしたような表情を見せた。


「カルロス、たしか劇団員の少年も戻っていないって」


「ええ、コルレオーネ氏にチケットの事を話しに行ったとき、『ラッツは帰っていない』と言っていました」


カルロスはベアーとラッツが失踪するや否やすぐに動いていた。


「二人ともいないのか?」


ロイドに言われたカルロスは頷いた。


「とにかく状況を整理しましょう」


スターリングがそう言うと3人は集めた情報を交換した。


                                *


「ベアーは『偽小切手の間接的な手掛かりがあるかもしれない』と言っていた。」


「となると、ドルミナで消えた可能性がありますね」


3人は目を見合わせた。


「カルロス、すぐにドルミナに!!」


カルロスは頷くことなくすぐに立ち上がると飛ぶようにしてロイド邸を出て行った。


                                *


カルロスが出ていくとロイドがスターリングに話しかけた。


「ブルーノ伯爵のことだが……話はついた。」


「本当ですか?」


ロイドは今朝ついたばかりの封書を見せた。


「秘密裏に動いていくれるなら、伯爵の領地の検分は好きにしていいそうだ。」


「それは助かります。」


 上級貴族の領地は広域捜査官といえどもやすやすとは足を踏み入れることはできない。枢密院に諮り、正式な許可を取る必要があるからだ。スターリングにとってロイドの知らせは朗報であった。


「それから……」


ロイドが静かに続けた。


「御子息の生死は配慮する必要ないそうだ。」


スターリングは氷のような瞳でロイドを見た。


「わかりました」


スターリングはそう言うと立ち上がった。


「ベアー君の捜索はこちらに任せてください。」


スターリングは一礼するとロイド邸を後にした。


ロイドは立ちあがると声を上げた。


「聞いていたんだろ」


窓の外から覗く影に向かってロイドは話しかけた。


それに応じて影の主は庭から顔をのぞかせた。


「ベアーがいなくなったって本当ですか?」


「ああ、本当だ」


ルナであった、その顔はいつになく真剣である。


「事件に巻き込まれた可能性が高い……」


ロイドの渋い表情を見せるとルナは手にしていた手土産のレモンケーキを落とした.


                               *


 偽造小切手の製造に従事する職人たちは作業が一段落したため、その日の晩、酒を飲んで英気を養うことになった。


「同志諸君、明日は休みだ、今晩は好きなだけ飲むといい。」


頭巾の男はそう言うとワイン樽を開けた。


「まだ作業は半ばだが、これが終われば諸君達にも『春』が来る。余裕のある生活ができるはずだ。」


頭巾の男は日頃のストレスを発散させるべく職人たちに『ガス抜き』の酒宴をひらいた。


「では、乾杯!!」


頭巾の男が音頭をとると職人たちは杯を掲げた。



 礼拝堂で作業に没頭していた職人たちのストレスは甚だしく、一杯やると顔色を変えてワイン樽に群がった。ベアーとラッツはつまみのチーズやハムを運ぶ給仕としてこき使わることになった。



 ラッツがワインを運んでいると、酔った職人がラッツにワインを飲む用に強要した。やけくそになったのだろうラッツは杯に入ったワインを一気に飲み干した。


「やるじゃねぇか、若けぇの!」


そう言うと職人はもう一杯、ワインをついだ。


「オラぁぁぁぁ、飲んでやる!!」


ラッツは奇声をあげてもう一杯飲みほした。


「いい飲みっぷりじゃねぇか!」


触発された別の職人がデキャンタ(ワインを入れる容器)に入ったワインを飲み干した。


「どうだ、俺の飲みっぷり!!!」


それを見ていた他の職人たちにも火が付いた。これを皮切りにワイン飲み比べの饗宴が始まった。



饗宴は4時間ほどつづいた。



 酔ったラッツは偽造小切手の職人たちと途中から意気投合し、何を思ったか全裸で勝どきを上げていた。


『何で、あいつ脱いだんだ……』


ベアーが唖然として見ているとラッツが絶叫した。



「バイロンのお尻、クンカ、クンカしたいです!!!!」



この閉塞状況で自分の欲望をストレートに表すラッツの姿はベアーには羨ましく映った。


 

 それから間もなくしてワイン樽が空になり饗宴は終焉を迎えた。職人たちは千鳥足で自分の寝床に退散して行った。



『やっと終わった……」


 ベアーがホッとした時だった。職人たちと入れ違いに眼帯の亜人とリアンがやって来た。眼帯の亜人は近寄るとベアーを睨み付けると口を開いた。


「片づけて掃除をしておけ、小僧!!」


 傲岸な言い方にベアーは『カチン』ときたが、反抗していたぶられるのも嫌なのでとりあえず恭順の姿勢を見せた。


「リアン、その小僧を見張っておけ、何かあったらすぐに知らせるんだ」


眼帯の亜人はそう言うとリアンにボーガンを渡し、礼拝堂から出て行った。


                                *


リアンはボーガンを構えながらベアーに指示した。


「逃げようとしても無理よ、外には見張りがいるから、下手に動いてもつかまるだけ」


ベアーはこの3日間で自分たちの置かれた状態を確認していたが、リアンの言ったことは本当であった。

職人たちだけでなく職人を監視する武装した男たちが3名ほど見廻っていた。


ベアーは『しょうがない』とおもうとシブシブ作業を開始した。


                                *


 リアンは礼拝堂の台座の上から退屈そうにベアーの様子を見ていた。ベアーが黙々と散乱したゴミを片付けていると声を上げた。


「もう慣れた、ここの生活?」


リアンはベアーを見た。


「まあね…」


ベアーはぶっきらぼうに答えた。


「そのうち慣れるよ、私もそうだから」


リアンがボーガンを構えながら答えた。


「それ、やめてくれるかな…」


ベアーはボーガンが気になりそう言うと、リアンは素直におろした。


「そうね、これから組織の仲間としてやっていくんだから」


リアンはそう言うと寝ころんだラッツを見た。


「何で、こいつ脱いでんの?」


ベアーは微妙な表情を浮かべた。


「酔っぱらったんだ」


「酔うと脱ぐわけ……」


リアンはボーガンでラッツをつついた。


「だめね……」


そう言うとリアンは近くにあった布を体にかけた。


ベアーはそれを見て驚いた。


「意外とやさしいんだね」


「風邪をひかれて仕事に支障をきたしたらこっちがこまるのよ」


リアンはつっけんどんにそう言ったがベアーはそうは思わなかった。


                          *


しばらくベアーが作業をしていると再び、リアンが話しかけてきた。


「あんた、ポルカで何やってたの?」


「貿易商の見習いだけど」


「それ、どんな仕事?」


ベアーは倉庫業務や貿易書類の作成について話した。


「結構、難しそうね……」


「そうでもないよ、初等学校の数学知識があれば基本的なことは処理できる」


ベアーがそう言うとリアンがポツリと漏らした。


「あたし学校行ってないから、数学なんてわかんないよ……」


それに対してベアーが反応した。


「いつから行ってないの?」


「13歳……」


ベアーは大きく息を吐いた。


「しょうがないでしょ、その時、トラブったんだから!」


リアンは少し機嫌を損ねたが、すぐに切り替えた。


「なんか面白かった話をしてよ」


ベアーはそう言われ、当たり障りのない食べ物の話をすることにした。


                               *


「ドリトスっていう牧畜で有名な田舎町があるんだけど、そこで食べたクリームチーズを使ったスイーツは美味しかったね、生地はクリスピーだし、チーズはコクがあるけどさっぱりしているんだ。」


リアンは興味津々の表情を見せた。


「ジャムが上に乗ってるんだけど、ブルーベリーがアクセントになってて、その酸味がいいんだよ。」


ベアーがそう言うとリアンは目を輝かせた。


「他にはどんなものを食べたの?」


ベアーはリアンの求めに応じ、今まで食べた物を話した。チョコの入ったクッキー、鱒のフライ、ビーフシチューなど、わかりやすくかいつまんで答えた。


それに対してリアンは実に興味深げに聞いていた、その顔は好奇心に彩られている。


ベアーはその様子を見ると、とっておきのスイーツの話を披露することにした。


「僕の田舎で一年に一度を大きな祭りがあるんだ。その屋台でね、アップルパイがうられるんだけどさ、それが美味いんだよね……」


ベアーが続けようとした時だった、リアンの表情が急に沈んだ


「どうかした?」


「何でもない……」


リアンはそう言ったがその表情は今まで見せたことのない蔭があった、ベアーはとりあえず黙って見守ることにした。


                                *


礼拝堂にラッツのいびきが響く中、リアンが唐突に口を開いた。


「昔、お父さんがアップルパイを作ってくれたんだ……いつも失敗してね……焦げててマズイの……」


 ベアーはリアンの顔を見た、その表情には今まで見せたことのない純朴さが浮かんでいた。


「でも、パパが死んじゃって……経営してたリンゴ農園が駄目になって……それからだよ、人生おかしくなったの……」


ベアーはリアンの表情の中に良心の欠片を見つけた。


「リアン、君は……やり直せるんじゃないの?」


リアンはベアーを睨み付けた。


「できるなら、とっくにそうしてるわよ、でも……」


ベアーはそれをさえぎって続けた。


「君はまだ、大丈夫だよ。」


リアンは素行の悪い不良娘の典型のような口ぶりで切り返した。


「何、言ってんの、かっぱらい、寸借詐欺、窃盗、こん睡強盗、人殺し以外のことは何でもやってるわ、もう戻れないのよ!!」


それに対してベアーはリアンを真剣な目で見つめた。


「君はまだ手遅れじゃない」


「何で、あんたにそんなことわかるのよ!」


「僕は僧侶なんだ、爺ちゃんと一緒に懺悔する人間を見てきた、君は大丈夫だよ」


懺悔する人間を幼いころから見てきたベアーには『良心をもつ者』と『見せかけだけの者』の判別が自然とつくようになっていた。ベアーはリアンが前者であることを確信していた。


ベアーは暖かな口調で話しかけた。


「人は間違えるんだ、でもそれはたいしたことじゃない。その間違いを自分で気付けるかどうかが大事なんだ。」


リアンはベアーを見た。


「君は自分のしたことを間違いだって気づいている、それはとても大切なことなんだ」


ベアーが言うとリアンは唇を震わせた。


「『振り返る勇気』って知ってるかい?」


ベアーは優しく諭すように話した。


「ほとんどの人は前しか見ない、でもそれじゃ駄目なんだ。」


リアンはベアーを見つめた。


「どんな人も過去に間違いを犯している。だからそれ振り払うためにやみくもに前に進もうとするんだ。でもね、それは嫌なことから逃げているのと変わりないんだ。振りかえってきちんと過去の失敗を見つめないと結局、未来も閉ざされるんだ。」


ベアーが祖父の言ったことを話すとリアンは肩を震わせた。


「私だって、やり直したいよ……でも無理、絶対に……」


「リアン、そんなことない!」


ベアーがそう言うとリアンは向き直った。


「あんたは、あんたは組織の怖さ……お頭の怖さを知らないから!!」


リアンはそう言うと礼拝堂を逃げるようにして立ち去った。



26話以降に致命的な間違いがあったため再UPすることにしました。

最後まで読んでくれた方、申し訳ありません。


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