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第二十一話

21

 一方、その頃、ラッツは街を徘徊していた。偽造小切手をつかまされ、チケットの代金が回収できなくなったため劇団に戻るに戻れなくなっていたのである。


『どうしたらいいんだ……』


小切手の額面は5000ギルダー、ラッツの給料で何とかなる額ではなかった。


『手掛かりなんてないしな……』


ラッツはチケットを売った時のことを思い出した。


『くそ、あいつら……』


思い出すのは品のいい紳士面した犯罪者の顔であった。


そんな時であった、


「ラッツ!!」


ラッツが振り向くとベアーがいた。


                               *


心配したベアーがラッツを追いかけてきたのだ。


「飯でも食って……気分を変えよう」


ベアーは声をかけたが、ラッツの顔は青ざめていた。


「俺、劇団……クビになっちゃうよ……」


「正直に座長に話せばいいんじゃないの?」


「無理、うちの座長、守銭奴だから」


ラッツは真顔で即答した。ベアーはかつてミズーリで一瞬見た座長の顔を思い出すと沈黙するほかなかった。



しばらく街を徘徊するとベアーが口を開いた。



「実はラッツ、さっきスターリングさんに言ってなかったことがあるんだ」


ラッツはチラリとベアーを見た。


「俺、ポルカに来るときに客船に乗ってこん睡強盗にあったんだ。それで小切手とマントを盗まれたんだけど……その時の加害者が3人組だったんだ。」


ラッツは立ち止まった。


「似てるんだ、チケットを買い取った3人組に」


「それ、まさか……」


ラッツの目が輝いた。


「とりあえず、腹ごしらえしよう、詳しいことはそこで!」


ベアーはそう言うと古巣である『ロゼッタ』へと向かった。


                                *


 夜の『ロゼッタ』は客が一人もおらずマーサとルナが暇そうにしていた。ベアーとラッツが店に入るとマーサが驚いた顔を見せた。


「ペスカトーレ、お願いしたいんですけど」


ベアーが言うとマーサは嬉しそうに頷いた。


二人は席に着くとさっそく3人組について話し始めた。


「女の子は、控えめな感じで、かわいくもなく、不細工でもなく……」


ベアーがそう言うとラッツは頷いた。


「身長は普通でやせ型……」


ラッツはルナの持ってきたパスタを口に運んだ。


「それから……貧乳なんだよね」


ベアーが続けるとラッツがパスタをのどに詰まらせた。


「……そう……貧…ニュー…水…くれ」


ルナが急いで水を渡した。


ラッツはパスタを流し込むと立ち上がった。


「そう、貧乳だ!!!」


『ロゼッタ』にラッツの声が響くや否やルナが凄んだ。


「悪かったわね、貧乳で!!!」


「いや、君じゃないんだけど……」


ラッツはルナを見てバツが悪そうにそう言ったがルナは気分を害したらしく洗い場に引っ込んだ。


微妙な雰囲気に陥った二人だが3人組の話に戻った。


「だけど、どうやったら見つけられるんだ……」


 二人は自分たちをだました連中の事を思い起こしたが、彼らがどこにいるかは見当もつかなかった。


「スターリングさんはポルカ近郊にアジトがあるって」


「ポルカ近郊って、めっちゃ広いぞ……」


二人は途方に暮れた。


「小切手は盗まれ、マントは盗まれ、手掛かりはなし、どうにもなんねぇな」


ラッツがそう言った時である、ベアーは『マント』という単語でウィルソンの言葉を思いだした。


『あの店にマントを売った人間がわかればいいんだけどな』


ベアーは可能性にかけることにした。


「ラッツ、一応、手掛かりはあるよ、駄目かもしれないけど」


ベアーはドルミナでのマントのやり取りを話した。


「じゃあ、その店に3人組が持ち込んだかもしれないんだな」


「あくまで可能性だけど」


「手掛かりもないし……行ってみるか」


こうして2人は翌日ドルミナに向かうことにした。


                                *


ベアーは戻るとロイドに治安維持官の詰所での話をした。


「そんなことがあったのか」


ロイドは驚いた。


「気の毒だな、ラッツ君。しかし…小切手の事件が二度にわたって出てくるとは……」


ロイドはブルーノ伯爵に思いを馳せた。


「この事件の一端には私の旧友も関わっているんだ。」


ベアーは驚いた顔を見せた。


「遅かれ早かれ、いずれは知ることになるだろう……」


ロイドはそう言うとブルーノ伯爵の長男が小切手偽造に関わっていることを話した。


「じゃあ、犯罪組織とブルーノ伯爵の息子さんとはつながりが?」


「間違いない、そうじゃなければ小切手の『紙』の説明がつかん」


「偽造小切手の『紙』って『本物』だったんですか?」


「そうだ、都から広域捜査官が派遣されても偽造小切手がなかなか判別できなかったのはそのせいだ。」


ロイドの表情が暗く沈んだ。


「ベアー、明日は休みを取ってドルミナまで行って来い。」


「いいんですか?」


「ああ、手掛かりが見つかる可能性があるなら、その価値がある。」


ベアーは休みをもらおうと思っていたため、ロイドの申し出は渡りに船であった。


「明日の朝一で行ってきます。」


元気よくそう言うとベアーは部屋に戻って準備を始めた。


                                 *


 翌朝、日の出とともに起きるとベアーはいつもの場所に向かった。


「どうだ、元気か?」


尋ねられた主はチラリとベアーを見た、会い変わらず不細工でかわいげがない。


「前に客船に乗った時に身ぐるみはがされただろ……その時の犯人の手掛かりを見つけに行く!」


ベアーがそう言うと、言われた主は鼻をフガフガさせていなないた。どんな意味があって鼻をフガフガさせたのかベアーはわからなかったがとにかく連れて行こうとおもった。


「行こうか、相棒!」


そう言うとベアーはロバを連れてラッツとの待ち合わせ場所に向かった。


                             *


 まだ早い時間のため人が少なく朝の新鮮な空気が街道を覆っていた。ラッツと合流したベアーはロバとともにドルミナに向けて出発した。天気も良く、すこぶる快調な出足であった。


二人は状況を確認するため、お互いの知りうる情報を交換した。


「じゃあ、偽造小切手の製造は貴族も絡んでるのか?」


「理由はわからないけど、そうみたいだね」


「それ、やばいんじゃないの?」


ラッツがそう言うとベアーがそれに答えた。


「この事件が明るみになれば、貴族のメンツは丸つぶれだろうね。」


 ダリスの金融当局はすべて上級貴族(伯爵、公爵)が締めている。その伯爵の息子が犯罪組織と組んでいたとなれば大騒ぎでは済まない。


「下手すりゃ、暴動だよな」


ラッツがそう言うとベアーは頷いた。


「スターリングさんが秘密裏に偽造小切手の案件を処理しようとするのはそれが理由だと思うんだ。」


ラッツはベアーの意見に頷いた。


「お前の盗まれたマントと俺の偽造小切手がダリス全土を覆う事件の『カギ』かもしれないんだな。」


ラッツは大きく息を吐いた。


「うまく解決出来たら、褒美とかもらえんのかな?」


「どうだろう……」


「俺の5000ギルダー肩代わりしてくれたらな……」


ラッツは何とも言えない声を上げた。


「ところでさ、お前に聞きたいことがあるんだ。」


急に真顔になったラッツにベアーは驚いた。


「な、何だよ……」


「あのさ、ミズーリでのことなんだけど……」


ラッツの眼はいつになく真剣であった。


「娼館に行ったとき、バイロンと……その……シタのか?」


「はっ?」


「だから、バイロンと……その…なんだ……シタのか?」


ベアーは思わず吹き出しそうになった。


「何だよ、まじめにこっちは聞いてんだよ!!」


ラッツが逆上しそうになったのでベアーは向き直ってハキハキと答えた。



「ぼくは童貞です!!」



あまりの神々しい発言にラッツはひれ伏しかけた。


「本当か?」


「嘘ついてもしょうがないだろ」


ラッツはベアーの顔を見て嘘がないと判断した。


「そうか、そうか、うん」


勝手に納得しているラッツを見てベアーは訝しんだ。


「ラッツ、もしかしてバイロンの事、好きなんじゃないの?」


言われたラッツはしどろもどろになった。


「そんな……そんなことないよ、劇団でさ、いっしょだからさ………orz」


サルでもわかるようなラッツの反応にベアーは吹き出した。


「何だよ、笑うなよ!!」


「だってさぁ、あきらかに……」


 ベアーがそう言いかけた時であった、腕に衝撃が走った。ロバがベアーの腕に噛みついたのだ。


「痛ってぇなぁ、この馬鹿ロバ!!」

 

 ベアーがそう言った時であった、ベアーたちの真横を2頭立ての幌馬車が通過していった。幌で中は見えなかったがかなり急いでいるようだった。


その時である、ラッツが大きく口を開けた。


「見たか、今の御者?」


 ベアーは後ろになっていたのでわからなかったがラッツの眼にはある人物が映っていた。


「あいつだ、俺に、俺に偽の小切手をきった奴!!」


ベアーは『まさか』という表情を浮かべた。


「追うぞ、ベアー!!」


二人はまさかの展開に色めきたった。こんな偶然がおこるとは―――


だが、この追跡行為が大きな代償を払う要因になるとはこの時、二人は思わなかった。



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