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第十九話

19

 程なくするとラッツが現れた。


「おう、ベアーじゃないか!!」


ラッツは驚いた顔を見せた。


「久しぶりだね、元気だったかい。」


「ああ、超元気だよ」


そう言うと二人は固い握手を交わした。


「ここに泊まってるって聞いたから」


「わざわざ来てくれたのか」


その時である、嬉しそうな表情を見せたラッツの眼にマーサがとまった。


「この人は?」


「こちらはマーサさん。差し入れを持ってきたんだ。」


マーサは口を開いた。


「リーランドさんに渡したいんです。」


ラッツは困った表情を見せた。


「リーランドはまだ稽古から帰ってきてないんだ……」


 そう言った時である、宿の外が急に騒がしくなった。黄色い歓声が沸き、婦女子が宿の入口に殺到した。


                                *


「リーランド、こっち向いて」


「サイン頂戴!!」


「結婚して!」


「お願い、握手して!!」


 様々な声が飛んだ。リーランドはそれにうまく応対しながらファンの間を抜けた。リーランドが宿に入ると、先ほどの老婆が入口のドアを閉めて鍵をかけた。あまりに素早い行動に3人は呆気にとられた。


「何やってんだ、ラッツ?」


リーランドに声をかけられたラッツは我に返った。


「ああ、こちらの人が差し入れしたいって」


そう言うとリーランドにマーサを引きわせた。


「こんにちは」


リーランドが甘いマスクでささやいた。


「あ…の…これ、さ…し…いれ…」


マーサがしどろもどろで答えるとリーランドはマーサの手を握って感謝した。


「ありがとう、わざわざ!!」


 感謝されたマーサはフラフラになっていた。ベアーとラッツはその様子を見ていたがマーサが『撃沈』したのは一瞬でわかった。


                                *


 その後、ベアーとラッツは街に繰り出した。二人は以前にベアーがウィルソンと入った茶屋に腰を落ち着けた。


「お前、今、何やってんだ?」


「貿易商の見習い」


「へぇ、すごいじゃん、あれって上級学校いかないとなれないんじゃないの?」


「普通はそうだけど、色々あって」


「そうか、順調そうだな」


ラッツは運ばれてきたチキンバスケットの手羽先を頬張った。


「でもラッツの一座もすごいじゃないか、あれだけのファンが押し寄せるなんて、ミズーリの時と大違いだ」


ベアーは率直な感想を述べた。


「いやぁ、実は今の公演もかなりうまくいってるんだ。こんなに客が入るなんて夢にも思わなかったよ。」


ラッツは自信を見せた。


「でも、全部バイロンのおかげなんだよね」


ベアーは久々に聞くクラスメイトの名前に胸が躍った。


「とにかく、バイロンは『歌』がうまいんだよ、正直、うちの主演よりも上だからね」


ラッツは饒舌に語った。


「わずか3か月でプロ並みになったからな、こっちもびっくりだよ」


ベアーはバイロンが活躍していると聞いてうれしくなった。


「それに、今日なんてチケットがいっきに100枚も売れたんだぜ!」


ラッツは上機嫌になって懐からあるものを出した。


「すごいだろ!」


ラッツは額面6000ギルダーの小切手をベアーに見せた。


「ラッツ、それ、まさか……」


「何だよ、小切手なんて別に珍しくないだろ?」


ベアーの中で一抹の不安がよぎった。


                                *


ベアーは勘定を払うとラッツの腕を引っぱって店を出た。


「何だよ、いきなり!」


ラッツは驚いていたが、ベアーは構わずに歩いた。


「だから、何なんだよ」


ベアーはラッツに向き直った。


「その小切手、偽物かもしれない。」


「えっ?」


ラッツはきょとんとした表情を見せた。


「お前、小切手の偽物なんて、聞いたことないぞ!」


ラッツはそう言ったがベアーは聞かなかった。


「いいから」


ベアーはそう言うとラッツを引っ張って行った。


                                *


 治安維持官の詰所に行くとベアーはスターリングを呼んだ。通常、都の広域捜査官はエリートのため一般人は会えないのだが、スターリングに渡されていた『ブロンズ細工』のおかげで5分と経たず面会できた。


「どうしたの?」


スターリングに聞かれたベアーはラッツを紹介した。


「僕の友人なんですが、小切手を手に入れて……」


ベアーがそう言うとスターリングの眼が光った。


「見せてもらえる」


ラッツは懐から小切手を出した。


スターリングはその小切手を持つと階段を駆け上がった。


                                *


程なくしてスターリングが戻ってきた。


「鑑定士に診てもらったんだけど……ビンゴね…」


スターリングは厳しい表情を浮かべた。


ラッツはそれを見てたじろいだ。


「どういうことだ?」


ラッツが言うとスターリングが答えた。


「この小切手は偽造品よ」


 さっきまで有頂天になっていたラッツは一瞬にして地獄の淵まで落とされた。


「そんな……」


ラッツは青ざめた顔を見せた。


「あなた、これをどこで手に入れたの?」


取調室に移されたラッツは小切手を手にいれた顛末を話した。


                                *


「じゃあ、今朝、チケットの代金を小切手で受け取ったのね」


ラッツは頷いた。


「いつもみたいにチケットを売りに行って、役所近くの大通りで……100枚のチケットを……」


「どんな人間に売ったの?」


「3人組です。」


「特徴は?」


「一人は僕と同じくらいの女の子で、あとの二人はその子の両親です。みんな品のいい感じで金持ちに見えました。」


「もう少し詳しく、教えてくれる。」


スターリングに言われたラッツは3人の顔や体形を話した。


ベアーはその話を隣で聞いていてある人物の顔が浮かんだ。


『リアンじゃないのか……』


ベアーはラッツをだました3人組が自分をフェリーでカモにした連中と同じだと思った。


そんな時である、ラッツが深刻な表情でスターリングに質問した。


「チケットの代金はどうなるんですか?」


スターリングは厳しい顔をした。


「チケットの換金屋に持って行かれて、現金化されていたらアウトね」


スターリングの言葉を聞いたラッツは呆然とした、フラフラとした足取りで取調室をでると無言のまま外のベンチに座り込んだ。


                                *


 その後、すぐにカルロスがラッツの話の裏をとった。ラッツの被害は間違いなかったが、彼の顔は芳しくなかった。


「すでにチケットは現金化されてますね。それにラッツ君に小切手を支払った3人組とは別の人物が換金ショップにチケットを持ち込んだみたいです。」


 ポルカには換金ショップがあり、馬車の回数券や興行チケットの売買をしているが、スターリングの予想通りそこにチケットが持ち込まれたようだ。


スターリングはカルロスを見た。


「足がつかないようにうまく立ち回っているわね。別の人物に換金させるなんて……」


 スターリングは偽造小切手の犯罪集団が組織化されていることに危惧を抱いた。


「これだけ知恵の廻る奴らなら間違いなく『決算』の時にわざと少額の小切手を換金しに来るわ。それもダリス全土の両替商でそれを行うでしょう。」


「決算に備えて現金を積んでいる業者は小さな金額を引き出されてもびくともしませんしね」


「それを奴らは狙ってるのよ……」


スターリングは爪を噛んだ。


「もっと鑑定士がいればいいんですけど……」


カルロスが正論を言ったがスターリングはそれをバッサリ切った。


「あの小切手の偽造を見破れるのは都の鑑定士3人だけよ。3人じゃダリス全土の両替商はカバーできないし、決算期の小切手の処理数を考慮すれば焼け石に水でしょうね。」


カルロスは沈黙した。


「ことがことだけにおおっぴらにはできないし……」


 偽造の小切手が出回り出したことがわかれば決済の信用性が失われるのは間違いない。さらに小切手の『紙』がブルーノ家が製造した『本物』だとわかればその影響は計り知れない。貴族の信用が失墜するのは目に見えている。


スターリングは歯がゆい表情を見せた。


「指紋の偽造も完璧、小切手帳の『紙』は『本物』、やはり奴らのアジトをおさえるしかない……」


決算期までは10日を切っていた。


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