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第十八話

18

 翌日、ロイドは馬車に乗りこむとウィルソンの手綱で街道を進んだ。ドルミナ近くまで来ると小路に入り、そのまま道なり馬車を巡らせた。


 しばらく進むと竹林が現れた。さわやかな風が竹林を抜ける音は趣があり、ロイドはその音に耳を澄ませた。だがその心中は穏やかでない……


『……気が重いな……』


ロイドはこれから生じるであろうことに思いをやると厳しい表情を浮かべた。


                              *


馬車がその竹林を抜けるとロイドの視界に城壁が入った。そのまま門まで進むとロイドは馬車を下りた。


「ここで待っていてくれ」


ロイドはウィルソンにそう言うと館の入り口に向かった。


 館は古いもので城に近い造りになっていた。城壁だけでなく、見張り台としての高い塔もあり、一見すると要塞にも思える。


ロイドが門を抜けて中庭に足を踏み入れると執事が恭しく頭を下げた。


「お久しぶりです、ロイド様、主がお待ちです。」


そう言うと40代の若い執事がロイドを案内した。


                                *


ロイドが石畳の床を歩いて進むと執事がロイドに声をかけた。


「こちらの部屋でございます」


執事はそう言うと館主、ブルーノ伯爵の寝室にロイドを招き入れた。


 ロイドが部屋に足をふみれるとその目に石壁に掛けられタペストリーが入った。意外に地味な文様だが、その中にダリスの国花があしらえられていた。


「久方ぶりです、伯爵」


ロイドが声をかけたが、ブルーノは体調が芳しくないらしく豪奢なベッドの上で仰臥したまま答えた。


「久々だな、ロイド、元気か?」


「マズマズです」


ブルーノは青白い顔でロイドに話しかけた。


「昔話をしに来たわけではあるまい、何か用があるんだろ?」


ロイドは頷いた。


「伯爵、人払いを、お願いしたいのですが」


ブルーノは執事に目配せした。ロイドは執事が出ていくのを確認すると話し出した。


                                *


「伯爵、実はポルカで偽の小切手が出回っています。」


「それで」


「その偽造小切手の製造に貴族の人間が絡んでいると広域捜査官から言われました。」


「どういう意味だ?」


ブルーノの目が厳しくなった。


「偽造小切手は極めて精巧なもので、その『紙』に至っては正規のものです。」


ブルーノが大きく目を見開いた。


「小切手に使われる『紙』の製造は伯爵の一族が担っているはずです。」


ロイドがそう言うとブルーノは唇を震わせた。


「どこまでわかっているんだ……」


「広域捜査官は御子息が偽造小切手の製造に関わっていると睨んでいます。」


ロイドが淡々と伝えるとブルーノは深いため息をつきた。


                              *


ブルーノは窓から庭を見た。


「ロイド、覚えているか、この庭で戯れたことを……」


「はい」


 ロイドは幼い頃、伯爵がこの庭で遊んでくれたことを思い出した。通常、貴族は身分の低い者とは付き合わないのだが、ブルーノは伯爵と男爵という身分差をこえてロイドと付き合ってくれた。その扱いは他の貴族と異なり公平で、ロイドは幼いながらもブルーノを実兄のように慕っていた。


「かわいがっていただいたことは昨日のことのように覚えております。そして御長男をこの手に抱いたのも……」


ロイドはブルーノに長男が誕生した時、その手に抱かせてもらったことを話した。


ブルーノ伯爵は目を閉じて下を向いた。


「ロイドよ、自分の息子を捜査官に売ることができると思うか?」


ロイドは渋い表情を見せた。


「血を分けた息子を突き出せると思うか?」


ブルーノは強い口調でそう言った。そこには歪んでいながらも子供をかばおうとする親の愛があった。


「息子は……あやつしかおらんのだ……」


ロイドは口を開いた。


「つらいお気持ちは察しがつきます。ですが……」


ロイドが言葉を続けようとした時であった、ブルーノは声を荒げた。


「わかっている、貴族としてのケジメをつけろと言いたいのだろ!!!」


「いいえ、違います。」


ロイドは強い口調でそう言うとブルーノの顔を正面から見据えた。それに対してブルーノはロイドの鬼気迫る表情を見て怒号を上げた。


「お前に何がわかるのだ!!」


血縁の失態をロイドに突きつけられたブルーノは激情に駆られた。病床にもかかわらず拳を振り上げた。


だがロイドはそれにかまわず静かな口調でブルーノに語りかけた。


「伯爵、あなたのお気持ち、よくわかります。」


ロイドはそう言うと実に哀しげな眼を見せた。


「私にも娘がおります。ですが、その娘は娼婦にも劣る人間となり、今はどのように暮らしているかもわかりません。そして、その娘の過ちをかばった孫のパトリックはブーツキャンプに送られました。」


ブルーノのはまさかの話に驚いた顔を見せた。


「それは、本当か……」


ロイドは頷いた。


「たとえ御子息に問題があっても、その孫までその責め苦を負わされるのは不憫というものです。それにこの話が都まで届けば……ブルーノ家のおとり潰しもあるでしょう。」


ブルーノは苦悩の表情を浮かべた。


「ロイド……互いに子供には恵まれんかったようだな……」


ブルーノは病床で肩を震わせた。ロイドはブルーノに近づくとその手を握った。


「すまぬ、ロイド……」


二人の間には肉親により苦い思いをした親にしかわからぬ深い哀しみがあった。


                               *


 マントを見つけてから一週間たった休みの日であった。ベアーは久しぶりに『ロゼッタ』のパスタを食べようと出かけた。ベアーが外から中を覗くとイソイソとルナが働いていた。


「あっ、ベアー!!」


「まじめに働いてんじゃん」


「まあね」


ベアーが中に入ると、洗い場にいた女店主が声をかけた。


「久しぶりだね」


「お久しぶりです」


ベアーはそう言うとペスカトーレを注文しようとした。


「何、水臭いこと言ってんのよ」


 女店主は一緒に賄いを食べるようにすすめた。働いている手前、ベアーは断ろうと思ったがとんとん拍子で準備が進んだため結局、相伴にあずかることになった。


                                *


ボンゴレを食べながらベアーは近況を話した。


「マントが見つかったの?」


ルナに言われたベアーは頷いた。


「ドルミナでね、でも2700ギルダーだって」


「何その金額……」


さしもの女店主も驚きを隠さなかった。


「それ、ぼったくりね……」


「でも、見つかったんで、何とか買い戻そうと思うんです。」


「そうよね、まだ僧侶だもんね、マントがないと様になんないわよね」


ルナがニヤニヤしながらそう言うと、ベアーは大きなため息をついた。食事の雰囲気が悪くなるのも不味いと思ったルナは話題を変えた。


「ところでさ、街でお芝居やってんの知ってる?」


「芝居?」


「そう『永久の愛』っていうやつなんだけど」


ベアーは賄いを食べながら耳を傾けた。


「なかなか、いいお芝居なのよ、コルレオーネ一座っていう新しい劇団がやってんだけど」


「コルレオーネ一座?」


「そうよ」


女店主が答えるとベアーの中で懐かしい顔が浮かんだ。


「俺、知ってます、その一座。知り合いがいるんです!!」


 ベアーがそう言うとルナと女店主が驚きの表情を見せた。だが、それ以上に大きなリアクションを見せた人間がいた。


「それ、本当なの!!!」


テーブルを叩いて立ち上がったのはマーサであった。


まさかの展開にその場にいた3人がその眼を点にした。


『鉄仮面がしゃべった……』


初めてしゃべるマーサの姿にベアーもルナもタジタジになった。


                                *


マーサはベアーに頼み込んだ。


「お願い、一座の人に合わせて!!」


 今まで見たことのないマーサの迫力にベアーは圧倒された。三十路を越えた独身女が見せる気迫はすさまじい、ベアーは身動きできなくなっていた。


「握手するだけでもいいの!!」


ベアーはマーサの圧力で押し切られると、頷くほかなかった。


                                *


 マーサはすでに一座の逗留している宿まで調べているようで差し入れを手にするとベアーを急かせた。


「マーサさん、確かに知り合いはいますけど、会えるかどうかはわかりませんよ」


 ベアーはそう言ったが火のついたマーサは止められなかった。結局、ベアーはマーサと一緒に宿に向かうことになった。


                                *


ベアーは一座の逗留している宿の受付に向かった。


「あの、こちらにコルレオーネ一座が泊まってると思うんですけど」


受付の老婆は面倒くさそうに応対した。


「それで?」


「差し入れを持って来たんで渡したいんですけど」


「そりゃ無理だよ、あんたたち部外者なんだから」


老婆の言い分はもっともであった。


「じゃあ、知り合いがいるんで呼んでもらえますか?」


老婆は怪しげな目をした。


「誰だい?」


「ラッツって言う劇団員です。僕と同じくらいの年齢の男子です。」


老婆は『しょうがない』と言う表情を浮かべ席を立った。


『元気かな、ラッツ……』


ベアーは久々に会う友人に胸が高鳴った。



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