第十七話
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ベアーは貨物の搬送業務を終えると前回と同じく貿易書類を作成した。ジュリアは書類をチェックすると『問題ない』と言う顔を見せた。
「この調子でお願いね、決算期になるとてんてこ舞いになるから」
ジュリアに言われたベアーは『決算』という単語から偽の小切手のことを思い出した。
『もうすぐ月が替わるけど、大丈夫なのかな……』
ベアーが心配してもどうにかなるものではないが、偽の小切手をつかまされた経験から気になった。
そんな時である、ウィルソンがベアーに声をかけた。
「ベアー、荷物の引き取りに行くぞ、馬車に乗れ!」
言われたベアーはジュリアに挨拶してから馬車に向かった。
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「今日は何を取りに行くんですか?」
「小麦だ、貴族におろす特別なやつだ」
「特別ですか?」
「ああ、貴族御用達の農場があるんだ、そこの小麦だよ」
「味が違うんですか?」
「さあな、食ったことないからな、何でも特別な種から育てたらしいけど」
そう言うとウィルソンは手綱を握った。
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都の方に向かって2時間ほど街道を進むと街が見えてきた。学園都市として有名なドルミナである。商業地や工業地ではないが人口数はかなり多く、ミズーリよりも規模は大きい。住宅がひしめくようにして乱立し、学生と思しき連中が通りを闊歩していた。
「帰りにここで一服しよう。」
そう言うとウィルソンは街をそのまま素通りした。
街を通り過ぎてしばらく進むと小麦畑が見えてきた。
「あの農場だ」
ウィルソンが指摘すると青い屋根の建物が見えてきた。二人は農場の正門から入ると事務所に向かった。
担当の亜人が現れると二人を倉庫に案内した。
「あとは、お願いします。終わったら声をかけてください。」
亜人はそう言うと自分の作業に戻っていった。
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貴族御用達の小麦は入っている袋に判が押されていた。
「この印は何ですか?」
「検品した印だ。これがないやつは駄目なんだ。」
検品した印には日付と検品者が記されていた。
「さっさと運んじまうぞ」
ウィルソンに急かされ作業開始となった。
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作業は単調で簡単だったが、小麦袋が重く、ベアーにはきつい肉体労働になった。荷馬車にすべての小麦袋を運び終える頃にはフラフラになっていた。ウィルソンは荷車の小麦袋を数えると声を上げた。
「よし、終わりだ!!」
ウィルソンは納品書を先ほどの亜人に渡すと重くなった荷馬車の手綱をとった。二人は小麦を乗せて帰路についた。
*
農場を後にした二人はドルミナまで戻ると遅めの昼食をとることにした。ウィルソンは荷馬車を止めると街の中央に続く大通りに入った。メインストリートは石畳で舗装され、その両脇を様々な商店が軒を連ねていた。昼を過ぎていたがにぎやかで、数多くの人が行きかっている。
ウィルソンは馬車を下りると、その一角にある小さな店に足を向けた。
「ここのチョリソーはうまいぞ」
チョリソーとは唐辛子やニンニクを練りこんだソーセージの事である、ウィルソンは掘立小屋のような店のカウンターに行くとチョリソーを薄い生地にはさんだトルティーヤを頼んだ。
ウィルソンは店主からトルティーヤを受け取るとその一つをベアーに渡した。
「俺のおごりだ、この前の治療代の代わり」
ベアーは一食分、節約できると思い喜んで受け取った。
包みを開けるとチョリソーを薄い生地で巻いたトルティーヤが出てきた。ボリュームのある一品で、生地とチョリソーの間には炒めた玉ねぎとたっぷりのチーズが挟まれていた。
「ここのチョリソーは自家製だからな、それにこの玉ねぎがいいんだよ。」
ウィルソンはそう言うとかぶりついた。ソーセージをかんだ時に『パリッ』という音がした。
ベアーの食欲はその音でMAXを迎えた。生地の合間から艶やかなチョリソーが顔をだすと先端からスパイスを含んだ肉汁があふれた。ベアーはそれを見ると大口を開けてかぶりついた。
『美味い……それに意外と辛くない……』
玉ねぎの甘さとチーズで辛さが相殺されたトルティーヤは実に食べやすかった。
『マジで美味い、この生地もあってる』
トルティーヤの生地は小麦粉でなくトウモロコシから作られていた。素朴な生地だがパンチのあるチョリソーとは相性が良かった。
ベアーは再び、かぶりつこうとした。
その時であった、
「あっ……」
ベアーの眼には明らかに見覚えのあるモノが映っていた。ベアーはチョリソーの入った包みを置くと立ちあがり、向かい側の店のショーウインドウにフラフラと歩いていった。
『間違いない!!』
ベアーは確信した。
ショーウインドウにはベアーのパクられたマントが飾られていた。
*
ベアーは店の中に入ると店主を見つけた、店主は50代前半の男で中肉中背のどこにでもいそうな男であった。特にこれといった特徴のない男で柔和な表情でベアーに声をかけた。
「どうかしましたか?」
男に尋ねられるとベアーは矢継ぎ早に話し出した。
「あのショーウインドウのマントなんですけど!!」
「ああ、あれですか、お目が高い」
店主はそう言うとマントの生地や縫製について話し出した。
「そうじゃないんです。あれは僕のなんです!!!」
店主はぽかんとした。
「君、何言ってるの?」
ベアーは見つけたことで興奮していたため、話す順序を間違えていた。
「あの、あれは僕がこん睡強盗の被害にあった時に盗まれたものなんです。」
ベアーは客船での出来事をかいつまんで話した。(賢明な読者はお気づきの事でしょうがベアーがキスしようとしてまんまとはめられた時のことである。)
「それは気の毒ですが……あのマントは私がお金を払って仕入れたモノなんですよ。ですから返すというわけには……」
男の顔には商売人としてのしたたかさが浮かんでいた。
「あの、いくらなんでしょうか?」
「3000ギルダーですね」
ベアーの顔は一瞬で顔面蒼白になった。
「そんな……」
ライドル家の家紋の入った個人の所有物にそれだけの価値があるとは思えなかった。
「お困りのようですから2700ギルダーまで下げても構いませんよ」
店主は値踏みするようにベアーを見たが、それだけの手持ちを持たないベアーにとっては下を向くほかなかった。
店主は交渉しても無駄だと言う表情を見せた。
「お金を貯めたら、またいらっしゃい。そうそう売れる物じゃないから取り置きしておきます。」
「ほんとうですか?」
店主は朗らかな表情を見せた。
「僕、ベアリスク、ライドルと言います。よろしくお願いします。」
ベアーはそう言うと店を出た。
ドアが閉まると店からベアーが出ていくのを店主の男は確認した。
『まさか……こんなこともあるんだな……』
男はなんともいえない表情を浮かべた。その顔には商売人とは異なる邪悪な『何か』が浮かんでいた。
*
店に戻るとウィルソンが驚いた顔をしていた。
「どうしたんだ、ベアー?」
ベアーは向かいにある店に、盗まれたマントが売られていることを話した。
「本当か?」
「はい、間違いありません、ライドルの家紋もありますし、僕が使っていた時に傷ついた綻びもあります。」
「そうか……」
馬車に乗るとウィルソンが口を開いた。
「たとえ盗品であっても『善意の第三者』であった場合は正当な持ち主になるからな……」
『善意の第三者』とは盗品とは知らずにその品を買った人間の事である。
「お前の場合は買い戻すしかないだろう。」
ベアーはウィルソンの話に耳を傾けた。
「あの店にマントを売った人間がわかればいいんだけどな」
「それなら見当がつきます」
ベアーの脳裏には少女リアンとその両親の顔が浮かんでいた。
「なら、そのリアンっていう娘が持ち込んだのが立証されれば治安維持官も動くかもしれん、だが……そんなにうまくいかないよな……」
ベアーはやはり買い戻すしかないと思った。
「しかし、2700ギルダーって、かなりのぼったくりだよな……まともな店なのか」
店自体は生地を扱う小売店でどの街にでもあるものだ。だがそうしたところでぼったくりがあるとは思えない。ベアーは不審な表情を浮かべた。
「足元、見られたかもな……」
ベアーはウィルソンの顔を見た。
「ベアー、商売はな、弱みを見せちゃダメなんだ。相手はそこにつけこんでくる。悠然と構えて対応しないと」
そう言ったがウィルソンは微妙な表情を浮かべた。
「……まあ、お前の年齢じゃ、無理だよな……」
ウィルソンはそう言うと手綱を握った。
「とりあえず、マントが見つかったのは朗報だったな」
ウィルソンにそう言われたがベアーの内心は何とも言えないものがあった。




