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第十六話

16

 ポルカでの興業は初日から満員御礼の旗が立っていた。劇団員たちは劇場に続々と入る客のチケット確認にうれしい悲鳴を上げていた。


「いいか、今日から2週間が勝負だ。ここでどれだけうちの劇団が通用するかわかる。」


座長の顔は高揚していた。


「ここで一旗あげられれば、名前も売れるはずだ。そうすれば渡り鳥の生活も終わりだ!!」


 聞いていた役者陣の表情が引き締まった。今まで様々な街の小劇場をまたにかけてきた彼らにとって安住の地を手に入れることは何よりもの望みであった。


「衣装や小道具の管理が楽になるし、重い荷物や楽器も運ぶ必要がなくなる。稽古も落ちついてできる、そうすれば無駄な時間もとられないし、無駄な労苦が減るはずだ!!」


座長はそう言うと最後の檄を飛ばした。


「各自、気合を入れて最後の確認をしろ!!」


 バイロンは座長の演説を聞いた後、すぐに衣裳に着替えた。その後、ヘンプトンの所に行って発声練習した。


「大丈夫、バイロン?」


「いけるわ」


バイロンの様子を見ながらラッツは状況を確認した。


「もうすぐ始まるから、袖に移動しよう。」


 バイロンが舞台の袖に移動するとすでに客の熱気が伝わってきた。客席が見える覗き穴の見ると劇場一杯に客が入っていた。


                                *


「もうすぐ始まるよ、ルナちゃん」


『ロゼッタ』の女主人は幕が上がるのを興奮した面持ちで伝えた。


ルナはその様子を見てワクワクしてきた。


『お芝居か、どんな感じなんだろうか』


ルナは初めての経験に心躍らせた。


                                *


「ご来場の皆さま、お待たせいたしました。これよりコルレオーネ一座の、『永久の愛』幕開けとなります。」


座長はいつもより声を張り、抑揚をつけて観客に語りかけた。


「今世紀最高の脚本でお送りするこの芝居はミュージカル調の演出をしております、その神髄、とくとご覧あれ!!」


 客の様子を見ながら状況を確認すると座長は頃合いをみはからいアイコンタクトした。それを受けたヘンプトンはアコーディオンの鍵盤に手をかけた。


座長が満を持してタクトを振るうと演奏とともに幕が開いた。


                                *


 タチアナの公演で芝居に落ちつきがでたため役者達の動きは安定していた。セリフ回しや掛け合いも悪くなく、明らかに以前より向上していた。特に曲に入るときのタイミングは以前よりもスムースで芝居の展開は自然なものになっていた。


ライラとリーランドはあきらかに客を魅了していた。


「悪くないね、あの主演の役者、いい男だよ」


『ロゼッタ』の女店主は小声でそう漏らした。


「だけど……あっちは……」


 女店主は微妙な表情を見せた。ルナは隣でその顔を見たが明らかに不服な部分があるようだ。ルナにはどの部分が不満なのかはわからなかったが、『芝居通』とおもえる女主人の見解には一目置いておこうと思った。


                                *


芝居は佳境を迎えた。


バイロン扮する貴族の女がリーランドとライラが幸せになるところを影から眺め、絶望するところである。


『ロゼッタ』の女主人は鼻息を荒くしていた。バイロンに対し『ざまあみろ!』という感情を持っているのは間違いなかった。だがそれと同時に女貴族に対する同情心も浮かんでいた。


「あの女貴族も、他の生き方を選べたら、あんな風にはならなかったろうにねぇ」


女主人がポツリと呟いたが、ルナも同じ思いであった。


 その後、芝居はラストシーンを終えて無事に幕を下ろした。拍手と歓声が劇場に鳴り響き独特の雰囲気が劇場を包んだ。


                                *


 芝居が終わると役者陣が出てきて帰る客を迎えた。リーランドとライラの所には握手を求める客で人だかりができていた。中には花束や、差し入れの御菓子を持ってくる者もいた。


ライラはタチアナよりも多い客数にうれしさを覚えた。だが、彼女の視界に気になるものが映った。


バイロンである―――


わき役にもかかわらずライラと同等の客列ができていた。


『何、あの女……』


 主演を差し置き、客の注目を集めるバイロンの姿はライラを不愉快にさせた。タチアナの公演の時はそのほとんどがリーランドとライラに歓声を上げていたが、女優としての経験を得て、立ち居振る舞いが様になり出したバイロンにも『ファン』と呼ばれる存在が現れたのだ。


『ふざけんじゃないわよ、あの小娘!!!』


ライラの眼には明らかに憎しみの炎が灯っていた。


                                *


「よかったよ、あの歌、俺、感動したよ」


荷夫の男ががバイロンに声をかけた。


「ありがとうございます。」


バイロンが感謝すると荷夫はバイロンの両手を握った。悪気はないのだろうが明らかに力が入りすぎていた。


「ごめんなさいね、お客さん」


そう言うとラッツが二人の間に入った。


「すいません」


 ラッツはうまく体を入れると、次の客がバイロンと握手できるように調整した。ラッツは役者としての適性は微妙だがこうした時に見せる機転は劇団随一である。荷夫の客が不愉快にならないように頭を下げながら次の客を導いた。


バイロンはその様子を見ていたが、ラッツの細かい気配りや客をうまく捌く手腕に舌をまいた。


最後の客が劇場から出るとバイロンはラッツに声をかけた。


「ありがとう、ラッツ、ちょっと見直したわ」


声をかけられたラッツは照れ笑いした。


                                *


芝居が終わると女店主とルナは劇場を出た。


「いやぁ、久々のアタリだったね!!!」


女店主は満足げに言った。その顔は上機嫌と言っていいだろう。


「リーランドはいいね、いい男だよ」


女店主は強い口調で言った。


「大衆劇場のレベルでは最高峰だろうね」


ルナはその姿を見てまるで魔法にかけられているようだと思った。芝居の魔力は明らかに女店主を魅了していた。


「だけどね……」


女店主が一言付け加えた。


「あの芝居の主演と助演の娘はイマイチなのよね」


それにたいしてルナが答えた。


「でも、演技はうまかったですよ、歌も」


「うまいのは当たり前。金、取ってんだから」


女店主は厳しい顔を見せた。


「でもね、あの二人には致命的な欠陥があるのよね」


ルナが気になってたずねると女店主はサバサバした顔で答えた。



「それはね……」



 女店主の言ったことを頭で描いたルナはその主張に同意した。


「ほんとだ、そっちのほうがいいですね!」


「そうでしょ、そのほうがバランスがいいでしょ」


二人はその後、『ロゼッタ』までの道すがら芝居談義に花を咲かせた。


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