第十五話
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ベアーがいつものように積み荷のラべリングをしているとウィルソンが声をかけた。
「ベアーちょっと来い!」
ウィルソンの所に行くと書類を見せられた。
「そろそろ、事務関連も対応できるようにせんといかんからな」
ウィルソンはそう言うと事務員のジュリアを呼んだ。
「ジュリア、ベアーの面倒を見てやってくれ」
ジュリアはポルカの上級学校を卒業しているため事務処理能力はウィルソン以上に高かった。公用語も堪能でフォーレ商会の要と言っていい存在だ。
「ベアー君、あなた、公用語の読み書きは?」
「若干は」
ベアーはロイドに仕込まれていたので胸を張った。
「そう、じゃあ、早速」
ジュリアはそう言うと貿易書類を何枚か見せた。
「さほど難しいことはないんだけど、必ず確認しなくてはならない所があるの。」
そう言うとジュリアは書類上必要になる知識をベアーに話した。
「納期、価格、数量、商品名、相手先、運賃この辺は絶対に押さえておかないととんでもないことになるからね、特に納期の間違いは致命傷になるから」
ベアーはメモを取りながらジュリアの話に耳を傾けた。
「貿易書類は公用語で書かれてるけど、基本的に重要事項は数字なの、この点をおさえておいて。」
ジュリアはそう言うとベアーがラべリングしていた品の書類を見せた。
「ここが商品名、ここが日付、こっちが数量、それでこれが価格ね」
書類は大して難しいことは書いていなかった。数量や価格は表にして数字が書かれているだけなので困らなかった。むしろ公用語がほとんど使われておらずベアーは驚いた。
「あんまり公用語がでてこないんですけど……」
「貿易書類は形式が決まってるから出てくるところはあまりなのよ」
言われたベアーは驚いた。
「実務の書類は簡素でわかりやすいものなの、いろんな人が読むことを想定して作られているから意外と簡単なの」
ベアーは『なるほど』と思った。
「だけど保険や契約書はそうはいかないの」
そう言うとジュリアは別の書類を見せた。その書面には細かい字がびっしりと書き込まれ、見たこともない用語がいくつも記されていた。
「うわ……」
ベアーが困った声を上げるとジュリアは笑った。
「まだ、早いわよね、この書類は」
ジュリアはそう言ってから立ち上がると棚にあるファイルを取り出した。
「じゃあ、ラべリングした商品をさっきの書類と同じように書いてもらえる、わからなかったら聞いてちょうだい。」
ジュリアに言われたベアーはファイルにある宛先の会社にむけて書類を作り出した。
実際の事務作業が初めてのベアーにとって書類の作成は若干の心配もあったが、数量や価格といった数字を書くだけなので困ることはなかった。ただ捌く枚数が多く、確認しながらの作業に意外と時間がかかった。
*
2時間ほどその作業を行っているとジュリアが声をかけた。
「数字を書くだけだと単調だから、結構、間違えるのよ、時々、確認してね!」
ジュリアのアドバイスは全くその通りで、ベアーが見直すと二か所ほど間違いがあった。ベアーはそれをこっそり修正すると再び元の作業に戻った。
そして、作業をさらに1時間ほど進めるとベアーに変化が現れた。
『眠たくなってきたな……』
昼飯を終えたばかりということもあったが、座っての事務作業が睡魔との戦いになるとは思わなかった。
ベアーはうつらうつらしそうになるのを何とかこらえた。
「ベアー君、大丈夫?」
中年熟女が微笑みながら声をかけた。
「大丈夫です!」
そう言うとジュリアは眠気覚ましになるお茶を持ってきた。
「これを飲んで一息つきなさい。」
ベアーにお茶を差し出す時、ジュリアの熟れた大人の香りがベアーの鼻孔をくすぐった。
『ああ、マギー先生の匂いと同じだ……』
ベアーは初等学校の担任の教師の匂いを思い出した。
『スターリングさんもいいけど……熟女も……いけるかも……』
ベアーは『新しい扉』を開けるのではないかとふと思った。
*
一方、その頃、ロイド邸では動きがあった。
「ロイドさん、治安維持官の方です。」
マリアンナに言われたロイドは書斎から声をかけた。
「客間に通しておいてくれ。」
*
ロイドが客間に向かうとスターリングとカルロスがいた、二人はロイドを見ると立ち上がって挨拶した。
「どうかされたんですか?」
ロイドが尋ねるとスターリングがおもむろに話し出した。
*
「じゃあ、偽の小切手が出回り始めていると……」
「そうです、量は少ないですが」
スターリングは真剣な眼差しで訴えた。
「一般人が両替商に持ち込んだ小切手にも偽造品があったんです。」
カルロスがそう言うとロイドは顎に手をやった。
「広がり出したようだな……だが、わしにはどうにもなりませんぞ……」
ロイドがそう言うとスターリングがロイドを見た。
「実は我々の内偵で―――ある人物が浮かび上がりまして」
ロイドが怪訝な表情を浮かべるとスターリングはある人物の名を上げた。その名はロイドにとってよく知る人物のものであった。
「それは本当か……」
ロイドはたじろいだ。
「偽造小切手の『紙』の質を調べましたが……それしか考えられません」
ロイドは沈黙した。
「ぜひ、お力をおかりしたいのです。」
スターリングの眼は再び広域捜査官のそれになっていた。
「我々もあまりことを大きくしたくありません、秘密裏に事を進めて処理できれば被害は小さくて済みます。それにロイドさんのご友人も最小限の被害で済むかと……」
スターリングが氷のような瞳で見つめるとロイドは大きく息を吐いた。
「やむをえまい、動いてみよう」
ロイドはそう言うと陰鬱な表情で立ち上がった。
*
二人が帰るのを見届けるとロイドは書斎でひとりごちた。
『ブルーノ伯爵……』
ブルーノはロイドにとって兄のような存在であった。身分差があるにもかかわらず二人でいるときは分け隔てなく付き合ってくれた竹馬の友である。
『本当にブルーノ家が……小切手の偽造に……』
ロイドは沈痛な面持を崩さぬまま手紙を書くためペンをとった。




