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第十四話

14

 忙しいランチを終えると女店主、マーサ、ルナの3人は休憩に入った。


「今日は売上げ良かったわ!」


 女店主はご機嫌の表情を浮かべた。100人以上の客が到来したためその顔は明るかった。一方、マーサは相変わらずポーカーフェイスで賄いのボンゴレを黙々と口に運んでいた。


ルナはそんな二人を見ていたが女店主が何やらイソイソしているのに気付いた。


「どうかしたんですか、おかみさん?」


「う~ん、実はね…」


そう言うと女店主は前掛けの中からチラシを取り出した。


「再来週から新しいお芝居が始まるのよ」


「お芝居?」


「そう、ここ2年は同じ劇団だったんだけど、新しい劇団が来るんだって」


ルナは『芝居』を見たことがないので興味を持った。


「どんなお芝居なんですか?」


「それはまだわからないのよ、どの劇団が劇場に入るか秘密になっててね、でもそれが楽しみで」


女主人は嬉しそうな顔を見せた。


「どう、ルナちゃん、一緒に行く?」


「でもチケット高いんじゃ……」


「今日は売り上げが良かったから、おごってあげるわ」


ルナの眼が一瞬にして輝いた。


「行きます、絶対、行きます!!」


女主人はそんなルナを見て朗らかな表情を浮かべた。


                                *


コルレオーネ一座はタチアナを後にすると駅馬車を乗り継ぎ次の目的地に向かった。


「次の場所でも、うまくいけばな……」


「そうだな、うまくいけば安定して劇場を借りられるようになるしな。」


 弱小劇団の経営は基本的にカツカツである。劇場を借りるには金がかかるが、その費用の捻出は馬鹿にならない。


「次でうまくいったら、同じところで安定して稽古ができるだろうし」


「そうだよな、安定すれば、オーディションもできるから劇団自体も補強できるしな。」


 コルレオーネ一座は基本的にリーランドとライラで廻している。だが換言すればそれしかできない。脇を固める演技派の役者がいないため演目構成が単調になってしまうのだ。この点は一座にとって一番の悩みの種であった。仮にいぶし銀と呼ばれるような演技巧者が現れれば芝居の幅が広がるのは確実である。


「ところでさ、あのバイロンっていう新しい娘、想像以上だよな」


「芝居は素人だけど、歌はいけてるな」


 話している二人はコルレオーネ一座の中堅劇団員である、ラッツより齢が上で端役として板に立っている。


「あの子、娼館にいたんだろ?」


「らしいね……」


「まあ、役者なんてさ、ワケアリも結構いるしな……」


「でも、綺麗だよな、肌も白いし……正直、座長の娘より……」


1人が言葉を続けようとした時だった、ちょうどライラが二人の前を通った。


『お前、気をつけろよ、聞こえるだろ』


小声でもう一人がささやくとライラが振り返った。


「聞こえてんのよ、あんたたち!!!」


 鋭いツララのような言葉が二人を貫いた。二人は苦笑いして誤魔化そうとしたがライラの表情にはそれを許さないものがあった。


                                *


馬車は着々と目的地に近づいていた。


「タチアナではうまくいったね」


ラッツはかろやかにバイロンに声をかけた。


「そうね……でも、あれはたまたまよ」


バイロンは謙虚な感想を述べた。


「そんなことないよ、初舞台であれだもの、すごいと思うよ!」


 ラッツの感想はもっともで、タチアナで成功した理由の一つはバイロンの歌唱能力の高さに起因している。


「ヘンプトンさんの稽古のおかげね」


「そう言えばさ、なんか急にうまくなった時期あったよね、声の伸びっていうか安定感がでてきて、」


ラッツは『喉を開く』前後でバイロンの歌唱能力が変わったことを指摘した。


「そうね『秘密』の練習をしたからね」


ラッツの顔色が変わった。


「それ、変な練習じゃないよね、なんか、そのちょっと……ヤラシイ個人レッスン的な…」


ラッツはいつになく真剣な表情を見せた。


「何、言ってんの、あんた……」


勘違いしているラッツを見てバイロンはため息をついた。


「『コツ』があるのよ喉の使い方に!」


バイロンに言われたラッツはホッとした表情を見せた。


                                 *


 そんな会話をしていると二人の視界にあるものが飛び込んできた。


「海よ、街も見えるわ!!」


バイロンは目の前に広がる海を見て大きな声を上げた。


「ここは貿易業で栄えている街なんだ。向こうの方に倉庫が見えるだろ、あそこに荷下ろしされた荷物が運ばれるんだよ。」


ラッツは海に面した倉庫群を指差した。


「よく知ってるわね、ラッツ」


感心したようにバイロンが言うとラッツは恥ずかしそうにした。


「地理だけは好きだったんだ、だからダリスの街や産業のことはある程度わかるよ」


バイロンはラッツを見直したような目で見た。


                                *


 ラッツが街の話をしていると、馬の足音が急に静かになり馬車が停まった。間もなくすると御者が馬車のドアを開けて客に声をかけた。


「皆さま、到着いたしました。お荷物お忘れないように下車してください。足元は段差がございますのでお気を付けください。」


 皮のトランクを持ってバイロンとラッツが下りると駅の看板には『ポルカ』と記されていた。


 座長のコルレオーネは宿の手配を済ませると劇団員を一階の食堂に呼んだ。


「今日は移動で疲れているだろう、ゆっくり休んでくれ。明日の朝から稽古を始める。」


劇団員たちは休みがもらえると思っていたため皆、非難の目を向けた。


だが座長はそれを許さなかった。


「いいか、お前ら、ここが天王山なんだよ。ここでうまくいけばうちの一座が安定して劇場で興業が打てるようになる。そうすれば新しい役者も呼べるし、違う演目もできる。幅が広がるんだ!!」


 座長の言うことはもっともだった。皆、意気消沈したがやむを得ないという表情を見せた。


「よし、解散だ!」


座長がそう言うと劇団員たちは小声で文句を言いながら自分の部屋に戻っていった。


「バイロン、ちょっと待て!」


 座長に声をかけられバイロンが振り向くとそこには疲れた表情のヘンプトンがいた


「お前は稽古だ」


まさかの展開にバイロンは言葉を無くした。


「バイロン、喉はね、使っておかないと駄目なんだ、生き物だから」


ヘンプトンはすまなさそうに言ったが、座長はそこに畳み掛けた。


「ポルカの興行はうちの命運がかかっている、経験の少ないお前は人の倍、稽古するしかない」


そう言い放つと食堂を出て行った。


その後、ヘンプトンがバイロンに話しかけた。


「ここから10分くらい歩くとビーチがある、そこなら人目につかないから」


そう言うとヘンプトンは歩き出した。


バイロンはやむを得ないと思いヘンプトンについていった。言うまでもなくラッツも二人の後を追った。


                              *


星明りのビーチは暗いものの、人もおらず練習するには絶好の場所であった。


「さあ、発声からだ」


ヘンプトンがそう言うとバイロンは鍵盤の音に合わせて声を出した。


「あまり無理はしなくていい、喉の調子を維持するための練習だ。自分の体調に合わせて歌ってみてくれ。」


ラッツはバイロンの練習を横から見た。


『やっぱりバイロンは本物だ』


 実際の芝居を経験したことでバイロンの表現はあきらかに豊かになっていた。人間の成長というのは訓練や稽古というものも重要だがやはり本番に勝るものはない。バイロンは『板に立つ』という経験を通して明らかに成長していた。


稽古の様子を見ていたラッツは後方に人影があるのに気付いた。


『あれ、ライラじゃないか……』


星明りは暗く、顔はわからなかったが雰囲気からラッツはそう判断した。


『なんでここにいるんだろう?』


ラッツは声をかけようか悩んだが、声を上げてバイロンの稽古に水を差すのも悪いと思い結局そのままになった。



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