第十三話
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ベアーがロバをシェルターに返してロイド邸に戻ると客間に珍客が訪れていた。
「あっ、おにいちゃん!!!!」
甘ったるい声がベアーの耳に飛び込んできた。
ベアーは思わず沈黙した。
「何で黙ってんの?」
声の主はドスの利いた声でツッコンだ。
「いや、来てると思わなかったから……」
ベアーの目の前には、見た目10歳、実年齢58歳の魔女が立っていた。
*
二人の様子を見てロイドがにこやかな表情を浮かべた。
「今日はルナちゃんがレモンケーキを持ってきてくれたんだ。」
ベアーはルナをマジマジと見た。
「ひょっとして……万引きしたの?」
「違うわよ!!!」
ベアーは真顔になった。
「盗みは良くないよ」
「盗ってないって!」
ルナが反論するとベアーが落ち着いた声で発言した。
「ルナ、正直に言えば治安維持官も許してくれると思うんだ」
「だから、違うって!!」
二人は微妙なコントを続けたがマリアンナがお茶を入れた所でおやつタイムとなった。
*
「じゃあ、カジノで勝ったの?」
ベアーに質問されたルナはご満悦の表情を浮かべた。
「そうよ!!!」
ルナはそう言うと定番のレモンケーキを頬張り両目を大きく見開いた。
「『カブ』で勝ったの!」
『カブ』とは配られたカードの和が『9』に近いものが勝ちになるゲームだ。親には『シッピン』、『クッピン』という特殊な『ヤク』がある。
「けっこういい感じで勝ったわ」
ベアーは驚きの表情を見せた。
「今月はポルカでバイトしながら、カジノに繰り出すわ」
ルナが鼻息を荒くしてそう言うとロイドとベアーは微妙な表情を浮かべた。
「もちろん、セーブして貯蓄もするつもりだけどね!」
ベアーは無理だと思ったが、ルナの機嫌が悪くなるのも嫌だと思い話題を変えた。
「ところでおかみさんは元気なの?」
ベアーは『ロゼッタ』の女店主のことを尋ねた。
「元気よ、お店も順調だし、マーサさんも帰って来たしね」
「そうなんだ」
ベアーは『ロゼッタ』がうまくいっていると聞いてなんとなく安心した。
「そうそう、今日はね、もう一つ大事なことがあって」
ルナは急に思い出したように言うと封筒に入った手紙をベアーに渡した。
「おばあさんからなんだけど、なんかドリトスの寺院からお知らせがきたみたい。」
手紙を渡されたベアーは早速封を破った。
*
『ベアリスク ライドル殿
貴殿が祝詞を受けた司教に不正が見つかりましたことをお知らせいたします。司教の不正が深刻で当寺院では司教を永久追放することになりました。
貴殿も知っているとおもいますが、永久追放された聖職者の業務は基本的に無効となります。したがって貴殿の受けた祝詞も有効ではありません。再度、ドリトスの寺院にて手続きを行ってください。
追伸
貴殿の身分はまだ僧侶として扱われます。転職してる場合はその身分と併用という形になりますが、基本的には僧侶が優先されます。』
*
「マジかよ……」
ベアーがポツリと漏らすとロイドが声をかけた。
「どうしたのかね?」
ベアーは手紙をロイドに見せた。
「この文面では『併用』と書いてあるな」
ロイドは手紙を読みながら話した。
「ということは貿易商の見習いという立場も許されるということではないか?」
ベアーは顔を上げた。
「そうですよね!」
ベアーは強制的に僧侶の職に戻されるのかと思い、肝を冷やしたがロイドの一言で明るくなった。
「手続きは済ませないといけないだろうから、休みが取れた時に行ってくるといい。」
ベアーは素直に従おうと思った。
「ところでルナちゃん、夕食はどうするのかね?」
ロイドに尋ねられたルナは即答した。
「頂きます!!」
ルナの眼は爛々と輝いていた。
*
その日の夕食は3品が並んだ。トマトとルッコラのサラダ、ポークカツレツ、新じゃがの炒め物である。
ベアーが揚げたてのカツレツにナイフを入れるとサクサクとした衣の感触が手に伝わってきた。
「すごい、中にチーズが入ってる。」
断面からあふれるチーズを見てベアーのテンションは瞬時にMAXになった。一口大に切ったカツレツを口の中に放り込むと、さっくりとした衣の歯ざわり、適度な肉の弾力、チーズのコク、それらが口の中であいまった。
「おいしいです!!」
ロイドはそれを聞いて頷いた。
「カツレツはひれ肉を使っているんだ。だが、それだと淡白だから中にチーズを入れてコクを出してあるんだよ。」
ロイドに言われたベアーは『なるほど』と思った。
ヒレ肉はロースに比べやわらかいが脂肪分が少なくあっさりしている、それを補うためにチーズを挟むというテクニックを行使していたのだ。
一方、ルナは新じゃがに手を付けていた。バルサミコ酢で風味づけされたジャガイモはコクのある上品な酸味をまとっていた。
「美味しい、このお芋!!」
「素揚げしてから味付けするとよくなじむんだ、バルサミコ酢のうまみと合うんだよ。」
ロイドは二人がモクモクと食べる姿を眺めた。
「さあ、サラダも食べなさい。」
ルッコラとトマトのサラダはオリーブオイルがかかっただけだが、他の2品が強い味付けのため、口をニュートラルにするには抜群の効果があった。
ロイドはワシワシ食べる二人に話しかけた。
「メインと副菜のバランスを取るのはサラダが一番いい。味の強い料理もサラダの清涼感で飽きずに食べられるからね。」
ロイドは続けた、
「料理は人間関係と似ているんだ。メインの仕事をする者、サブの仕事をする者、そしてメインとサブをつなぐ者、どれが欠けても物事はうまくいかない。」
ロイドは淡々と話したが、そこには貿易商としての経験が垣間見える。
「じゃあ、サラダはメインと副菜をつなぐ役になるんですか?」
ルナがカツレツを頬張りながら尋ねた。
「そうだよ、メインと副菜だけだと味が混じって喧嘩してしまうんだ。だからサラダで調整するんだよ」
ベアーは聞いていて『目からうろこ』といった表情を見せた。
今まではサラダには興味がなく、付け合せや、彩程度だと思っていたが料理と料理をつなぐ橋渡しになっているとは考えもしなかった。
『サラダって、使えるヤツなんだな……』
ベアーはサラダが見えないバランサーになっていることに気付かされた。
*
食事が終わるとベアーはルナを『ロゼッタ』に送っていくことになった。その道すがら二人は取り留めもない会話を交わした。
「ねぇ、貿易商の仕事って何やってんの?」
「今は倉庫業務だね」
ベアーはクレーンを使った荷物の運搬やその搬送について話した。
「ふ~ん、地味だね……」
「仕事って、みんな地味だよ」
「そうだよね、チーズづくりも地味だしね……」
ルナはベアーの発言に同意した。
「公用語ができないと事務作業もできないし、しばらくは荷物とのにらめっこが続くね」
「そうなんだ」
「ところで、おばあさんは元気なの?」
ベアーはバーリック牧場の老婆のことを尋ねた。
「全然、元気よ。チーズの品評会に出かけて行ったわ。」
ベアーは矍鑠とした老婆の姿を思い浮かべた。
「あの人、絶対、長生きするだろうね……」
「殺しても死なないタイプだと思うわ」
ルナがそう言うとベアーは笑った。
そんな時である、二人の前を若禿の治安維持官、カルロスが横切った。かなり急いでいるようで二人には目もくれず足早に高級住宅街の方に走って行った。明らかに普通の様子ではなかった。
『何かあったのかな……ひょっとして……偽造小切手の件かな』
ベアーが怪訝な表情を浮かべるとルナは『ジロリ』とベアーの顔を覗き込んだ。
「何かあったんでしょ!」
ベアーはドキリとした。
「ちょっと、話しなさいよ、レモンケーキ買ってきてあげたでしょ!!」
抜群のタイミングで攻め立てるルナにベアーはタジタジになった。
『まあ、ルナなら信用してもいいか……』
ベアーは口止めすることを前提にルナに概要を話した。
*
「そんなことあったの?」
「ヒックリでしょ……」
さすがにルナも驚きを隠さなかった。
「偽造の小切手なんて、出回ったらヤバイんじゃないの」
ベアーは素直に頷いた。
「決算の忙しい時期に偽の小切手が出回ったらダリスの経済は大混乱だよ」
ベアーは殊勝な顔つきで答えた。
「都から捜査官が派遣されてるなら、そうとうやばい事件になるわよね」
ルナがそう言うとベアーは思い出したようにスターリングのことを話しだした。
「実は、その捜査官なんだけど……すごい優秀な人なんだ。山岳警備隊から広域捜査官に抜擢されたエリートなんだよ」
ルナはベアーの顔つきが変わったことを見逃さなかった。
「それにすごく美人で、ものすごくスタイルが良くて……萌葱色のレザースーツ着てるんだけど、お尻の所がさぁ……」
ベアーが話を続けようとした時であった、臀部に鋭い痛みが走った。ルナが先のとがった靴でベアーのケツを蹴り上げたのである。
「何すんだよ!!」
ベアーが声を上がるとルナがシレッとした表情で答えた。
「なんか、むかついた!!!」
「何だよ、それ?」
「鼻の下、延ばしちゃてさ……」
「別に捜査官が美人だって言っただけだろ!」
「お尻がなんとかって言ってたでしょ!!」
ルナはムスッとした。
その後、二人は微妙な雰囲気に陥った。しばらくそのまま歩いていると『ロゼッタ』の看板が見えた。
ルナはベアーに向き直った。
「じゃあ、またね!!」
つっけんどんにそう言うとルナはかつてベアーが使っていた離れの小屋に帰って行った。
「何で蹴ったんだ……あいつ……」
ベアーは臀部をおさえて来た道を戻った。




