第十一話
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久々の休日にベアーはかねてから思っていた僧侶の史跡を訪ねることにした。ポルカから西に3時間ほど歩いたところにある小さな寺院である。ベアーは街道から離れた山道を一人で行くのもさびしいと思い『相棒』を連れて行くことにした。
シェルターにベアーが訪れると『待っていた』とばかりにロバがいなないた。
「久々に出かけるか」
ベアーがそう言うとロバは『早くしろ!』と言わんばかりの表情を見せた。ベアーは管理人にロバを連れて出かける旨を伝えると、その足で寺院めざして出発した。
*
朗らかな日和で小高い丘を登っていくのは気持ちが良かった。途中休憩するために切株に座るとロバに背負わせた荷袋から水筒を取り出した。ベアーは砂糖が多めに入った紅茶を飲みながらロバに話しかけた。
「じつはさ、この前、偽の小切手をつかまされたんだ……」
ロバはベアーをチラ見した後、草を食みだした。
「それで、その小切手のことで事情聴取を受けたんだけど……なんとその時に現れたのが山岳警備隊の女性だったんだ。」
ベアーがスターリングについて話すとロバは草を食むのをやめた。
「あい変わらず、綺麗でさ……レザーのパンツスーツだったんだけど、腰回りがキュッとして、それから……」
ベアーは視線を感じ、そちらを見た。そこには鼻息を荒くしたロバが映っていた。
「お前にはジャスミンがいるだろ!」
ベアーがそう言うとロバは『ジャスミンは別腹です』という表情を見せた。
「お前な……」
ベアーは腹が立ったので話を切り替えた。
「そろそろ決算だからそれに合わせて偽の小切手が出回りそうなんだって……出回ったらダリスの経済が大混乱するらしい……」
ロバは神妙な顔を見せた。
「まあ、俺にはどうにもなんないんだけどね」
ベアーは淡々と話を続けた。
「それからカルロスさん、若禿の治安維持官なんだけど、あの人、前髪を伸ばしてたんだよね……」
ロバは微妙な表情を浮かべた。
「全然……似合ってないんだ…」
ベアーがそう言うとロバは歯茎を出して『ニカッ』とした。
「お前……今、笑ったよね……俺の言葉、わかってるよね……」
ベアーがそう言うとロバは真顔に戻り、何事もなかったかのように歩き出した。
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一休みした後、ベアーは少し険しくなった道を30分ほど歩いた。
「あれか!」
ベアーの眼に古びた寺院が入った。小さな寺院だが趣のある雰囲気で山の風景とも調和している。目的地が視界に入りテンションが上がったベアーは速足で寺院に向かった。
「思ったよりもきれいになってるな……手入れがされてる」
ベアーはかつて朽ちてしまった僧侶の学校を見ていたため、さほどの期待はしていなかった。だが目の前にある石煉瓦の建物は風格があり350年という月日を感じさせる重厚さがあった。
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ベアーが若干興奮した面持ちで正門から中に入ろうとした時であった、
「ちょっと君!」
ベアーが振り替えると法衣を着た痩せた老人がいた。
「困るね!」
「えっ?」
「入場料!」
「あっ、お金取るんですか?」
「当たり前だよ!!」
痩せた老人は両手の指を使って金額を示した。
『高いな……』
ベアーはその料金に不愉快な表情を浮かべたが痩せた老人はそれに構わず『速く払え』と催促した。
結局、ベアーは7ギルダーを支払った。
法衣を着た老人は金をもらうや否や別人のように優しくなった。
「質問があれば案内しますからね」
そう言うと正門の前ベンチに座りお茶を飲みだした。
『何か嫌な感じだな……』
ベアーはそう思いつつ中に入った。
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中は実家の礼拝堂と酷似していた。
『同じ造りだな、ほとんど』
石畳の床に巡礼者のためのイスが置かれその奥に祭壇が安置されていた。ベアーは周りを見回したが特に変わったことはなかった。
『何だ、これだけか……7ギルダーの価値あんのかな……』
ベアーがそう思った時であった、
『あれ、階段がある。』
ベアーは地下に続く階段を見つけた。
『よし、降りてみよう』
ベアーは古めかしい石畳の階段を下りていった。
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壁面にロウソクが据え付けられていたため足元は明るかった。ベアーが明かりを頼りに下りていくと、一本の通路があるだけで石壁しかなかった。
『何だ、この台座……』
ベアーはそう思い石壁に目をやった。
なんと壁には、壁画が描かれていた。
『あっ、これ……7勇者だ』
そこには300年前、魔人と戦った7人の勇者の姿が描かれていた。ベアーはロウソクの明かりを頼りに7人の壁画を左から順に見て廻った。
1人目はダリスの帝、メローナ5世。ひげを蓄えた精悍な顔していた。スラリした体形で退魔の剣を腰に下げている。銀の鎧に身を包み、右手に兜を持っていた。
2人目は亜人の王、ダンバ。人と獣人のハーフで亜人の祖と言われている男である。背は高くないが筋骨たくましく左手に槍を持ち、特殊な合金で編まれた帷子をまとっていた。
3人目はエルフの姫、ユリーナ。風の魔法に長けた女性で絹のように繊細な金髪と大きく意志の強そうな眼をしていた。薄緑のローブに身を包み、右手に錫杖を持っている。
4人目は魔女、ジーナ。紫色のローブに身を包んでいてその姿は良くわからない。フードの奥から白い肌が覗いているがその顔はうかがい知れなかった。右手に魔道書と思しきものを持っている。
5人目は鍛冶屋、マック。いかにも職人という顔つきの老人で髪を短髪に刈り込み、鋭い眼光で虚空を睨み付けていた。右手に金槌、左手に火箸(熱した金属をつかむ箸)を持っている。
6人目は僧侶、ライドル。温和な顔をした小太りの男で緋色のマントに身を包んでいた。手には小さな杖のようなものを持ち、その脇には動物が控えていた。残念なことにその部分は壁画が崩れ、何の動物かはわからなかった。
7人目は賢者、サルバン。長い白髪とひげを蓄え、天を見上げる目は虚無に覆われていた。灰色のローブに身を包み左手に杖を持っていた。後ろに二人の弟子が控えていた。
『すごいな、この壁画。まるで生きてるみたいだ。』
上手いとは言えないが生き生きとした生命感にあふれた描写はベアーの心を揺り動かした。
そんな時である、先ほどの老人が現れた。
「この壁画は150年前に描かれたものですが、大変立派なものでして……」
ベアーは話が長くなると思い、矛先をそらして先に質問した。
「あの、壁画の前にある台座の上に羊皮紙の冊子がありますが……」
「あれは勇者の功績を記録したものです。文体が現在とは違うので読める人間は少ないのですが」
「えっ、読めないんですか?」
老人の顔が黒光りした。
「一人につき3ギルダーでいかがですか?」
『えっ……金かよ……』
どうやら羊皮紙の内容を知るためには別途料金が必要なようだ。
ベアーは渋った。
「わかりました、今日は7人合わせて10ギルダーにいたしましょう!!」
内容に興味があったベアーは渋々、払うことにした。
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老人の話は意外に面白く、ベアーは聞きいった。
「このエルフの姫は容姿端麗で、男の勇者たちを魅了したそうです。それに魔女が嫉妬して一触即発まで言ったことがあると記されている。」
「そうなんですか?」
「はい、それも胸の大きさがその発端になったとか」
ベアーは口をあんぐりと開けた。
「貧乳と巨乳の戦いです」
余りにふざけた話であったが羊皮紙には実際そう書かれていた。
「勇者の裏話とは意外に人間臭いものなんです。」
「あのライドルの話もしてほしいんですけど」
ベアーが興味津々にそう言うと老人は残念そうな顔をした。
「実は僧侶ライドルと賢者サルバンに関しては……記録がないのです」
「えっ……?」
「実は100年以上前に資料が焼けまして……」
まさかの展開にベアーは真顔になった。
「何もわかんないんですか?」
「ええ、魔人との戦いでも何をやっていたか定かでないんです。」
ライドルの血をひくベアーとしては如何ともし難い内容に沈黙せざるを得なかった。
「ライドルもサルバンも大きな役目を果たしたことは間違いないのですが……資料が失われてしまい……具体的なことはわからないんです。」
老人の申し訳なさそうに言った。
「あの、ライドルの壁画に動物が描かれてるんですけど?」
「あれば駿馬と言われております。」
「駿馬?」
「はい、ダリス随一の速馬です。残念なことに壁は崩れておりますが……」
「そうなんですか」
ベアーはご先祖が馬に乗っていることを想像してみた。
『小太りが馬に乗るのか……』
微妙な映像が脳裏に浮かんだ。
『まあ、しょうがないよな、きっとストレスで太ったんだろ……』
ベアーは自分を納得させる内容を無理やりこじつけた。
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壁画を見たベアーは寺院を出た後、街道筋にある洋菓子店に寄った。シェルターの子供たちに差し入れするためである。クッキーの詰め合わせを購入したベアーはロバを連れてシェルターに向かった。




