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第七話

 月末は忙しく、仕入れた商品の支払いや、売掛金(掛けで売った品の代金)の回収でウィルソンと二人の事務員は忙殺されていた。3人は帳簿を見たり伝票を起こしたりと事務作業に追われている。


「あの、荷物の検品おわったんですけど」


ベアーが事務所でウィルソンに言うと亜人の女性事務員が『ちょうどいいタイミングで来た』といった表情を見せた。


「ウィルソンさん、ベアー君に頼んでもいいかしら。」


40を過ぎた亜人の女、ジュリアがウィルソンに尋ねるとウィルソンンは頷いた。


「じゃあ、ベアー君ちょっとお願いがあるんだけど」


そう言うとジュリアは地図を出した。


「ここに金物屋さんがあるんだけど、そこで小切手を回収してきてほしいの、それで、その小切手を持って両替商に行って欲しいのよ。」


ジュリアはそう言うとベアーに地図に見せた。


「15時までに小切手を両替商に持っていかないと入金できないから急いでね」


                              *


 ジュリアに小切手の回収を頼まれたベアーはさっそく地図を持って倉庫を出た。外は曇り空だが空気が乾いていて気持ちが良い。ベアーは明るい気分で倉庫街を抜けて金物屋に向かった。


『やっぱり月末って忙しいんだな……』


ベアーは街に出て周りの様子を見たが、働く人々の姿はせわしなく月末独特の雰囲気が漂っていた。


                              *


 街の空気に押されたベアーは足早に街道筋を進んだ。40分ほど歩くと金物屋が視界に入ってきた。


『あれか……よし』


ベアーは決済に関わる業務は経験したことがなかったので気合を入れていこうとおもった。


「すみません、フォーレ商会のものですが。小切手の回収に参りました。」


ベアーは店に入ると大声を張り上げた。


そうすると奥から店主が出てきた。痩せた男で黒縁眼鏡をかけている。


「あれ、今日はジュリアさんじゃないんだね?」


「ジュリアさんは忙しいんで代わりに僕が来ました。」


「そうなんだ」


黒縁メガネの男は年齢のはかりづらい容姿で若いのか老けているのかわからなかった。


「ちょっと待っててね」


男はそう言うと小切手を持ってきて裏にサインをした。


「あの、これ違う会社の小切手なんですけど」


小切手の振出人の場所には金物屋と違う会社の名前が入っていた。


「そうだよ、裏書すればうちが担保する形になるから違う会社が振り出しても問題ないんだよ」


「そうなんですか?」


いわゆる『裏書譲渡』の事だが初めての経験にベアーは驚きを隠さなかった。


「小切手や手形は裏書できるんだよ」


そう言うと黒縁メガネはベアーに小切手を渡した。


「じゃあ、ジュリアさんによろしくね」


 ベアーは小切手を受け取ると店を出た。両替商に行く途中、ベアーは小切手を眺めたが『裏書』という概念を知らなかったために不安になった。


『本当に大丈夫なのか……』


 一瞬、騙されているのではないかとおもったが、はじめての経験でナーバスになっているのだろうと自分に言い聞かせた。


                             *


 ベアーは急ぎ足で街に戻ると両替商に入った。受付に行くと時計は14時を指していた。ベアーはすぐに手続きを取った。


「フォーレ商会の口座に小切手を入金して欲しいんですけど」


「じゃあ、順番を待ってくれるかい。」


そう言うと受付の男はベアーに数字の書いた木札を渡した。


「番号が呼ばれるまで待合室で待ってて」


「どのくらいかかるんですか?」


「月末だから40分はかかるね」



 ベアーが言われた通り待っていると自分の番号を呼ばれた。先ほどとは違う両替商の職員がベアーの小切手を見た。


「じゃあ、預かり証を出しますんで」


 若い女性職員が言った時であった、奥にいた青い制服の男が女性職員の所に怪訝な表情を見せてやって来た。


「ちょっと、待っててもらえますか」


 制服の男はベアーにそう言うと懐からルーペのようなものを取り出した。5分ほど小切手を観察すると男はベアーに別室に来るように言った。


ベアーは何のことかわからなかったが素直に従った。


                                *


「ちょっとお尋ねしますけど、あなたはどちら様ですか?」


制服の男はベアーに軽やかな声で語りかけた。


「僕はフォーレ商会の見習いでベアリスク、ライドルと言います。」


「身分を証明できるものはありますか?」


ベアーはフォーレ商会で渡された見習い証明書を見せた。


「ここで待っててもらえますか」


男はそう言うと部屋を出た。


ベアーはその時、何か変なものを感じた。


『おかしいぞ、預かり証の発行なんて、こんなに手間取ることじゃないはずだ……まさか、あの小切手……』


いくら見習いとはいえ状況が普通でないことはなんとなくわかる、ベアーのなかで不信感が芽生えた。


『ひょっとしてあの小切手……不渡りなのか』


『不渡り』とは小切手が現金化できない状態のことを差すがベアーはそれではないかと勘繰った。


                                 *


ベアーが個室で待たされて50分ほどたつと制服の男が戻ってきた。


「確認が取れました、もう帰って結構です。」


余りに事務的な対応にベアーは腹が立った。


「こんなに待たせて、一体、何なんですか!」


そう言った時である、部屋の中にウィルソンが入ってきた。その顔は尋常ではない、明らかに異常事態が発生したことを示している。


「ベアー、ちょっと来い!!」


ウィルソンはそう言うとベアーの腕をつかんで部屋を出た。


「どうしたんですか、ウィルソンさん、あの両替商、おかしいですよ!!」


ベアーがそう言うとウィルソンはベアーの口に手を当てた。


「いいから、だまってろ、後で教えるから!」


そう言うとウイルソンはさっきの制服の男に恭しく頭を下げた。


                                *


 二人は両替商を出るとその足で近くの茶屋の中に入った。茶屋の中はランチが終わった後でガランとしている、どうやらウィルソンは人払いも兼ねてそうした店を選んだようだ。


「好きなものを頼んでいいぞ!」


 ウィルソンはメニューをベアーに渡した。ベアーは腹が減っていたのでとりあえずチキンバスケット頼んだ。


「ベアー、お前が回収したあの小切手なんだけど」


「あれがどうかしたんですか?」


「あれ偽造品なんだ」


ベアーは飲んでいた水を鼻から吹きだした。


「精巧な造りだが……どうやらお前はそれをつかまされたらしい。」


ベアーは目が点になっていた。


「実は俺も初めての経験でな……驚いているんだ」


ウィルソンはそう言うと両替商とのやり取りを話し出した。


                          *


「じゃあ、あの金物屋が偽物を掴ませたんですか?」


「いや、そうとは言い切れない。金物屋は『裏書』してるだろ。だから小切手が本物だと思っていた場合は『シロ』だ。」


ベアーは混乱した。


「職員が言うにはかなり精巧なつくりの小切手らしい。金物屋が最初からあの小切手が偽物だと気付く可能性はないだろうって……」


ベアーは下を向いた、その表情は曇っている。


「あの小切手を振り出した会社は実在するが、お前が持ち込んだ小切手は切ってないそうだ。」


「どういうことですか?」


「完璧な偽物だよ。」


ウィルソンは『お手上げ』と言った顔を見せた。


「指紋認証はどうなんですか?」


「完璧な偽造で見抜くのは無理だって」


ベアーは開いた口がふさがらない状態に陥った。


「紛い物の小切手をつかまされた金物屋がそれをうちに渡してお前が両替商に持っていったってことになる。」


 そんな話をしているとチキンバスケットが運ばれてきた。揚げたての手羽先に複数の香辛料が振りかけられている。食欲を掻き立てる香りにベアーは喉を鳴らした。


「とりあえず食おう」


そう言うとウィルソンとベアーは手羽先にかぶりついた。


「これ、うまいな……」


 下味はシンプルな塩味だが口に運ぶとパプリカやハーブの風味がひろがった。ベアーは複雑な味の中に深みがあることに気づいた。


「骨のところが美味いんだよ、手羽先は」


 ウィルソンはそう言うと骨周りの肉にしゃぶりついた。その姿はなかなかユーモラスでベアーは沈んでいた気分が少し軽くなった。


ベアーは気になっていたことをウィルソンに尋ねた。


「あの制服の両替商は一体、何なんですか?」


「制服の職員は両替商じゃないんだ」


「えっ?」


「都から派遣された税務関係の人間らしい。」


「何ですか、それ?」


「中央のエリートだよ、俺たちには身分違いの人だ。」


ウィルソンは重要なことを思い出したように付け足した。


「そうそう、偽造の小切手のことはロイドさん以外には秘密だぞ!」


「どうしてですか?」


「さっきのエリートに口止めされている。」


そう言うとウィルソンはハーブティーに手を伸ばした。


「税務当局の連中に逆らうと検疫で嫌がらせされるからな、黙っていたほうがいい。」


ベアーは納得がいかなかったが、とりあえず従おうと思った。


「世の中は時々、おかしなことが起きるんだが、今回のことは想定外だな」


ウィルソンがポツリとそう漏らすと、ベアーは自分が巻き込まれた案件がとてつもない事件ではないかとふと思った。


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