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第三話

 ベアーがクレーンを操作して貨物を積みあげているとウィルソンが声をかけた。


「午後から出かけるぞ、時間がないから昼飯は適当に済ましておけ。」


ベアーはそう言われると操作を止めて聞き返した。


「どこに行くんですか?」


「リンバ村だ、トマトの瓶詰を取りに行く。」


「わかりました。」


「用意ができ次第すぐに行くからな」


ウィルソンはそう言うと倉庫を出た。



 ベアーは荷物を積み上げ終ると外に出て行商から弁当を買った。大してうまくない弁当だが量が多く食べ盛りのベアーにとってはたすかっている。


「こっちだ、ベアーでかけるぞ」


ウィルソンであった、一頭立ての荷車に乗ってやって来た。


「弁当は乗ってから食え、急がないと夕方にまで帰れなくなる」


 街道はかがり火や街灯がない、暗くなると全く視界がきかなくなる。当然、馬車の運転は危険になる、それを恐れたウィルソンはベアーを急かした。


「急ぐんですか?」


「ああ、新しい取引先が見つかりそうなんだ。」


フォーレ商会は火事で重要な取引先を失ったため新規の取引先を見つけることが重要な課題になっていた。ウィルソンは取引先を開拓するべく熱いまなざしを見せた。


「明日の一番でトマトの瓶詰を発送できれば、この先付き合えるかもしれん!」


ウィルソンの目は商魂のたくましい商人のそれになっていた。


                          *


 リンバ村はポルカから2時間ほど北上したところにある。亜人と人間が農業をしながら生計をたてている小さな村だ。特にこれといった産業も産物もないところで一見すると素通りしてしまうほどだ。


「リンバ村にトマトなんてあるんですか?」


「ああ、あそこの亜人の爺さんが造るトマトは知る人ぞ知るものなんだ。」


「そんなトマトがあるなんてよくわかりましたね」


「こういう商売していると鼻が利くようになってくるんだよ」


 ウィルソンの顔には貿易商としての経験がにじみ出ていた。そこには抜け目のない商売人の鋭い眼光があった。


「それほど多くは作ってないが直接行けば売ってくれるはずだ。」


ウィルソンはそう言うと馬に鞭を入れた。


                                *


 天気も良く鼻歌でも歌いたくなる陽気だが街道を行きかう人々は足早に歩みを進めていた。この時間帯は商売人や輸送馬車が通行の中心となるため、急ぐ者のほうが多く、街道は殺伐としていた。


そんな時である、ウィルソンが声をかけた。


「あと30分もすればつくだろう、ついたらすぐにトマトの瓶詰を馬車に運ぶ。結構な量があるから忙しいぞ。」


「どれくらいあるんですか?」


「20本は買いたいな。」


 ウィルソンがそう言った時であった。突然、馬が悲鳴のようないななきをあげ、前足を宙に浮かせてばたつかせた。


草むらから急に出てきたキツネに馬が驚いたのだ。


「ドウッ、ドウッ!!!」


 ウィルソンは必死に手綱を持って馬をなだめようとした。人通りの多い街道で暴れ馬になれば大変なことになる。


「ドウッ、大丈夫だ、ドウッ、ドウッ!!』


 ウィルソンが何度か声をかけると幸運にも馬はおとなしくなった。だが手綱を持っていたウィルソンは左手をおさえていた。


「痛ててっ……」


ベアーはそれを見てウィルソンに声をかけた


「ちょっと見せてもらえますか?」


ベアーがそう言うとウィルソンは怪訝な表情を浮かべて左手を見せた。


「曲げられますか?」


「駄目だ、折れてはいないが筋を痛めたようだ……これじゃ、手綱が握れん…」


「そのままでいてください」


ベアーはそう言うと回復魔法(初級)を唱えた。


                               *


ほのかな温かさがウィルソンの手首を包みこむ。


「これで終わりです」


ウィルソンは左手を動かしてみた。


「ああ、動かせる……まだ痛みはあるが……」


「筋を痛めたぐらいなら何とかなります。」


言われたウィルソンは再び手綱を握ってみた。


「おお、何とかなるぞ、これなら。」


ウィルソンはそう言うとベアーの顔を見た。


「お前、魔法が使えるのか?」


「ええ、これだけですけど」


ウィルソンは驚いた顔をした。


「うちのばあさんの世代は魔法で治療するのがあたりまえだったんだけど、いまでもあるんだな……もう使い手がいないって聞いてたけど。」


ウィルソンは感心した様子で話した。


「ところで、僧侶じゃないのに魔法を使っても大丈夫なのか? あとから文句を言われたりとか……」


「この程度なら大丈夫ですよ。高度な魔法や、蘇生の魔法は許されてませんけど。」


「そうなのか?」


「ええ、ただお布施をとった場合は別ですけどね」


「お布施を取ったら、どうなるんだ?」


「教会か寺院に全額寄付です。」


「マジか?」


ウィルソンは驚いた顔をした。


 僧侶の世界ではその職を辞した後でも人助けのために魔法を行使することは暗黙の了解となっていた。特別な魔法の行使はべつだが回復魔法(初級)であればお咎めがあることはない。ただそこから生じるお布施に関しては厳しい、対価を得た場合は全額没収となる。


「なかなか厳しいな」


「お金に関してはシビアです」


そんな話をしていると二人の視界にリンバ村が現れた。


                                *


ウィルソンは馬車を村はずれの家の前に停めた。


「すいません、トマトの瓶詰を買いたいんですけど」


ウィルソンが声をかけると五十がらみの女が戸をあけて出てきた。


「あっどうも、トマトの瓶詰なんですけど」


女はウィルソンとベアーを値踏みするような目で見た。


「それなら裏の納屋の方に行っておくれ」


 そう言うと女は扉をバタンと閉めた。招かれざる客のような応対で二人は面食らったが、言われた通り離れの納屋の方に向かった。


                                *


納屋の中では20代の亜人の農夫がトマトの瓶詰の整理をしていた。


「あれ、爺さんは?」


ウィルソンが聞くと亜人の男は首を横に振った。


「もういねぇよ……」


「亡くなったのか……」


「そうだよ、あんた、爺ちゃんのことしってるのか?」


亜人の青年はぶっきらぼうに答えた。


「ああ、何度か取引させてもらった。トマトの質がいいって客からの評判も高くてね」


ウィルソンが懐かしげにそう言うと亜人の男は少し微笑んだ。


「いくつ欲しいんだ?」


「瓶で20本ほど」


「それはちょっと無理だな」


亜人の青年はそう言った。だが棚には50本以上の瓶詰が並んでいる。


「誰かほかに買い手がいるのかい?」


ウィルソンがそう言うと青年は何とも言えない顔を見せた。


「そういうわけじゃ……」


亜人の青年はおもむろに棚から瓶を二本持ってきた。


「爺さんの知り合いだから言うけど……」


青年はそう言うと瓶の裏を見せた。


「あっ、上げ底になってる……」


ベアーは思わず声を上げた。


「そう言うこと、新しいやつは全部こうなってんだ」


亜人の農夫は淡々と話した。


「なるほど……」


瓶を見たウィルソンは納得した表情を見せた。


「昔の在庫はどれだけあるんだい?」


「10本だね」


「わかったじゃあ、10本もらうよ」


交渉成立であった。


                               *


 ウィルソンは現金で支払いを済ますと一つ10kgほどあるトマトの瓶詰をベアーに運ぶように言った。ベアーが瓶詰を運ぶとウィルソンは荷車に置いてあった帆布を器用に畳み、それを瓶と瓶の間に挟むようしておいた。運送時の衝撃を和らげるためである。


「よし、これでいいな、じゃあ、帰るぞベアー」


こうして二人は瓶詰を調達すると帰路についた。


「亜人の人、正直な人でしたね」


ベアーは上げ底になっている瓶の事を教えてくれた青年に好感を持っていた。


「ああ、爺さんの頃から付き合いがあるからおしえてくれたんだろうな……」


だがウィルソンは渋い表情を見せていた。


「どうかしたんですか?」


「だが、次からの取引は微妙だな……」


ベアーは怪訝な表情を浮かべた。


「あの上げ底になった瓶、あれだと10%くらい量を減らしているだろう。いくらトマトの質が良くても実質的に値上げしているのと変わらないんだ。」


10%という数字はビジネスにおいてかなりの大きな意味を持つ、特に量を捌く場合にはその差が顕著に出る。


「10本買って、9本分の量しかないとなると、市場では厳しい評価を受けるだろうな。それに今年のトマトは例年よりも値段が下がってる。」


 貿易商として商品の値段に聡いウィルソンは需要と供給を考慮して瓶詰の価格が適正ではないと判断していた。


「うちの買ったやつは問題ないけど……上げ底の商品は今年にかぎっては扱えないな」


 モノの値段というのは商売をするうえで一番頭を悩ます部分である。ウィルソンの渋い表情はそれを示していた。


「でもどうして、上げ底の瓶に変えたんですかね?」


「さあ、何とも言えんが……爺さんが死んだからだろうな。経営者が変わると方針は一変に変わるからな。」


ベアーは母屋の戸から出てきた女の顔を思い返した。


「あの人、がめつそうでしたよね……」


ベアーが恐る恐るウィルソンに聞いた。


「いい勘にしてんじゃねぇか!」


ウィルソンもベアーの読みに同意していた。




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