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第五十八話

前回の続きです。

                              *


 馬車から現れたのはベアーとルナであった、二人は馬車からスタリと降りるとジョージの正面に仁王立ちした。



「この場所を近衛隊の隊員が教えてくれました」



ベアーが言うとルナが続いた、



「深刻な顔をしてるって」



ジョージはうつむいた、



「…そうか…」



ジョージがつぶやくとベアーとルナは行く手を阻んだ。



「もう終わりなんだ、社会に指を刺されて生きていくのは無理だ。イカサマをした技術者など誰も見向きはしない。まして不当に得た利益で貴族を買収していたなんて…そんな人間を誰が助けるものか」


ジョージは思いのたけを吐き出した、



「研究で困窮した私はムラキの誘いに乗ってしまった…その甘さがこの結果を招いたんだよ」



ジョージは声を震わせた、自分に対する自己嫌悪が滲んでいる。



「結局のところ私もムラキにあおられてその気になったんだよ、貴族の称号を得られると内心、舞い上がっていた──とんだうつけ者だ」



ジョージは人生の行き着いた結論を述べた、



「すべては身から出た錆なんだ」



ジョージが素朴な物言いで述べるとベアーがそれに切り返した、



「そうですね、あなたの選択が今の状況を生み出した。それは否めぬ事実です──でも、錆は磨けば取れるんじゃないですか?」



ベアーは平然と続けた、



「過ちを犯すのは人の常です。ですがそれに気づけばどこが錆ているか目に見えるはずです」



ベアーは祖父の述べた言葉をかけた。



「過ちを犯した人間の至る境地──その行き着いた先にあるのは地獄か極楽か、それは当人にしかわからない。」



ベアーはさらに述べる、僧侶らしき口ぶりで──



「死ぬことは簡単です、いつでもできることだ」



ベアーはつづけた、



「蒸気機関のデモがイカサマであったとしても、あなたが作り上げた蒸気機関はすべてがインチキだったわけではないでしょう?」



ルナが口添えする、



「そうだよ、一生懸命頑張ったんでしょ、今度はちゃんとしたのを造ればいいだけじゃん!」



ジョージは首を横に振った、


「賠償金を取られれば何も残らない。個人の債務も負わされる。借金もくれになれば動きも取れん……お先は真っ暗だ」


 ジョージがほとほと参った表情を見せる。徒労と心労、そして絶望感があふれている。死を決意した人間の背中にまとう負のオーラは甚だまがまがしい。



 さしものベアーも言葉を失う……そんな時であった、馬車の中から一人の老人が下りてきた──ロイドである。ロイドはジョージの前に立った。


「ジョージ、ベアーたちの言うとおりだ、」


ロイドはそう言うとジョージの前に立った。


「金で死ぬ必要はない、デモがイカサマだったのは事実だが、お前の作った蒸気機関が事故を起こしたわけではない」


ロイドは切り口を変えた、


「君のおかげで監禁された我々は命を救われたんだ。その点は胸を張ってもいいんじゃないか?」


そういうや否やであるロイドはいきなりジョージの頬をはたいた、



「気合を入れろ、ジョージ!」



ロイドの表情は猛々しい、



「高々、金の話だろ──けじめをつければいいだけだ!」



ロイドは再びジョージの頬を張った、



「メンツにこだわるほどお前はえらいのか、指を刺されるぐらいがなんだ。生き恥をさらしたところでお前の人生は路傍の石と変わらんだろ!」



ロイドはジョージをなじった、



「だが、お前はまだ生きている。」



ジョージは小刻みに肩を震わせた、



「汚名は返上するものだ」



ロイドはジョージの肩をたたいた、



「まともな蒸気機関を作り上げてみろ、何年かかってもな」



言われたジョージは顔を上げた、



「うちで働け」



 静かに言ったロイドはあとは何も言わなかった、しばしジョージににらみをきかせると、ゆるりと踵を返して馬車へと戻っていった。



 ロイドが去るとジョージは膝を折って両手で顔を覆った、感情が堰を切ったかのようにしてあふれてくる。今までのことがビジョンとして脳内を駆け巡った


手の平から嗚咽が零れ落ちる──50を過ぎた技術者の男泣きである、


                                *


御者であるウィルソンが戻ってきたロイドに声をかけた、


「いや、大将やりますね~」


ウィルソンは貿易商らしい見解を見せた、


「あそこまで作り上げた蒸気機関をみすみすお釈迦にするのももったいないですからね。ジョージをリクルートしてうちの人間すれば、その技術をケセラセラで管理できる。将来的にはうちが蒸気機関を扱うことができる」


ウィルソンは商売人としての妥当な見識を見せる、



「うまくやれば大儲けですよ、海の覇権だって取れるでしょ!」



ウィルソンはそうは言ったがその眼から熱いものがこぼれていた、



「大将、最高の取引です」



 明らかにウィルソンも感銘を受けていた、無残なジョージの崩れ落ちた姿は敗北者の境地が垣間見えていた。だがその背中にはかすかな光が当たっているではないか。



「こんな結末、だれが想像するもんですか!」



 ロイドはおいおいと声をあげて泣くウィルソンをよそにベアーたちに目を向けた、二人がジョージに肩を貸している姿が映る。


この度の事案に対する感慨が押し寄せた、



「……僧侶と小さな魔女か……」



 ロイドはジョージズトランスポーテーションの社屋にカチコミをかけたものの、そのまま拉致され九死に一生の状況下に追いやられた。


 ロイドたちが拉致されたミル工場の廃屋ではムラキの策略がさく裂し、監禁されたロイドたちは船会社ケセラセラを買収されるどころか、その命さえも失いかけたのである。


だが、事案はそれでは終わらなかった──突如として一陣の風が吹いたのである。


 小さな魔女がレイドル侯爵の執事とともに現れると、金貨強奪事件でクビになった近衛隊の4人を使って旋風をまき起こしたのだ。九死に一生の状況を回転させたのである。



気づいてみれば皆が五体満足で救助されていた。



『ありえぬことだ』



 若かりし頃は軍人として、そして今までの貿易商として様々な事案で修羅場をくぐってきたロイドであったがこれほどの経験はいまだかつてない。



『不思議なことだ』



ロイドの耳にジョージに向かいあった僧侶の少年と小さな魔女の会話が届く、



「おなかすきませんか、パスタのおいしいところがあるんです」


「そう、私が働いているところ、魚介のパスタがおいしいのよ!」


二人に対してジョージが答えた、


「腹は減っているが持ち合わせがない」


ジョージが答えると魔女が即答した、



「支払いはケセラセラに回すから。つけにしておけば大丈夫!」



 ちゃっかりした会計知識にロイドは苦笑いを見せたが、小さな魔女がウインクを見せるとその顔はほころんだ。


 そんな時である、ベアーたちのもとにあいつがやってきた。あいつはすっとケツを向けるとジョージに乗るように顎をしゃくる。病あけで足元がふらつくジョージを配慮しているようだ。



「お前、主人は乗せないのにな…」



 ベアーが述べるとあいつはシレッとした表情をみせた。どうやら殊勝な行動の裏には何かありそうだ。


「あんた、今のうちに媚を売るつもりなんでしょ、蒸気機関ができた時のことを考えて!」


 ルナが知恵を回すと不細工なあいつは首を横にクイクイと振った、あくまで善意の行動であるらしい…


ベアーは思った、



『嘘だな』



ベアーは直感的にそう判断したが、ロバはジョージを乗せるとすでに歩き出していた。



31

さて、もうひとり、この事案における核となった人物──ムラキは馬車の中で三ノ妃そしてザックことマルス皇子とともにその顔を向かい合わせていた。


「ホテル、ハイアットを火事にして証拠隠滅をもくろむとは──なかなかの暴挙でしたね」


 ムラキはバッハとモーリスが焼け死ぬ現場をその眼にしていた。煙に巻かれて倒れ、断末魔を上げる二人の様相はムラキであっても気の毒に思えた。


だが、その一方で二人が単に焼け死んだことではないことをムラキはわかっていた、


「あの火事は仕組まれたものです。関係者すべてを灰にするつもりだったのですよ」


 ムラキが述べると三ノ妃は黙りこくった、そのこめかみには血管が浮き出ている、恐怖よりも怒りが滲んでいるのだ。



「あの火事を仕組んだのは?」



ムラキは涼しい顔で答えた、



「枢密院のだれかでしょう、最高議長の意を受けているのは間違いありません。我々の金を受けて、その事実が明るみになるのを恐れた人物。容疑者は多数といったところでしょうか。」



ムラキの口ぶりは淡々としている、三ノ妃は歯噛みした、


「三ノ妃様、まだ、終わりではございません。あちらをご覧に」


 ムラキがそう言うと目的地が見えてきた、湖畔にたたずむ建造物が目に入る。それは堅牢な砦のようにも見えるが豪奢で雅な雰囲気もある。建築方式もダリスの貴族が好む方式ではなく独特の組み方で石材が合わさっている。


三ノ妃は門扉にはためく旗を見た、



「トネリアの国旗」



ムラキは平然と言いのけた、



「手は打ってございます」



三ノ妃の表情に赤みがさした、



「亡命か」



 ムラキは足元に置いていた筒を見せた、中には図面が入っている。ことこまかに記された資料はあきらかに蒸気機関に関するものである。さらには実験データとおぼしきものも数多くある。



「これだけあれば十分でしょう」



ムラキが自信をみせる。



「反撃開始です、私はそれほど甘くない」



ムラキはそう言うと不敵に笑った、すでに彼の策略は始まっていたのである。



一方その笑いをそれとなく見ていたのはザックことマルス皇子であった。



『また、よくなことが起こるんだ…』



ザックは少ない知恵を懸命に絞った、



『これは、絶対にダメだ…』



ザックはただただ、うなだれた。母とムラキという男がはなつオーラに気圧されている。



『ベアー、ルナ…ぼくはどうしたらいいんだ…ロバ師匠、助けてください…』



ザックは悪魔が宿った母とその母に微笑みかけるムラキにおおいなる絶望を見出した。







本章はこれにて終わりとなります、読者の皆様、お付き合いくださりありがとうございました。

昨夏、PCが壊れてデータが飛んだときは作者も絶望しましたが、何とか持ちこたえることができました。ひとえに読者の方の一言が支えになったからであります。重ねて謝意をのべたいとおもいます、ありがとうございました。


さて次回ですが…パトリック編か新作(和物ファンタジー)をやろうと思っています。5月ころだと思います。どちらにするかはまだ未定です。


では、皆さま、またね!

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