表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
587/589

第五十六話

正月終了、皆さまいかがでしたか? ちなみに作者は餅とおせちを食いすぎて便秘になっております!

28

さて、その翌々日──バイロンは状況を報告するべくマーベリックのもとを訪れていた。いつものように骨董屋の店主にあいさつすると、カウンターの裏に回って奥にある階段をトントンと勢いよく上った。


 マーベリックはいつもの様子でアールグレイをポットからカップに注いでいた。その様は優雅であり優美である。



「そろそろ来ると思っていた」



マーベリックはそう言うとバイロンに椅子をすすめた。


だが、バイロンはそれに構わず口を開いた。



「ジョージさんが生きてたんだけど!!」



 マーベリックは「ああ、そうだ」と答えた、その物言いは実に淡々としている。一方、バイロンは思わぬ事態が枢密院の議場で起きたことをとうとうと述べた


「一ノ妃さまの質問状をレイドル侯爵が持ってくるのは知ってたけど、近衛隊がジョージさんを連れてくるなんて、聞いてないわよ! 


それに対してマーベリックが答えた、



「切り札は見せないものだ。」



これまた淡々としている、


「何それ、その言い方!」


 バイロンもマーベリックの戦略は薄々わかっていた、一ノ妃の質問状を議場に届ける役回りは理解していたものの、まさかジョージが証人喚問されるとは…


 一方、マーベリックはあえて相手に自分たちの動きを悟られないためにジョージを死んだことにしていたのである。


「広域捜査官の二人に芝居を打ってもらった。ジェンキンスが死んだことで広域捜査官もいろいろと問題が出ている。我々に真実を露見されることよりも取引して何事もなかったかのようにしたいのだろう」


マーベリックはそう言うとその眼を光らせた、


「刺客を再び送られれば、こちらが持たない。あの姉妹のような化け物はこちらも願い下げだ。」


「姉妹?」


バイロンが尋ねるとマーベリックが即答した、



「ライデン姉妹──闇の中から生まれた堕し子だ。」



マーベリックの表情に陰りが生まれる。バイロンはそれを見て空恐ろしいものを感じた。



「病院では偶然にも命拾いしたが、それも僥倖に過ぎない。たまたまが重なり、良い方向へ転んだだけだ」



マーベリックは再び紅茶を口に運ぶと話を戻した、


「いずれにせよ、事案は終息を見た。収まるところに収まったといっていいだろう。広域捜査官との間ではこの件に関して協調関係が生まれている。この先も情報交換は続くだろう」


マーベリックの口調からは明らかな裏取引が見て取れる、


『なるほど、ジェンキンスの悪行を表に出さない代わりにジョージさんを死んだ扱いにしてもらったのか…ジェンキンスは死んでるし真相は闇の中に』


鮮やかな工作が見て取れる。


「でもよくそんな策が思い浮かんだわね?」


バイロンが至極当然なことを述べるとマーベリックが答えた、


「策を弄したのは私ではない、侯爵様だ。起こった事象を勘案して最善の策を講じた。広域捜査官の長官と秘密裏に話を進めた結果の結論だそうだ。」


 マーベリックがそう言うとバイロンは唖然とした、包帯の奥に隠されたあやしげな瞳がほのめかしていたのは幾重にも重なる手練手管だったのだ。



『…レイドル侯爵、恐ろしい策士だわ…』



バイロンがそう思った時である、突然、階段を勢いよく上る音がしてドアがノックされた。


                              *


息せき切らしてドアを開けたのは血相を変えたゴンザレスである。その表情は真剣そのものである。


「旦那、大変です!」


ゴンザレスが震えた声をあげる、



「ホテル ハイアットが火事に!」



マーベリックの表情が一変する、すぐさま反応した、



「バッハとモーリスか?」



言われたゴンザレスが驚きを隠さない、



「ええ、そうです……現在、消火活動が行われていますが……スイートにいた連中はすべて黒焦げに──死亡確認はすでに終わっています。二人が死んだのはまちがいありません」



ゴンザレスが述べるとマーベリック切り返した。



「三ノ妃とマルスは?」



ゴンザレスは不可思議な表情をみせた、


「いえ、死んだのは二人だけで……ほかの部屋の連中や階下の客は誰一人死んでいません。」


マーベリックはその眼を細めた、


「余計な犠牲を出さずにターゲットだけを処理したな」


マーベリックは敵の出方にプロフェッショナルのにおいをかぎ取った、



「また、先手を打たれたようだな」



マーベリックの脳裏に浮かんだのはガマガエルである。


「枢密院の審問で手傷を負ったバッハが居直れば審問の委員もただでは済まない。真相を知る人間を間引くのは当然といえば当然だ」


平然と物申すマーベリックに陰りはない。


「侯爵様が新たな審問を求めたことで糾弾を恐れた委員たちが陰で動いたのだろう。灰となれば証拠は残らない…」


マーベリックはバッハとモーリスが死んだことに何の感慨も示さない。


「悪魔の取引をしたものは刃の上を歩くことになる。踏み外せばどうなるか──バッハとモーリスはそれを体現したにすぎない」


マーベリックの見解にたいしてバイロンは沈黙した、述べる言葉がないのである。



「いずれにせよ、確かなことが一つある」



マーベリックの中ですでに結論は出ていた。



「これで真相は闇の中に葬られる」



 闇に潜みし執事の顔は妙に醒めたものであった。執事の先読みが明示したのはヘドロの中に真実が飲まれる様である。最後に残ったのは荒涼たる諦観であった。


 バイロンはその横顔を見てすべてが解決されない現実にほの暗い思いを持った。だが、それと同時に気になる疑問も沸き起こった、一番重要なことである、



「ねぇ、ベアーたちはどうなるの?」



尋ねられたマーベリックは紅茶を一口含んでから答えた、



「バッハとモーリスが死ねばケセラセラ買収の話は立ち消える。彼らにとっては瓢箪から駒といった結果になるだろう。」



 マーベリックの脳裏に廃屋となったミル工場での攻防とライデン姉妹の襲来がよみがえる。少年と小さな魔女がいなければジョージは死んでいただろう。死闘のなかで生まれた僥倖は彼らの存在がもたらしたものである。


そして生き残ったジョージの証言こそが道を切り開いていた。



「あの修羅場を経験したんだ、当然の対価だ」



そう言ったマーベリックの顔は先ほどと異なっていた。珍しく朗らかである。



『へえ~、こんな顔もするんだ』



 ニヒルで冷静沈着、時に獣のごとき暴力を用いることもある──その男が見せた一面はバイロンに少なからぬ驚きを与えていた。





広域捜査官と組んだレイドル侯爵の手腕でジョージは死んだことになっていたようです。(裏取引万歳)バッハとモーリスは口封じの憂き目にあって死亡。真相は闇の中へ……さてほかの面々は?


あと2回ほどで終わりとなります。次回からはこの章のエピローグ的なものになりそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ