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第五十五話

あけましておめでとうございます。本年が作者と読者の皆様にとって良い一年になりますように!

27

ジョージが包み隠さずに事実を語るとジョージズトランスポーテーションの金を間接的に受けていた枢密院の委員たちは閉口せざるを得なくなった。


「ムラキという副社長の力により私は蒸気機関の開発に成功しました。ですが重量と出力の関係で安全面は担保できませんでした。オーバーヒートひいては爆発もありえる状態でした。」


ジョージは静かだがはっきりとした口調で続ける、そこには技術者らしい見識がある。


「それゆえ、あのデモでは積み荷を搭載した状態では逆潮を航行することなどできなかったのです。」


ジョージが述べるとバッハとモーリスの顔が引きつり始めた、


「ですが積み荷を乗せた船は航行いたしました、つまり、あり得ぬことが起こったのです。」


ジョージは淡々と続ける、



「なぜだがわかりますか──積み荷が空だったんですよ」



ジョージが証言すると議場が静まり返った、


 巨万の富を手に入れた業者が積み荷を空にしたイカサマのデモで株価を上げて利益をだしていた事実は甚だ倫理的に問題であった。欺瞞の極みといえよう。


 いうまでもなくその業者から献金を受けた連中もである…合法的な献金といえどもその事実が明らかになれば貴族たちもただでは済まない。ノブリスオブリージュといわれる貴族がイカサマした業者から金銭を得ていたとなると大問題になる。


 さらには広域捜査官の幹部であるジェンキンスの死がさらなる混迷を委員たちに与えた。イカサマのデモにかかわった荷夫を殺害した容疑が払しょくできないのである。


委員たちの顔色がにわかに変わる。



「そのような事実は全くもって知らなかった」


「私もだ」


「同じく」


「初耳だ」



 ジョージの証言がなされるとジョージズトランスポーテーションの金を受けた委員たちが手のひらを返しだした。実情をほのかに知っているものの、その責任を回避するためにすっとぼけだしたのだ──熱い掌返しである。


「バッハ卿、そなたはジョージズトランスポーテーションに許認可を与えた立場だ。イカサマのデモで株価を釣り上げた業者の金を我々に寄付させたのか?」


委員の一人がしたたかな見解を述べる、


「まさか、我々をはめたのか?」


別の委員が追随する、


「マルス様復古の法案を通すために我々を使ったのか?」


 献金を受けたにもかかわらず委員たちの反応は猛々しい、一ノ妃の書状を持った証人喚問によってジョージが事実を述べたことで形勢が悪くなるや否や、バッハを糾弾し始めたのである。


 バッハの顔色が青くなる…バッハはガマガエルに視線を移した。いうまでもなく助け船を求めている、


 だがガマガエルの表情に変わりはない、ぬめぬめとした皮脂が顔と頭皮を覆っているだけで事態の推移を眺めている…



『我々の献金を受けたにもかかわらず平気な顔をしている…なぜだ』



バッハは一蓮托生と思っていたガマガエルの表情に変化がないことにおどろきを隠さない。



「議長、どうなっているんですか?」



バッハが消え入りそうな声で述べる、



「こんな、話、聞いていません!」



それにたいしてガマガエルはなにも答えない、


バッハはガマガエルの態度にいきり立った、


「あなたもジョージズトランスポーテーションの金を受けているでしょう、裏金だってあったはずだ。あなたがた、みなすべて問題がありましょう!」


 バッハが当然至極のことを述べると他の委員たちはガマガエルを見た、その眼は明らかにガマガエルの動向を気にしている。


ガマガエルが口を開いた、



「私が手にしたジョージズトランスポーテーションの金はすべて法王庁に寄付している。仮にジョージズトランスポーテーションが問題のある業者だとしても法王庁に対する寄付という行為でその責任は免れることができる」



ガマガエルは嗤った、その表情には余裕があるではないか……


レイドルはその様を見て口元をゆがめた、



『司直の手が及ばぬ法王庁をかましたようだな…議長はすでに手を打っていたか…』



 ダリスの国教として厳然と存在する法王庁の宗教フィルター通すことでグレーな金を白に変える錬金術をガマガエルは用いたようだ。貧困層に対するフィランソロピーという名目であれば法王庁の権限で寄付金の回収はできない。



『したたかなマネーロンダリングだな……』



 紛糾する議論を見ていたレイドル侯爵はガマガエルの冷徹な寄付行為に枢密院最高議長の狡猾さを認識する。



『先手を打ってくるとはな……ならばこちらの動きを変えるだけのこと』



レイドルの思考が研ぎ澄まされる、



『この先はバッハの糾弾がこの会議の目的になる』



そう思ったレイドルの目にバッハの後ろに控えていたモーリスが立ち上がる姿が映った、



『逃げるつもりか』



レイドルはそう思ったが逃げ去るモーリスを呼び止めるつもりはなかった、



『どのみち一蓮托生だ』



そう思ったレイドルは委員たちに糾弾されるバッハを横目にガマガエルを見た、



「議長、事の真相を知るために後日、再び議場での話し合いを求めます。」



 レイドルの表情は包帯でおおわれているため感情が読めない、声もくぐもっているため喜怒哀楽が喪失している。だが、その眼だけは違っていた、明らかに人を刺しに行く昏さがある──殺意が宿っているのだ。



「一ノ妃さまの命によりもたらされた質問状の答えを見つけねばなりません。皆様方、次回の話し合いまでに腹をくくっておいてください。」



 レイドルが釘をさすとガマガエルは不快な表情を見せたが質問状の圧力により「あい、わかった」と述べざるを得なかった。


                              *


 一方、レイドルの隣にいたリンジーとバイロンであったが、二人は一ノ妃のもたらした質問状の力におののいていた──議場の様相が一変したのである。



「マルス復古どころじゃやなくなったわね──それどころか関係者の責任問題に発展…」



バイロンが述べるとリンジーが答えた、



「一ノ妃様の質問状とジョージさんの証言で議場がひっくり返った…」



バイロンは同意したが目の前で起こるバッハと委員たちのやりとりにその眼を細めた、


「あれだけの大貴族たちが罵詈雑言の大合唱、金をもらった責任をバッハ卿に擦り付けることで自分の咎を回避している。」


バイロンが小声で状況をポロリとこぼすとリンジーが同意した、


「これじゃあ、子供のけんかと変わらないわよね。物言いはエレガントかもしれないけど──聞いてて呆れちゃう」


 実際、議場はバッハに対する糾弾が始まっていた。便宜を図られた委員たちはジョージの証言を聞くや否や、自己弁護と責任回避のためにバッハをスケープゴートに祭り上げたのである。


 一方、バッハも切り返していた、ジョージズトランスポーテーションの金をバッハとモーリスを通して受けた委員とその関係者を一蓮托生とののしった。裏金の帳簿があると委員たちを逆に脅している、



「泥の投げ合いね、泥じゃなくて馬糞かもしれないけど。」



リンジーが枢密院の議場で始まった糾弾会に皮肉をこぼすとレイドルが答えた、



「人間とはそんなものだ。貴族であれ平民であれ、火の粉を自分がかぶらずに済むためには、火事の責任を他人のせいにすればよいだけのこと。」



レイドルの物言いは達観している、すでにこの結末を想定していたようだ。



「醜き姿も人間だ、たとえ貴族であってもな」



レイドルは変わらぬくぐもった声で述べた、


「さあ、ふたりとも、帰りなさい。自分たちの業務があるだろう」


レイドルはそう言うと自らも議場を離れるべく扉を開けた。



「レディーファーストだ」



 バイロンとリンジーは促されるままに議場を離れたが、離れ際に見せたレイドルの目は空恐ろしいものであった。



レイドル侯爵があらわれたことで議場は一変しました。枢密院の委員たちは手のひらを返してバッハを糾弾します。一方、バッハも裏帳簿の存在をにおわせて委員たちに反論します。


さて、どうこの後どうなるのでしょうか?


前回述べた『種明かし』は次回に持ち越しです。ちょっとお待ちください。

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