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第五十四話

寒い!(以上)


26

議場に現れた3人はその場にそぐわぬ人物であった。


 中央にいた男は高級貴族らしき衣を身に着けているが、その顔は包帯でおおわれ薄気味が悪い。その後ろに控えているのはうら若き乙女である。こちらは溌剌として顔の見えぬ男とは対照的である。



「その結審、あい、待たれよ!」



 くぐもった声が議場に響く──思わぬ人物の一声にその場の全員が声の主を見る。一方、ガマガエルは不審者を見るかの如き視線を浴びせた。



「レイドル侯爵、貴殿はこの議場に呼ばれておらぬ。枢密院の決定に関係のない人物だ、何ゆえに現れた!」



ガマガエルが激しい声で述べると包帯で顔を覆ったレイドルがそれに答えた。



「マルス皇子復古の案を議会に諮るおつもりのようだが種々様々な問題があふれ出している。それを鑑みればこの結審はいささか早急といえましょう」



 レイドルがそう言うとレイドルの後ろに控えていた2人の若き娘が議場に入った、ともにメイド服を身に着けた第四宮の人物だ。


その一人が名乗った、


「第四宮の宮長、リンジー モンローと申します。一ノ妃さまから託を預かっております。」


 リンジーはそう言うと懐から書状を取り出した、そして委員全員の目に届くように掲げた、

その書状の封の表には『疑義申し立て』と記されている。



その文字を見た委員たちがどよめく、



「皆様、お静かにお願いいたします」



そう言ったのはリンジーの隣にいた美しい娘である、



「副宮長のバイロンと申します。一ノ妃さまからのお言葉をお伝えいたします。」



バイロンと名乗った副宮長は書状を宮長から受け取ると封を開けて読みだした。



≪この度の事案、マルス復古の法案についてだが、その内容に関して疑義がある。ジョージズトランスポーテーションの金銭が議会の懐柔のために使われていることは重々承知していたが、蒸気機関のデモにおいて技術的な担保ができていないという見解が散見された。


 また、その渦中の人間であるジョージズトランスポーテーションの経営者が死亡したと伝え聞いた。蒸気機関に関する疑惑がある中、その正否が分からぬままで法案が審議されることははなはだしく倫理的に問題があると考えている≫



バイロンが読み進めるとガマガエルが声を上げた、


「問題はない、すべて我々が審議して調べつくしている。技術的な担保はバッハ卿とモーリス卿の調査により問題ないとわかっている──許認可も許諾されている状態だ。新事実でも出ない限りはこの法案は議会で審議される。たとえ反対する貴族が議会でいても一か月で成立する。」


ガマガエルは自信を見せる、


「一ノ妃さまといえども、枢密院の審議に物申すなら、それなりのお覚悟があるのかと問いたい?」


ガマガエルは実に不遜な態度をとった、


「我々の審議に物申すなら、それなりの証拠を提示するのだな。それがないというのであれば枢密院に対する侮辱罪を適応する」


ガマガエルの発言に審議の場が異様な雰囲気を醸し出す。



「あるのだろうな?」



 ガマガエルの物言いにバイロンは背筋が震えていた、リンジーに至っては口から魂が抜けた状態になっている。茫然自失とはこのことだ……ガマガエルににらみを利かされた二人は年頃の少女らしく二の句が継げなくなっている……蛇に睨まれた蛙とは言ったものだが、毒カエルに睨まれた少女といった構図になっている、


レイドルはそれを横目にして発言した、



「証拠はございません。」



 議場がうねる、形勢が一気に変わる。委員たちが冷たい視線をレイドルに浴びせる。バッハ卿に至ってはメンチを切っている、その子飼いであるモーリスはにやにやしている。


その状況下でレイドルが再び口を開いた、



「ですが」



レイドルがくぐもった声で物申す、



「証言がございます」



枢密院の議場で異様な沈黙が訪れる。



「こちらへ」



 レイドルがそう言うと近衛隊に引き連れられて中年の男が現れた、眼科は落ちくぼみ徒労の色がはっきりと見える。腕と足に重々しく包帯がまかれ健康というにはほど遠い様相だ。



「そなたの名を申せ」



レイドルに促されると中年の男が述べた、



「ジョージズトランスポーテーションの経営者であるジョージ マンソンと申します」



議場がどよめいた。



『どういうことだ…死んだはずでは?』



 死んだはずの男の登場はさしものガマガエルも焦りを禁じ得ない、おもわぬ事態に唇を震わせる。だが、それ以上に驚いていたのはバッハ卿とモーリス卿である。



「嘘だ、生きているはずがない!」



バッハが言うとモーリスが続いた、



「病院の件で…死んだはずだ。広域捜査官も死亡認定していたぞ!」



 レイドルはそれを無視した。意味深な視線をバッハとモーリスにたっぷりと浴びせると、バイロンに対して柔らかな物言いで促した。



「一ノ妃さまのお言葉の続きを」



言われたバイロンは深呼吸すると『疑義申し立て』の文面に再び目を落とした。



≪なお、証言者がいる場合、その言葉を審問の場で審査して記録すること。その精査がない場合はマルス復古の法案は廃案とすべきである。≫



 バイロンが一ノ妃の言葉を述べると議場にどよめきが訪れた、そこには驚嘆と驚愕、そして恐れがある。



「ジョージ マンソン、証言台に」



言われたジョージは近衛隊の隊員の支えを借りると証言台に上がった。




なんとジョージ…生きていたんです。(このあと種明かしがあります。)


物語はクライマックスへ向かいます・


皆さま、良いお年を!

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