第五十三話
年末ですね、人で込み合う場所は感染症に気を付けましょう。ちなみに作者もコロナにかかりましたが軽くてすみました。おおむね若い人は問題ないようですが、年寄りは死ぬ可能性が十分にあります。とくに受験生は気を付けて!
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さて、ジョージのいた病室が爆破されてから3日ほどして──都の裏通りにある骨董屋の二階では…
執事服の男が優雅な立ち姿でアールグレイをいれていた。テーブルの正面には若い婦女子が座っている──バイロンだ──定期報告のために執事服の男のところを訪れていた。
執事服の男は特に何も言わずにお茶請けを出す。小さな正方形のチョコレートが二つ、品のいい皿に並んでいる。
バイロンは男の様子を観察しながらチョコに手を伸ばした。咀嚼したときに酸味のあるゼリー状の中身があふれ出す。チョコレートの甘さと苦さ、そして内側から現れた果物の酸味、複雑でありながら調和したその味はたまらない。
「これ、ラズベリー?」
執事服の男は何とも言えない表情をみせる。
「ラズベリーのジャムだ」
バイロンは『なるほど』という表情を見せた、
「ベリーの果汁だけでは甘みが足りない、それにチョコレートの中に入れるのであればある程度の粘度が必要になる」
ニヒルな男は手作りのジャムに自信をみせた、
「砂糖とリキュールを使って弱火で煮込み、糖度と粘度を調整する。焦がさないように気を付けなければならない」
バイロンは男のうんちくが終わる前に二つ目を口に放り込んだ。口中ではベリージャムの酸味がチョコレートを引き立てている。
「おいしいわね、紅茶とすごく合う」
バイロンはそう言うと表情を変えてマーベリックを見た、
「あのさあ、瓦版を読んだんだけど、ジョージズトランスポーテーションの社長……亡くったんでしょ?」
バイロンがそう言うと執事服の男はうなずいた、
「じゃあ、裁判どころじゃないのね…」
バイロンはすべてが水泡に帰したと想起した、
「ポルカで敢行した蒸気機関のデモがインチキだってことはもう証明できないってこと?」
バイロンは至極残念そうな声を出した、
「広域捜査官の幹部も死んだんでしょ、証言台に立つ人間がだれ一人もいない…」
バイロンは美しい表情をゆがませた、
「ベアーたちはどうなっちゃうの?」
執事服の男には余裕がある──優雅に紅茶を口にはこぶ。
「ちょっと、全然、平気な顔してんじゃん!」
バイロンがお冠の表情を見せると、執事服の男がぽつりと述べた、
「大丈夫だ」
マーベリックはそう答えるといつになく鋭い視線を浴びせた、
「この先、お前にも手伝ってもらうことになる」
バイロンは意味が分からずけげんな表情を見せる。
執事服の男は懐中時計を手に取ると立ち上がった、
「そろそろ、頃合いだ」
マーベリックがそう言うと窓の外にはゴンザレスの用意した馬車が現れた。
「デートといきませんか、副宮長?」
マーベリックはそう言うとバイロンの手を取った、
バイロンはマーベリックの様を見てピンときた、
『…何かあるわね、絶対…』
第四宮の副宮長となりリンジーとともに尋常ならざる事案を経験してきたバイロンはマーベリックの所作の中に底知れぬものを感じた。
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枢密院──そこでは議会で出される法案が事前に精査されていた。一般法案とは異なる安全保障や特別会計にかかわる特殊事案はまっさきに枢密院の最高議会に諮られる。国会で行われる貴族たちの議論は枢密院の先んじた精査がなければそもそも議場にのぼることはない。
そしてマルスの皇子復古の法案も最高議会の俎上に上がっていた。
大理石でできた円卓の周りを8人の委員が囲み、その中心に最高議長の席が置かれている。意外に簡素なつくりだが重厚さと厳かな雰囲気が部屋には漂っている。
枢密院最高議長はそこで行われる議論を横目にしていたが、すでに結論が出ているためその議論自体に注目はしていなかった、
『…茶番か…』
ガマガエルはすでにほかの委員がマルス復古に異議を唱えないとわかっていた、バッハ卿とモーリスの献金を受けていたためである。合法的な寄付、息のかかった業者に対する貸付や資本の応援、さらには関係団体に対する人件費など、その内容は多岐にわたるが非合法にならぬように会計処理されている。
『ジョージズトランスポーテーションの金はすでに枢密院の委員たちにもわたっている、これから先も吸える花の蜜をまざまざ捨てる殊勝な貴族はいない。』
合法的な献金や寄付、息のかかった業者に対する貸し付けや資本金の援助など、バッハのやり方は合法的に委員を買収する方法であった。枢密院の委員たちも批判めいたことを述べてはいるがその実はこれから先の献金を念頭に置いている。
*
「蒸気機関に関しては妙なうわさも聞くが、改良したモデルができれば安全面が担保できると耳にしている」
一人の委員が述べると対面の委員が答えた、
「改良したモデルがすでに着手されているのであれば、問題ないのではないか」
委員たちが考え込む、
「ジョージズトランスポーテーションの経営者が不慮の事故で亡くなったのは残念だが、蒸気機関という未来を作り上げる技術がもたらす恩恵はダリスという国を豊かにする。隣国のトネリアとの関係も鑑みて、国として強くならねばならない。さすればマルス様を復古させるという事態もやぶさかではない」
一人の委員が述べるとほかの委員も目をつぶった、その表情には『やむを得ない』という考えがありありとうかがえる。
「そろそろ、採決に、議長」
そう言ったのはこの審問にゲストとして召喚されたバッハ卿である、マルス復古の法案を立案した人物として枢密院の特別審問に呼ばれていた──その後ろの席にはモーリス卿も控えている。
バッハが促すとガマガエルが委員たちを見回した。
頃合いだと認識するとガマガエルは口を開いた、二重顎が三重になる、
「あいわかった、ではマルス皇子復古に関しては法案として議会に諮るか否か挙手をお願いする。賛成ならば手を上げていただきたい」
8人の委員は、そのすべてが手を上げた、
「全会一致とみる」
ガマガエルはそう言うと木槌を手に取ってかかる事案を結審させようとした、
「では、これにて、マルス皇子復古の法案は議会へと提出…」
ガマガエルが結審しようと小槌をたたこうとした時であった、委員たちがいる部屋の重々しい扉が開いた。そしてにわかに3人の人物が現れた。
最後に出てきた3人とはだれなのでしょうか、次回は最後の『山』となります。




