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第五十二話

22

翌日であった──煙くすぶる病院の一角を実況見分するために関係者が訪れていた。地元の治安当局、広域捜査官、そして消防団などさまざまである。


「病院の中では2名が死亡、ともに首を切断された模様です。一人は受付の職員、もう一人は看護師です。昏倒していた医者と掃除婦があわせて二名、どちらも命に別状はありませんが襲われたことさえ覚えていないとのことです。」


 報告を受けているのはスターリングである、ベアーたちの窮状を聞くや否やすっ飛んできていた。


「それから襲撃者の姉妹、この人物の素性はまだわかりません…姉妹というだけでは…」


 報告していたのは捜査に参加したカルロスである。だがその口調は甚だ重そうである…顔色もさえない…



「ジョージさんも昨晩の爆発の破片に被弾したようで……残念ながら治療の甲斐なく死亡しています」



カルロスが言うとスターリングがその表情をゆがめた、



「ダメだったのね…これじゃあ裁判まで至らないわ…」



 スターリングはすべてが闇に葬られると感じた、その特徴的な耳はぱたりと垂れている。明らかに精神的なショックを受けている。



「…これで、終ね…」



 スターリングがそうつぶやくとカルロスもうなだれた。証拠とおぼしきものも見つからず姉妹による暗殺も遂行されてしまった──真実の追求どころか裁判さえもままならない。広域捜査官としては痛恨の極みである。



「残念、無念であります」



 カルロスがため息交じりに述べた時である、警戒線を超えて豪奢な被服を身にまとった二人の男が従者とともに現れた──バッハ卿とモーリス卿である。



「すさまじい事故だねぇ、まだ煙がくすぶっている」



そう言ったのはバッハ卿である。


「君たちの会話を聞かせてもらったが、ジョージが死んだとか?」


バッハは盗み聞きしていたようで状況をすでに理解しているようだ、


「申し訳ありませんが、部外者の方はお引き取り願います」


スターリングが冷たく言うとモーリスが反応した、


「君たちの貴族に対する物言い無礼だな、バッハ卿に対する口の利き方をわきまえたまえ」


モーリスが大仰にのたまうとスターリングが非難する口調で切り返した、


「皆様と懇意にしていたジェンキンス所長もなくなりました」


 スターリングが不快な表情を見せるとバッハが一瞬うつむいた、そして刮目すると淡々と答えた。



「そうか、それは残念だな」



バッハの表情に陰りはない──むしろ血色がよくなっている。


それを見たカルロスが唇を震わせた、


「真実を知る二人はともに亡くなりました、お二方には吉報かもしれませんが」


モーリスがカルロスの胸ぐらをつかむ、


「貴様、なんだ、その口の利き方は!」


モーリスを制してバッハが述べた、


「二人とも亡くなったのは実に残念だ。死に水くらいはとりたかったのだが」


バッハはつづけた、


「ところで、この事件の下手人は?」


「目下、捜査中です」


「そうか」


淡々とバッハは言うと周りを見回した。



「これでは証拠など見つかるまい」



バッハは吹き飛んだ病室に目をやると冷たく言い放った、


「見分の邪魔になるようだな、このあたりでお邪魔しよう」


そう言ったバッハは一瞬だが溌剌とした表情を見せた。


                                *


バッハとモーリスの後ろ姿を見ながらスターリングが歯がゆそうに述べた、


「貴族連中はその責任を問われることなくすべてを死んだジョージのせいにして逃げ切るでしょうね」


カルロスが悔しそうな表情をみせた、


「ジェンキンスの証言も取れず、ジョージ氏の身の保全も担保できず……悔恨しかありません」


 カルロスがそう言った時である被害者たちを避難させたテントから事情聴取のためにベアーたちが現れた、



「大変だったね…今回は…」



スターリングが声をかけるとベアーたちは疲れた表情をみせた。



「まさか壁のデブリがジョージさんを…」



一同は押し黙る、


「二人の襲撃者はマーベリック氏により撃退されたが、ともに逃げおおせた。腕の傷から出血の後を探してみたけど、それも途切れている…どちらに逃げたかもわからない」


スターリングがそう言うとマーべリックが皮肉めいた口調を見せた


「相手はプロだ、我々をけむに巻くことなど造作ない。」


 マーベリックの反応にスターリングはバツの悪い表情を見せたが、その見解には重きを置くほかない。


マーベリックが淡々と続ける、



「結末とは突然にやってくる、人生とはそんなものだ」



マーベリックはそう述べたがその表情は暗くはない



「だが、このまま終わるとは限らない」



マーベリックはあとは何も言わずにその場を去った。



23

さて、同日の夕方──ホテル ハイアットでは


 号外となった夕刊を手にしていたのはバッハ卿とモーリス卿である。紙面にはミル工場であった爆発事故とその責任者であるジョージの死がでかでかと書かれている。


モーリスが口を開いた、


「どの瓦版もジョージの死を報じています、これで世の連中も我々から目を離すでしょう」


バッハは薄くなった頭髪を掻きあげる


「これですべてを隠蔽できますね」


モーリスがにこやかに述べるとバッハは『うん』とうなずいた。その表情は晴れ晴れしい。


「司直の手が我々に及ぶことはこれでありえなくなった。あの事故もジョージに責任を擦り付けることで我々は安穏としていられる。ジェンキンスも死んだ、こちらにとっては都合がいい」


バッハが大仰に答えた、


「ジョージが死ねばケセラセラの連中とて我々を糾弾することをできまい。すべてを知るジョージとジェンキンスが証言台に立たない以上、我々の恐れるものはない」


バッハはつづけた、


「疑惑のジョージがいなくなったことで業者自体も怪しまることはないだろう。一時的に株価は下がっているがそのうち持ち直す。そうすれば再び裏金を政界の工作資金として投入できる。」


モーリスがほくそ笑んだ、


「その一部を我々がはねて……経費として流用する。もちろん枢密院にも…ですね」


 モーリスがこの先の皮算用を述べて醜悪な笑みを見せる、そんな時であったドアがバンと音を立てて開いて三ノ妃が入ってきた、その表情は能面のようである。



「やっとのことで仕事が終わったようね」



 利用していた人間が死んでも何と思わぬその姿勢には権力者のもつ冷徹さとは異なる倫理の欠如が見て取れる。



「さっさと次の手を打ちなさい、マルスを玉座につけるための!」



 つっけんどんに突き放す物言いにはにべを許さない苛烈さが見て取れる。腹をくくった悪女にはバッハとモーリスの計算など眼中にないようだ。


バッハとモーリスはその場を繕うような見解を述べたが三ノ妃は頑として譲らなかった、



「マルスを玉座につける準備を整えるのです!」



 決然として言い放つその姿勢にはバッハもモーリスも辟易する。そんなときである入り口のドアが開いた──入ってきたのはムラキである。



「ご盛況のようで」



揶揄する口ぶりであるが、三ノ妃の意見に賛同する姿勢を見せる。


「ジョージとジェンキンスが死んだことで司直の手が我々に及ぶことはありません。真実が白日の下にさらされることもなくなりました。ですが瓦版の記事であおられた投資家たちの行動でジョージズトランスポーテーションの株価は乱高下しています。資金の調達にはもう少しマーケットが落ち着いてからになります。」


冷静な意見をムラキが述べると三ノ妃が歯噛みした、



「週明けに枢密院での審問がございます。それがすめば大手を振って歩くこともできましょう。それまでご辛抱を」


ムラキはそう言うとにこやかに笑った。




ジョージが亡くなったようです。悪人たちにとっては都合の良い状況が訪れました。


物語はこれで終わりなのでしょうか……いえ、また終わりません。もう一波乱ございます。


プロットは完成しているのでこの章で失踪することはありません。ご心配なく!

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