第五十一話
寒い!(以上)それからメリークリスマス!
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病室から出たマーベリックはあたりをうかがった、不自然な暗闇は明らかに誰かの介在が疑える。
『近衛隊とて暗闇の中では赤子も同然、さらにはほかの患者がいる中で立ち回ることはできない。それを相手は理解している…』
マーベリックは持っていたローソクであたりを照らす。階段を下りて病院のエントランスに向かった…
『……血臭……』
マーベリックは夜目を凝らした、エントランスで人とおぼしきものが倒れている…
『手遅れだな』
マーベリックは首がきれいに切断された遺体を目にする、
『刃物か…それとも』
首の切断面を見たマーベリックが不審に思った時である、異変を感じた近衛隊の隊員がマーベリックのところに駆け寄ってきた──ろうそくの明かりに引き付けられたようである
「何が起こったんですか?」
マーベリックは隊員に答えた、
「惨劇の始まりだ」
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50がらみの女はターゲットの位置をすでに確認していた、
「なるほど、個室だとわかるから安い大部屋にしたんだね」
女は看護師を恐喝するとジョージの居所をすでに確認していた。
「制服を脱ぐのよ!」
若い看護師は言われたとおりにした、
「いい子ね」
看護師は恐れおののいたが何とか逃げようと試みた──必死の形相である、生を渇望した看護師は部屋から出るべく走った、
だが、これがいけなかった、
「逃げていいなんて言ってないだろ」
50がらみの女の一撃は看護師の背中を見事にとらえていた、
「まあ、どうせ殺すから手間が省けたんだけどね」
50がらみの女はくすっと笑った、小さなギザギザの歯が鈍く光った。
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一階にいたマーベリックは状況把握につとめた──まずやるべきことは明かりの確保であった。だが廊下に設置されたランタン灯は見事なまでに破壊されていた、相手はすでに手段を講じているようである。
『まずいな』
暗闇の中では近衛隊の剣技も意味がない。訓練された隊員たちの存在も意味がない。とにかく動ける状態に至らねばならない
「被服を燃やしてたいまつにしろ、ランタン灯が機能しないならば原始的な方法で応対しろ」
敵の襲来は突然であった、廊下の壁面につけられたランタンを破壊して暗闇を構築している。
『こちらの目をつぶす気だな』
職員に対するなさけ容赦のない攻撃は明らかにプロというより殺戮者である。
『今も、どこかで遺体が増えているはずだ…』
マーベリックは集まった近衛隊の隊員たちに指示を与えた。
「敵の素性が変わらない以上、無駄に動いてもこちらがやられるだけだ。二人一組で動くんだ」
マーベリックはそう言うとベアーたちのことが脳裏に浮かんだ、
「…何とか、やり過ごせるだろうか…ヨシュア…守れるか」
マーベリックは再び病室に走った。
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病室の外では近衛隊の一人が警備にあたっていた、マーベリックに頼まれたヨシュアである。ベアーたちを助けた後、気丈にもそのまま警護についていた。
ヨシュアは異変が生じたことに緊張感をみなぎらせている。
『刺客…どんなやつだ』
暗闇の中、若き隊員は賊の索敵に神経を研ぎ澄ました。
『屈強な男なのか、それとも、小柄な老人か…』
暗殺者と対峙した経験のない若き青年は持てる知識を総動員した。
『とにかく中の人を守らねば!』
ヨシュアがそう思った時である、カンテラを持った看護師が足早にかけてきた、
「大丈夫ですか?」
暗がりの中、看護師がヨシュアに声をかける。
「先生に言われてきました、患者さんのバイタルの確認をさせてください!」
看護師の女はつづけた、
「すべての患者さんの様態の確認です。緊急時のマニュアルにあるんです」
ヨシュアは女の様子をつぶさに見る、
「ほかの患者さんも待っています、手早く終わらせたいのですが」
50を超えたくらいの女であろうか、落ち着いた様子と適切な言動にヨシュアは促された。
「私も立ち会うぞ」
看護師はうなづいた、
「わかった、いま、開ける。」
ヨシュアはそう言って背を向けた、
その時である、ヨシュアは首に糸のようなものがかかるのが感じた──その感触は冷たく、寒々しい。不思議と苦しさはない、痛みもない…
だが、その冷たさは明らかな死のにおいをはらんでいる……ヨシュアは自分の行動が迂闊であったことに今更気づいた。
『…マズッタ…』
一瞬の隙を造られたヨシュアは、殺戮者の顔さえ見ることもできなかった、無念の極みである。その耳元に息がかかる。
「若い子って大好きよ、張りがあるでしょ。骨も太くて、ウフフ、筋肉も発達してて最高。だから、手ごたえがすごくいいの」
看護師の女は口角を上げる、小さなギザギザの歯間から吐息が漏れる。上ずった口調の中に性的興奮も含まれている。明らかに異常である。
「たまんな~い!」
殺戮者がそう述べた時である、思わぬことが起こった。ヨシュアがあけようとしていたドア突如として内側から勢いよく開いたのである、
バンと音を立ててドアが開くと少女が顔を出した、
「トイレに行きたいのよ!!」
そう言ったのは10歳くらいの女の子である、もよおしたらしく状況を加味するよりも生理現象を優先したようだ、
「…あれ…」
その目の前には後ろから首にピアノ線のような金属で首を絞められるヨシュアがあった、怪訝に思った少女が思わず口を開いた、
「それ、プレイですか?」
暗闇が覆う廊下で少女の持っていたろうそくの光だけが煌々としている、
少女の後ろから少年が顔をひょっこりと出す、その表情は煌々としている。
「まさか、勤務中に看護師とニャンニャンですか?」
想像だにしない少女と少年の言葉にその場に異様な空気が生まれる──妙な沈黙と不可解な間──だが、これがよかった。小さな魔女が突如としてドアを開けたことと、少年が思わぬ言葉を投げかけたことで、襲撃者の行為が一瞬ながら緩んだのである。
ヨシュアはそのすきを逃さなかった、女を背負った状態で反転すると壁面に向かって背中から激突した。看護師の姿をした女がよろめく、
「チっ!!」
襲撃者の女はすぐさま体制を整えた、
「面倒だから皆殺しだよ!」
看護師に扮した女が懐からナイフを取り出す、その刃には紫色の粘液が付着している、明らかに毒だ。
「かすっただけでもあの世いきさ」
そんな時である、非常階段の扉が突如として開いた、
「姉さん、応援が来てる!」
もう一人の女は襲撃者の妹なのであろう、妹の声を耳にした看護師の女はすくさま思考を変転させると懐から黒い球を取り出した、その先端にはすでに火がついている。明らかに爆発物である、
その場に緊張が走る、一難去ってまた一難、襲撃者は醜悪な表情をみせた、
「私たち姉妹をなめるんじゃないよ!」
襲撃者は火薬球を部屋の中に玉を放りこもうとした、じつに素早い身のこなしである。ベアーたちは襲撃者の間髪入れず連続した行動に息をのんだ。
誰もが思った、『やられる』と、
だが、その刹那である。襲撃者の腕に深々とナイフが刺さっていた、女が振り向くとそこには月光を浴びた黒い執事服の男がいた──マーベリックである。
マーベリックが叫んだ、
「窓からそれを捨てろ!!」
女が落とした火薬球を拾ったのはラッツである。ラッツは血相を変えると開いていた窓から勢いよく放り投げた、投擲された弾は数メートル離れたとこで炸裂すると轟音とオレンジ色の光を放った──すぐさま爆風が訪れる。
「伏せろ!」
マーベリックの声に呼応した全員が頭を下げる、病院のレンガ塀が爆風で吹き飛んだ。
「…まじかよ…」
気づいてみれば窓がなくなりむき出しになった廊下と病室が残されていた。
「ジョージさんは?」
一同はジョージのいるはずのベッドに視線を移した。
マーベリックはその様態を見るとその表情をゆがめた──事態は急を要していた。
襲撃者であるライデン姉妹によりマーベリックたちは厳しい状態に追い込まれました。
はたしてジョージはどうなったのでしょうか?
* ライデン姉妹は実在する人物をモデルにしています。それは『阿佐ヶ谷姉妹』のお二人です。阿佐ヶ谷姉妹のお二人が殺戮者となってベアーたちを襲ったと想像していただけるとわかりやすいと思います。(ちなみに作者は阿佐ヶ谷姉妹のファンです)




