三章 第一話
感想をくださった方、読んでくれた方、本当にありがとうございます。今日から3章始めたいと思います。
うpは週に2回ほどを予定しています。(なるべく頑張る)
では
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フォーレ商会の見習いとして半年が過ぎ、ベアーは倉庫業務の基礎的なことをこなせるようになっていた。在庫のチェック、商品の搬入、クレーンの操作など地味な作業ではあるが業務の重要な要素はほぼ対応できるようになっていた。
「ベアー、ワインの搬入どうなってるんだ?」
ベアーに声をかけたのは倉庫管理の責任者のウィルソンである。ウィルソンはフォーレ商会の古参の社員でロイドが会社を立ち上げた時からのメンバーである。
「もう終わってます。」
「そうか、じゃあ、樽の数を数えて記録したら今日は上がりだ。俺は先に帰るから倉庫に鍵をかけてから帰ってくれ。」
そう言うとウィルソンは白髪で覆われた頭をかきながら事務所スペースの方に歩いていった。
ベアーは言われた通りワイン樽を数えると、その数を在庫帳に記した。その後、日課の事務所の掃除をした。
「よし終わりだ、今日は……」
ベアーは仕事を済ませると水平線に沈んでいく夕日を眺めながら一息ついた。
*
パトリックがブーツキャンプに送られた後、ベアーはすぐにフォーレ商会の見習いになった。当初は火事で倉庫が焼けたためフォーレ商会が倒産するのではないかと不安になったがロイドのかけていた火災保険のおかげで資金面の目途がつき倉庫の再建はスムースにいった。
だが焼失した商品や在庫を失ったことで商品の引き渡しができず、いくつかの会社とは取引自体がなくなってしまった。ベアーは火事という事態のため取引先も大目に見てくれると考えていたが、それほど世の中は甘くなかった。
ロイド曰く:
『たとえ火事でも納品できなければ業者としては信用を失うことになる。そうなれば取引先としては切られるんだ……だがね、こうした時に残ってくれた業者は長く付き合える。逆境の時にこそ真価が試されるんだよ。』
ベアーは淡々と話すロイドの表情を思い起こしていたが商売は他の業者との競争であり、やはり甘いものではないと痛感させられた。
*
ベアーは倉庫に鍵をかけると帰路についた。すでに日は沈みかけ、黄昏時の風景が街を覆っている。港町に訪れたトワイライトタイムは他の街では見られぬ旅愁がある、帆をたたんで帰港する船の姿はえもいわれぬものがあった。
暮れゆく太陽を背にしてベアーが30分ほど海岸沿いを歩くとロイドの邸宅が見えてきた。窓には煌々と明かりが灯っていた。
ベアーは勢いよくドアを開けた。
「今、帰りました」
そう言うと50を過ぎたメイドが現れた。週に3回、炊事、洗濯を行うためにやってくるマリアンナという中年女性だ。美人とは程遠い顔立ちだが、細かいことに気の利くタイプでメイドとしてはうってつけの人材であった。
「あら、いいタイミングね、ちょうど御飯ができた所よ」
ベアーはマリアンナにそう言われダイニングに向かった。
*
ダイニングにはすでにロイドがいた。
「おう、帰ったか」
ロイドはいつものようにベアー話しかけた
「どうだった、今日の仕事は?」
「ワインの搬入とその在庫の確認です」
「何か変わったことは?」
「今日はないですね、明日は蜂蜜のラべリングがありますけど」
ラべリングとは仕入れた商品をフォーレが扱ったという印をつける行為である。この印は業者ごとに異なっていて、その印を見れば仕入れ元がわかるという具合になっていた。このラベルがはがれていたり、ついていないと商品が『ワケアリ』だと判断され、場合によっては行政に商品が没収されることもある。
「そうか、順調そうだな。じゃあ、食事にしよう」
ロイドがそう言うとテーブルには若鶏のソテーと野菜スープそして胚芽パンが運ばれてきた。
若鶏のソテーはカリカリに焼き上げた皮とふっくらとした身にマスタードソースがかかっていた。ベアーはフォークを突き刺しかぶりついた。
「これ、おいしい!!」
ベアーは開口一番、声を出した。
マリアンナは『当然』と言う顔を見せた。
「そのソースは特別だからね」
アリアンナはそう言うと意味深な表情を浮かべた。どうやら料理の秘密は教えない主義らしく思わせぶりな表情を見せるだけで何も言わない。ベアーは若干、不満な顔を見せたがそれに構わずマリアンナはキッチンに姿を消した。
『このソース何が入っているんだろ……』
マスタードの辛さはあるが深みのある甘みがある、単純にマヨネーズとマスタードを合わせたものではない。ベアーは首をかしげた。
一方、ロイドは野菜スープに手を付けていた。炒めた野菜をミキサーにかけてペースト状にし、それをベーコンからとった出汁に延ばすという手間をかけたスープである。ロイドは野菜嫌いでほとんどの野菜を食べないがこのスープは別ですぐに一皿空にしていた。
「マズマズだな、今日の出来は」
ロイドがそう言うとマリアンナは満足げな表情を浮かべた。『マズマズ』というのは美味いと言う意味である。
*
食事を終えるとロイドがベアーに話しかけた。
「所でルナちゃんは最近どうしているんだね?」
尋ねられたベアーは食後のお茶を飲みながら答えた。
「ルナはドリトスでチーズづくりの手伝いをしてます。でも、そろそろこっちに戻ってくると思います。」
「ほう、そうか」
「月に一度、『あの日』が近づいてますから」
ベアーが意味深に言うとロイドがその眼を細めた。
「『あの日』とは?」
「カジノの優待日です」
ルナは月に一度、ドリトスから出てくると『ロゼッタ』の女主人とともにカジノにでかけていた。
「変わらんな、毎月……」
「今月も負けると思いますけどね」
確信した表情でベアーが言うとロイドは苦笑した。
「ロバはどうかね?」
「元気そうですね、シェルターでジャスミンに世話されてニヤニヤしています。」
「あのロバ……なかなかやりおるな」
ロイドの顔がほころんだ。
「シェルターも落ち着いたようだな。新しい管理人は悪くないと噂で聞いたが……」
「ええ、先週ロバの様子を見に行ったとき、初めて新しい管理人と話しましたけど、良さそうな人です。ジャスミンもご飯がおいしいって言ってました。」
ロイドは満足げな表情を浮かべた。
「そうか、うまく流れているようだな……」
ロイドはベアーの顔を見た。
「お茶をのんだら公用語のレッスンだ。20時になったら書斎に来なさい」
ロイドはそう言うと席を立った。
ベアーはこの半年、毎日のようにロイドから公用語のレッスンを受けていた。現在は文法と単語の学習に励んでいる。貿易書類はほとんどが公用語のためトネリア語ができないとどうにもならない。ロイドはそれを考慮して食後に公用語のレッスンをしていた。
ロイド曰く:
『公用語を話すことはむずかしくない、だが書類が読めんと貿易商としてはやっていけない。話すことより読み書きの方が実は役に立つんだよ。』
意志の疎通には会話の方が重要だが、商品の契約となると書面になる。公用語の読み書きは絶対条件であった。書類関係に関してはまだ疎く、文章になると理解が及ばないためベアーにとってロイドの講義は実に有意義であった。
だが、一つ問題があった、それはロイドの講義が長いことである。
『2時間で終わるといいな……』
ベアーはビクビクしながら書斎に向かった。




