第四十五話
皆さま、寒くなってきたので体調にはお気をつけください。
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ジョージの眉間が割られようとした──そのときであった、思わぬ事態が生じた。なんと男の右手の上腕に矢が突き刺さったのである。
「そこまでよ!」
そう言って颯爽と現れたのは、なんと──スターリングであった。
「人殺しをまざまざ見逃す気はないわ、おとり捜査もここまでよ!」
スターリングは矢をつがえて男をけん制しながらベアーたちの前に足早にやってくる、
「さっきは、ごめんなさいね」
スターリングはベアーにそう言うと目を切らずに口を開いた、
「裏門のほうよ!」
スターリングの発言に促されてベアーが視線を移すと馬車が乱入してきた、その御者の頭部は光り輝いている。
ベアーはすぐに分かった、
「カルロスさん!!」
陽光で反射するカルロスの頭部は遠めに見ても本人だとわかる、表情こそわからないが頭部が豆電球のようになっているではないか、ベアーには希望の灯に見えた、
「急いで!」
スターリングに促されたベアーはロイドの肩に手を回すと馬車に向かった。
*
ロイドを馬車に乗せたベアーは素早く戻ってくるとジョージを助けようとした。
「こっちです、さあ」
ベアーは手を差し伸べたがジョージが首を横に振った、
「私に、そんな資格はない…いまさら…もう手遅れだよ」
ジョージはうつむいた、自分の行いがもたらしたゆがみが新たな厄災を生み出したことに責任を感じているようである、
「ジョージさん、今はそんなことを言っている場合じゃありません、今ならまだ間に合います。やり直しのきかない人生なんてありません」
ベアーが諭すとスターリングが声を上げた、
「速く!」
弓を絞っていたスターリングがさらにけん制の一撃を放つ、富裕な商人の様相をした男の足元に矢が刺さる、
スターリングは男の気勢をそいだが、男は不遜な笑みを見せた。
「いい勘してんじゃねぇかよ、お前ら」
男の表情には妙な自身がわき起っている
「これで終わると思ってんのか?」
男がククッと笑うとカルロスが入ってきた裏門から複数の蹄鉄の音が聞こえてきた。
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新たに裏門からやってきたのは30人ほどの集団であった、フードをかぶって顔はみえないが武装していることは明らかである、
集団の中から一人の男が現れた、その顔を見たスターリングが絶句する、
「…ジェンキンス所長…」
スターリングがポロリと漏らす、それに対してジェンキンスが答えた、
「お前が裏切るとは……まあ、想定内だがな」
ジェンキンスが合図すると武装集団が散開してベアーたちをとり囲んだ──逃げ道が一瞬にしてふさがれる。
状況が一転してベアーたちは窮地に追い込まれる、
「スターリング、おとり捜査官を指揮してきた私がお前の行動に気付かないと思ったか?」
ジェンキンスは余裕の笑いを見せる、
「お前の行動ははなからわかっていた、ベアーたちを助けるための芝居をうっていたこともな」
スターリングが歯噛みする、
「私の行動を読んだつもりだっただろうが、お前の浅知恵では及ばんよ。修羅場をくぐった回数が違う」
ジェンキンスは卑猥な表情をみせた、
「今までのこともある、チャンスをやろう」
ジェンキンスの表情はすでに広域捜査官のそれではない、悪行を重ねた賊にも勝る──
「そいつらを殺せ」
ジェンキンスの表情には悪魔が宿っている、
「最後のチャンスだ」
スターリングはそれに対して啖呵を切った、
「金と権力におぼれるだけなら、こちらもめをつぶれました。ですが荷夫の溺死を事故に見せかけて帳場をつぶしたこと──やりすぎではありませんか。」
スターリングの目つきが変わる、
「わかっているんですよ、所長──あの時、あなたが荷夫を海に突き落としたことを、目撃者の証言をすでにとっています。」
ジェンキンスは鼻で笑った、
「大きな変動が起こる中、小さな事案で右往左往しているようでは広域捜査官の幹部としてはやっていけんよ、権力を握るための手段は手に入れねばならない。自ら手を汚さぬ人間には対価は得られない」
殺人を半ば肯定するかのような言動には正義という概念が欠如している、そこには広域捜査官としての倫理はない…
「この、ど畜生が!」
手綱を持ったカルロスが吐き捨てるとジェンキンスは居直った、
「小さな正義を振りかざしたところで世の中は変わらんよ。政治的な結末はすでに見えている。世界は変わるのだよ。その世界のどこにポジションとるかが重要なのだ。一時の感情に流されて現実を見誤るようでは、そのあたりのごろつきと変わらん」
ジェンキンスはスターリングを見た、
「お前なら私の言った意味が分かるのではないか?」
その表情は悪魔的である──富裕な商人の持つ悪辣さとは異なる不純さを含んでいる、
スターリングが沈黙すると怒りを隠さぬカルロスが吠えた、
「あなたには広域捜査官としての誇りはないんですか、」
カルロスが畳みかける、
「何のために正義のバッチをつけたんですか、弱き人々を守るためじゃないんですか、悪人に天誅を下すためではないのですか!」
ジェンキンスは冷たい視線を浴びせた、
「黙れ、禿!」
カルロスが唖然とする、倫理を失ったジェンキンスの発言はすでに鬼畜道を歩む姿を投影している。
「お前たちも荷夫と同じ末路を歩んでもらうぞ」
乾いた風がミル工場の廃屋に流れる。無味乾燥した味気ない空気があたりを覆った。それと同時にジェンキンスの右手が上がる──終わりの始まりであった。
富裕な商人の攻撃をスターリングとカルロスの行動により回避したベアーたちでしたが、敵もバカではありません。ジェンキンス(スターリングの上司)が軍勢とともにベアーたちの前に立ちはだかりました。
さて、この後いかに?




