表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
575/589

第四十四話

遅れてすみません。プロットの調整に手間取りました。

さて、ベアーたちが監禁される前、少し時はさかのぼる──


 一台の馬車が欅並道をゆるりとした速さで車輪を滑らせていた。その御者はマーベリックである。その表情に余裕はない。手綱を取ったマーベリックは馬車の中にいる二人の会話に傾聴していた。


「一ノ妃様、事態は急を要する展開となっております。」


 そう言ったのは包帯を顔で覆った男──レイドル侯爵である。マーベリックからの報告を受けたレイドルは緊急のアポイントメントをとると一ノ妃に今までのあらましを語っていた。


 すなわちポルカで行われたジョージズトランスポーテーションのデモがイカサマであり、そのデモにより高騰した株を元手にした資金で貴族たちが買収されたこと、そしてその貴族たちがマルス復古の法案に賛成していることを…


「並々ならぬ状況であります」


 レイドルがくぐもった声で述べると一ノ妃が窓から見える庭園に目をやった、どことなくうつろな表情は心の揺らぎが現れている。


レイドルはさらに続けた、淡々とした口調で、


「金の流れだけ見れば貴族と業者の合法的な癒着であり、こちらも見て見ぬ振りもできましょう。ですがその件にかかわる荷夫を殺害して事実を隠ぺいし、さらにはその事実に気付いたケセラセラの経営者と見習いの少年の拉致を敢行した模様です。」


一ノ妃の表情が変わる、ポーカーフェイスであるもののその心中では激情が沸き起こっている。



「あの時、マルスを殺していれば…」



一ノ妃は淡々と述べた、そこには悔恨が見てとれる。



「余計な情をかけたことが大きな波乱をよびおこすとは…」



 良かれと思って行った行為がのちの新たな火種を生む。情をかけたことが仇となる、悲しき現実は虚しさとやるせなさを一ノ妃にもたらした。


レイドルは気の毒に思ったが、その気持ちを表すことなく続けた、


「この件の裏には枢密院の最高議長がおります。ことは内密に進んでいますが法案は十中八九──通るかと」


 すでにレイドルは政界の動きを読み切っていた──すなわち枢密院、バッハ、モーリスの調整により議会の貴族たちが法案に反対しないと……


 さらにはジョージズトランスポーテーションの灰色の献金をうけた連中はすでに篭絡されており反旗を翻すような殊勝な人間はいないと……



レイドルの説明を受けた一ノ妃の表情が引き締まった、



「…裁可ですね…」



レイドルは一ノ妃の表情を見た、


「はい」


 一ノ妃はレイドルの返事に対して言の葉を発さなかった──そこには明らかな逡巡がある、かつての思いが噴出していた、



『…かつてのしがらみが今になって…』



 レイドルは一ノ妃の沈黙から裁可は得られないと判断した。レイドルも知る『かつての事象』はレイドルの手にあるベアーたちの未来よりも重要であると…



『気の毒だがケセラセラは消えることになりそうだな』



 レイドルがそう思った瞬間である、一ノ妃がレイドルを見た──その眼はいつもと同じく権力者のそれであった、そして声を出さぬ状態で唇を動かした、



 読唇術のできるレイドルはその動きを見逃さなかった。短い沈黙の後、レイドルはくぐもった声を上げた。



「あい、わかりました」



再び時計の針が進みだした。



難儀な状況は何も変わらなかった、ロイドの様態は相も変わらずで、体調に回復の兆しはない。ベアーは言葉に詰まった、


『どうしたらいいんだ…』


監禁されてすでに2日が過ぎていた──状況はいかんともしがたい、


 すでに万策は尽きていた、窓には鉄格子がはめられ逃走経路はすべてが寸断されている。敵の行動は計算されていた。どうやら逃げることはできそうにない。


『このままじゃ…』


ベアーは泣きそうになった、


そんなときである、重々しく金属扉が音を立てて開いた、そこにいたのは思わぬ存在であった。



「……ジョージさん……」



ベアーがそう漏らすとジョージが右手を上げて、外を指した。



「さあ、逃げるんだ、ロイドさんを」



 ベアーはいかなることが起こったかわからなかったがジョージの言葉を信じるほかないと思った。切羽詰まったこの状況を打破するにはリスクをとってでも行かねばならない。


ベアーはすぐさまロイドに肩を貸して外を目指した。


                               *


ジョージたちの目には厩が映っていた、


「馬車がある、あれに乗ればなんとかなるはずだ」


ジョージが早口で言う、


「あいつは、今いないはずだ、大丈夫だ」


ジョージは厩の戸を開けた、


「さぁ、こっちだ!」


 ジョージがそう言ってベアーたちを招き入れようとした。と、その時であった、ジョージの体が後方に吹っ飛んだ。3mほど中空をすっ飛ぶと背中から地面に倒れた。


 何が起こったかわからなかったベアーとロイドはその眼を点にしたが、厩の中から男が出てくると口を真一文字に引きしめた、



「お見通しなんだよ、ジョージ!」



 現れたのは富裕な商人の男であった。男はいずこからともなくゲバ棒(釘バットのような形状をした木製の棒)を取り出すとジョージに歩み寄った


「お前が裏切るのはこっちの読み通りだよ~」


男はククッと嗤うと狡猾な笑みを浮かべた、


「さっき出て行った馬に乗っていたのは俺じゃねぇんだよ、お前を試すためのおとりだよ」


男はジョージに人差し指を向けた、


「殊勝な考えを持ったところで、もう手遅れなんだよ──今更、善人を気取っても意味はねぇんだ。お前もムラキさんの毒まんじゅうを食ったんだ、とっくのとうにその毒が体に回ってんだよ!」


 男はゲバ棒を振り上げると起き上がろうとしたジョージの腕を打った、ジョージが再び膝をつく、打たれた腕部から血が噴き出す、肉がえぐられたのだ。


「ジョージ、最後のチャンスだ。部屋に戻って図面を完成させるか、それとも──ここで死ぬか、選べ!」


ジョージは顔を上げた、


「私は人を助けるためにこの技術を開発したんだ。人を殺して金儲けをするためじゃない」


ジョージの脳裏にかつてのことが浮かぶ、


「逆潮に巻き込まれて死んだ親父のような船乗りを減らすために私は実験にいそしんだんだ。デモンストレーションの失敗を隠ぺいして出来上がった蒸気機関なんて何の意味もない!」


ジョージの口調に力がこもる、



「安全面の担保できていない技術は許されない、それは技術者としてのプライドが許さない!」



 ベアーはジョーンのなかにある魂を垣間見た。それは技術者としてのそれではなく、人としてのそれである。


『…ジョージさん…』


 ベアーはジョージの思いに心を動かれたが、その一方、富裕な商人はそうではなかった、右手のゲバ棒はすでに頭上に掲げられていた、



「そうか、なら死ねよ!!」



無残な結果がジョージに訪れようとしていた、




一ノ妃の裁可はどうやら得られそうにありません。ですが一ノ妃はレイドルに対して何やら意味深なサインを送りました。


さて、その一方、ベアーとロイドはジョージの力により脱出できそうになりました。ですが富裕な商人はそれを先読みしていたようです…再びピンチが訪れます。


この後いかに?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ