第四十三話
少し今回は長めです。
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さてその頃ベアーたちは…
ムラキの一派により拉致されたベアーたちはミル工場の廃屋に監禁されていた。穀物を貯蔵する倉庫を改造した一画は牢獄と変わりない。
さらに不幸が訪れていた、ロイドの様態が悪くなりつつあったのだ。ジョージズトランスポーテーションにかちこんだロイドはその徒労が呼び水となり持病のリウマチが現出したのだ。
『まずい…』
ベアーの中で焦りが生まれる──だが状況は変わることはない。ロイドのリウマチはよくなるどころか悪化の一途をたどり、ベアーの回復魔法(初級)では意味がなくなっていた。
『くそっ!!』
ベアーは八方ふさがりの状態に業をにやしたが、怒りを鉄格子のようなドアにぶつけたとところで逃げ道が現れるわけではない。
『何か手はないのか…』
内心では不安が渦巻いている、ベアーは自分たちの置かれた状況が刻一刻と悪化していくことに歯噛みした。
そんな時である、突然として鉄製の厚い扉が開いた──そこから現れたのは富裕な商人の風体をした男であった。男は水筒と胚芽パンをベアーたちの前に放り投げた、
「まあ、ゆっくりしていってくれよ~」
男の表情はにこやかである、
「お前らに詰められてジョージもふらふらになってたからな……あと一歩だったのにな」
男はつづけた、
「ほかのやつらはお頭の毒を食らってのっぴきならない状態になっている。欲にかられた連中にはまともな思考を持ち合わせる奴なんていねぇ。ジョージズトランスポーテーションの金をかっくらって犬も同然だよ。ノブレスオブリージュ、笑わせてくれるぜ。」
男はムラキの金におぼれた連中たちのあさましい姿に腹を抱えた、
「広域捜査官もこっちについた、ムラキさんの金で泳いだ貴族を見て舵を切ったんだ。本来ならお前らを助けるはずの連中がいとも簡単に裏切るとは……世も末だよな~」
男は悪人として結論を端的に述べた、
「ほんとに世の中はクズばっかりだよ──お前たち以外はな」
男はクククッと嗤った、
「でも、まあ、全部無駄に終わったんだけどな」
見た目こそ富裕な商人に見えるが、その眼は明らかに商売人ではない──ぎらつく瞳の奥には黒い炎が揺らめいている──床に仰臥していたロイドはすぐに看破した、
「お前、堅気ではないな」
男はすっとぼけたが、その眼は犯罪者のそれである、
「なぜ、我々を殺さない?」
ロイドが厳しく問いかけると、男は口角を上げてその眼を細めた、
「いい質問だな…真相に至ったお前たちを殺さないのは、生きていてくれたほうが都合がいいからだよ」
ロイドがにらみつける、
「ケセラセラがバッハ海運に買収されたほうが事が穏便に運べる。合法的な買収劇により俺たちの秘密も露見することはない。傘下に収まったケセラセラが真実を露見させようとしたところでだれも信用しない、買収された子会社のやつらが吠えたところで周りには負け惜しみにしか映らねぇだろ?」
男の見解にベアーがグヌヌヌッとなる、的をついているためである。
「お前たちを下手に殺せば広域捜査官の連中も貴族殺しの捜査をすることになる、行方不明であれば手抜きもできるだろうが、死んだとなれば奴らも本腰を入れざるを得ない。さらには枢密院も捜査に絡んでくる…」
男が黄色い歯を見せた、
「すべてが終わった後でお前たちが間抜けな面をさらしてくれたほうがいいんだよ」
男は勝ち誇った、
「そのほうがドラマチックだろ、滑稽な悲劇──最高のシナリオじゃないか」
何もせずともすでに『勝ち確』を見込んだその様には余裕さえ滲んでいた。男は不敵に笑ってから重たい扉を閉めた。
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さて、ベアーたちが監禁された空間から少し離れたところ──そこではジョージが個室に閉じ込められていた。
社屋でベアーとロイドに詰められたジョージが良心を見せたことがムラキにとってきわめて不快であり、その意図をよんだ富裕な商人によりジョージは軟禁されていたである。
*
ジョージはうなだれていた。
『どうしてこうなった…』
素朴な疑問が生まれる。、
『ムラキの力を借りて蒸気機関を作り上げ、あとはとんとん拍子に事が進んだ。気づいて見れば巨万の富が手に入っていた。』
ジョージは金の力で貴族を取り込んでいくムラキの手腕に言葉をなくしていたが、その効果は抜群であった。
『だが、まさかデモでイカサマをしているなんて…』
ベアーとロイドに真実を指摘されたジョージは言葉をなくした……その脳裏にかつてのことがにわかに浮かぶ。
『……私は……』
ジョージの父親はポルカの船乗りであった、小さな船で積み荷を運ぶ個人事業主である。大した稼ぎはなかったが家族を養うには十分であった。
『あの時…逆潮に流されなければ…』
商品の搬送を急いだ父は航路を外して潮流の速い領域に入った。ショートカットを試みたのである。だがそれが仇となった。積み荷の重さで舵の操作を誤ると船が逆潮に流されたのだ。そして船は岩礁のある危険な海域へと流された。地元の漁師が『魔の領域』と呼ぶ海域である。
『納期に遅れても安全な航路を通れば逆潮に流されることなんて…』
ジョージの父が乗る船は岩礁に激突──父は帰らぬ人となった。
『私が蒸気機関を発明したのはあの事故があったからだ』
稼ぎ手を失ったジョージの家は困窮した、さらには積み荷を沈ませた責任まで負わされて家までとれたのである…手足をもがれた状態に陥ったのだ。
だが、その困窮した時、ジョージの母は踏ん張りをみせた。初等学校を卒業して働こうとしたジョージを上級学校まで送り出したのである。
ジョージの脳裏にベアーの言葉が滲む、
『私は…私は…』
ジョージはすこぶる悩んだ、
『…蒸気機関の発明は金や名誉のためじゃなかったんだ…』
ジョージがそう思った時である、突然に鍵のかかった扉が開いた──現れたのは先ほどベアーとロイドに毒を吐いた男である。
「どうだ、ジョージ、気は変わったか?」
その物言いはいやらしい、ジョージの心中を明らかに探っている、
「いまさら、どうこうあがいても、現実は変わるもんじゃねぇよ。殊勝になったところでイカサマをやったことにはかわりはねぇ──なあ、ジョージ、間違いを起こさないでくれ」
男は猫なで声で話す、
「このままうまく流れれば、うまい飯も食える、高い酒だって飲める、いい女も抱き放題だ。みじめな生活をする必要はないんだよ」
男の表情が変わる、今度はやくざのそれである、
「ジョージ、もう後戻りはできないってわかってんだろ、うちの金を受けた貴族連中はマルス皇子復古に向けて法案を提出している。議決が通るのは十中八九問題ない。いまさら抜けようって話は通らねぇんだよ」
男の抑揚が変わる、平坦な物言いへと変わった、
「ムラキさんの言うとおりにしていれば貴族の身分だって手に入る。そうすれば平民とは違う生活ができるんだ。貴族の称号があれば開発の認可なんか必要ない。自分の好きなように研究ができるんだぞ!」
富裕な商人のいでたちをした男はジョージをあおった、貴族の称号をちらつかせることでジョージの心を動かそうとする。
「………」
だが、ジョージはうつむいたまま反応を示さない、富裕な商人のいでたちの男はその眼を細めた、
『…こりゃダメか…』
男の脳裏にムラキの言葉がフリックする
≪使えないようであれば処理しろ≫
男は懐の小瓶に手をやった──いうまでもなく毒物である。
『潮時かもな』
男がそう思った時である、ジョージが机の上にいきなり図面を開いた。
「改良した蒸気機関を作らねばならない、出て行ってくれ」
思わぬジョージの言葉に男は内心ほくそ笑んだ。
『気が変わったか──殺すのはいつでもできしな、まずは仕事をさせてからだ』
そう思った男はムラキの指示を念頭に置きながら周到な知恵を巡らせた。
「少しばかり、出かけてくる。ゆっくりとお仕事に専念されてください。」
男はそう言うと丁寧に頭を下げてから部屋から出た。
*
ジョージは男が部屋からでたあと、厩に向かうのを確認した。しばらくすると馬に乗ったフードの人物が裏門から出ていった。
『貴族の身分か…研究に没頭できるな』
ジョージはそう思ったが不思議と立ち上がっていた。
『だが、そんなことは大事ではない』
そう思ったジョージの足はベアーたちの監禁された一画へと向いていた。
監禁されたベアーとロイドは厳しい状態に陥っています。一方ジョージの心は揺れ動いています。
果たして、この後いかに?
*
次回はマーベリック動きとなります。




