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第四十二話

少女は2階に通されるとマーベリックに封書を渡した。受け取ったマーベリックはすぐさま中を確認する──遅滞のない所作だ。鋭い視線で一字一句を追っていく。


少女はその様をじっと見つめている、


「どう、いけそう?」


 少女は封書の内容をすでに知っているらしくマーベリックに詰め寄った、その表情は真剣そのものだ。


一方、マーベリックは内容を見て驚きを隠さない。



『…そんなことが…』



 マーベリックはロイドがジョージズトランスポーテーションの本社に直談判に乗り込んだことに言葉を失った、



『…自ら敵陣に切り込んだのか…』



以下が封書の便箋に記されていたことである、



≪この手紙の内容を貴殿が知る頃には、我々は甚だ遺憾な状況に陥っているとおもいます。正直なところ身の保全に関して担保できないでしょう。

 ですがバッハ卿、枢密院、ジョージズトランスポーテーションの策謀に飲み込まれるつもりは毛頭ございません。座して死ぬならば蜂の一刺しもありましょう。

 そして、この厳しい状況に我々が飲み込まれたことこそが、あなた方の決断に一石を投じることと信じています。マルス皇子復古が日の目を出るか否かはあなた方の判断にかかっています。≫



マーベリックはロイドの決意に並々ならぬ思いを持った、


『ロイド氏は差し違えるつもりだったのか…』


マーベリックはそう思ったが便箋の最後の一行には閉口した


『自ら死地に飛び込むことで、我々に影響を与える──身を挺した賭けか…』


マーベリックが思わずこぼすと小さな魔女が口を開いた、


「ロイドさんは元軍人だからね、行くときは行くわよ。うちのベアーもそれに乗ったの」


小さな魔女が続けた、


「体をかけて、扉を開く。それがケセラセラのやり方。でも…広域捜査官まで向こうについちゃって…」


さしもの魔女も敵の大きさと状況の悪さに嘆息する──その表情は明るさに欠いている…


マーベリックは便箋の内容と魔女の表情を鑑みた、



『…これは動くべきなのか…』



マーベリックの中で打算が生じる


『現状は厳しいが、この時点で動けばまだ間に合うやもしれん…だが敵の動きは迅速かつ的確だ。枢密院を巻き込んだジョージズトランスポーテーションの金はバッハ卿を通して政界にばらまかれている。ケセラセラを助ける貴族などいるはずもない…』


 マーベリックは額にしわを寄せた、その表情は『無理だ』言わんばかりである、現状を客観分析した結果がにじみだしている。


 そんなときである、部屋の向こうの扉がバタンと音を立てて開いた──それと同時に美しい娘がなだれ込んでくる。



「ちょっと、何うなだれてんのよ、助けなさいよ!!!」



そう言ったのは隣室で様子をうかがっていたバイロンである、その表情はいきり立っている。



「これだけの証拠があるなら、いけるでしょ!」



バイロンが述べるとちょこんと椅子に座っていた小さな魔女が指をさした、



「あっ、あなた──知ってる!」



思わぬ存在が現れたことに小さな魔女は驚きを隠さない、一方バイロンもすぐさま反応した。


「私、バイロンって言います。ベアーとは同郷で…」


バイロンが自己紹介すると小さな魔女が再び声を上げる、


「私、ロゼッタのおかみさんと一緒にあなたのお芝居見に行ったのよ、コルレオーネ劇団のやつ!」


バイロンは思わぬ魔女の言動に驚きを隠さない、


「私、広域捜査官──あのハゲ──間違えた、カルロスさん、それから新聞記者のラッツとも知り合いなの」


ラッツの名前が出るとバイロンも驚きの表情を見せた、


「えっ、あなた、ラッツも知ってるの?」


 二人は共通の知人の名前が上がったことでその距離を一瞬で縮めた、ポルカの街並みやロゼットのパスタが話題の中でこぼれると、わずかな時間で連帯感が生まれる…


 二人は互いに信頼できると直感で判断すると、知りうる情報をマシンガントークとして展開した──そして10分と立たずに状況を理解した、


暇を置かずして二人はマーベリックに対してじっとりとした視線を浴びせた。



「どうするの!」



 二人に詰められたマーベリックはその勢いに押され、一瞬ながら共同不審になったが──コホンと咳払いして間を取り戻すと口を開いた。



「ケセラセラの状況が悪いのは理解できるが枢密院を背後ケツにつけたジョージズトランスポーテーションに勝てる見込みはない。犯罪捜査は広域捜査官が担うはずだが、そちらも向こうについた。つまり、のっぴきならない状態だ。」



マーベリックは淡々と続けた、



「ジョージズトランスポーテーションの金を受けた連中にとってケセラセラの知りえた事実が露見することは不愉快だろう。ケセラセラが買収されようと潰れようと気にすることはない。むしろそのほうが都合がいいはずだ」



バイロンは紅茶を口にするマーベリックの落ち着いた様子に怒りをにじませる。



「じゃあ、何もしないっていうわけ!」



いつにないバイロンの口調にマーベリックは小さな驚きをもったが、その表情は曇っていない。



「誰が何もしないといったのだ?」



逆に問いかけられたバイロンが押し黙る、



「この事案にマルス皇子の復古がかかわるならばそれは国体の変革にもかかわることだ。見過ごす理由にはならない。」



マーベリックはつづけた、



「だが、返答はできかねる。これだけの事案ともなればレイドル侯爵の一存で何とかなるとものではない──一ノ妃さまの判断も必要となろう。」



バイロンの脳裏に二文字が浮かんだ



「…ひょっとして、裁可…」



バイロンが漏らすと理解の及ばぬ小さな魔女が首を傾げた。



「そうだ──外交、安全保障にかかわる事案を精査するときに歯止めとして皇族に与えられた権利──それ、すなわち裁可──これがカギとなる」



マーベリックは魔女にもわかるように説明すると壁にかかったフロックコートを羽織った。



「侯爵様のところに行ってくる」



 マーベリックは階段を飛び降りるようにして下ると裏口から外に出た。妙に乾いた空気が頬を薙ぐ。その眼に入ったのは思わぬ光景である。



『…あのロバは…』



 不細工なロバは道行く人の中で気に入った婦女子を見つけると小さくいなないていた。その様には主人が拉致されて危機に陥っていることなど気に掛ける様子はない。



『…余裕綽々だな…』



 30代半ばの亜人の女が近寄ってくるとロバは頭を垂れて甘えるしぐさを見せる、斜に構えると女の臀部に鼻先を押し当てた。


「どこ触ってんの!」


 女ががそう言うとロバは実に悲しげな声を上げた、耳をぱたりと垂らすとまるで娘が虐待しているかのような様子を見せる。


「…ちょっと、私が悪い人みたいじゃない…」


 道行く人々に見られた女はバツが悪くなったのであろう、ロバの頭をなでだした。一方ロバはその間、女の臀部と太ももに顔を寄せて堪能していた──しばしすると、満足した表情を見せた。



そして、やおらマーベリックを見ると──ニカッと笑ったのである。



思わぬロバの行動に面食らったマーベリックは閉口した、



『セクハラをしながらもその責任を被害者に転嫁し、なおかつ自分の欲望を満たす。さらには誰かが傷つくほどの被害もない…』



マーベリックはロバを一瞥した。



「一体、お前は何なんだ…」



答えなき素朴な疑問がマーベリックの中で生まれていた。



ルナとロバはマーベリックにロイドの手紙を届けますが、なんとそこでバイロンと鉢合わせします。二人は意気投合します。さて、彼らはこの後いかなる行動をとるのでしょうか、そして『裁可』は一ノ妃から得られるのでしょうか?

次回はとらえられたベアーの視点に移ります。


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