第三十話
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この海難事故を契機に人身売買の実態は浮き彫りになった。救出された子供たちの事情聴取が進むと『群青の館』で行われていた麻薬を使った『条件付け』も明るみとなり、その悪質さに誰もが唖然とした。
ちなみに『条件付け』とは特定の行為を行うことで相手の反応や行動を制御することである。『群青の館』では食事にハーブと称して麻薬を使用し、子供たちを軽い中毒状態にしてコントロールする方法をとっていた。
一方、都から派遣された税務査察官は『群青の館』とカジノのつながりを証明する裏帳簿を見つけキックバックの裏付けを取っていた。巧妙な手口と汚職行政官の邪魔により捜査は難航したが、カジノから賄賂をもらっていた行政官のリストが見つかり事件は収束にむかった。
また留置所から助け出されたジャスミンの証言により治安維持署の署長も逮捕され、汚職治安維持官の一掃も迅速に行われた。それに伴いカジノの支配人も逮捕され、一連の騒動は終局に向かった。
一週間足らずの事であったがポルカを影から支配していた『群青の館』『カジノ』『汚職行政官』の負のトライアングルは崩壊し、港町に平和な日常が戻ってきた。
*
ベアーとルナはロイドの邸宅で瓦版に目を通していた。脇にはレモンケーキと紅茶が置かれている。
ロイドが二人に話しかけた。
「ポルカの汚職は皆知っていたんだが、根が深くて誰も手を付けなかったんだ。だが人身売買の件で都の当局も重い腰をあげたんだ。」
「よかったですね、あのままだったら、船の子供たちは……」
「ああ、危ないところだった。」
「でも、あの教祖とソバージュの女は見つからなかったんでしょ?」
ルナはレモンケーキを頬張りながら発言した。
「海に投げ出されたのは間違いないが、その後のことはわからんな。だがあの辺りは潮の流れが速い、助かる見込みはすくないだろう。」
ロイドは瓦版の記事を追うとジャスミンのことに触れた。
「どうやら君たちが助けた亜人の娘の証言でシェルターの管理人も逮捕されたみたいだな」
ルナは『ざまぁみろ』という表情を見せていた。
「身寄りのない子供を『群青の館』に売ってひと財産つくっていたそうだ。かなりあくどい女だ。」
「その財産はどうなるんですか?」
「ダリスの法律では犯罪収支はすべて没収することになっている、シェルターの管理人は監獄から出てきたときは一文無しだよ。」
ベアーは陰険なメガネ女を思い出したが、守銭奴の財産が没収されるとわかり晴れ晴れしい気分になった。
*
そんな話を3人がしていると玄関のチャイムが鳴った。ロイドが出ると外には若禿の治安維持官がいた。
「君か、さあ入ってくれ」
そう言われると治安維持官は客間に通された。
「パトリック君の処遇ですが、我々の方ではブーツキャンプに送ることに決定しました。少年審判でも妥当と判断されると思います。」
ブーツキャンプとは素行の悪い少年たちに矯正教育を施すプログラムである。実体としては刑罰的な側面が強いので厳しい労働が課される。
「今回のケースは情状酌量が認められますが、人身売買に関わる積み荷を運んで港を出たことは軽くは扱えません。ですが、本人も認めて反省しているので少年審判でも実刑はないと思います。」
ロイドは黙って聞いていた。
「ブーツキャンプで矯正教育を受ければ前科もつきません。将来、経営に携わるなら前科はない方がいいでしょう。」
「そうか……」
ロイドは自分の孫が厳しい時間を過ごさなくてはならない現実に心を痛めた。
そんな時である、若禿は時計をチラリと見た。
「ロイドさん、ちょっと外に出ませんか?」
ロイドは何のために呼ばれたかわからなかったがとりあえず立ち上がった。
「君たちも来るといい」
若禿はそう言うとルナとベアーもさそった。
*
4人は邸宅から出るとビーチに続く石畳の小路に立った。
「そろそろだな」
若禿が言うと程なく馬車がやって来た、だがその馬車は普通の馬車ではない。囚人を護送するものであった。
突然、若禿が素っ頓狂な声を出した。
「あれ、車輪が外れかけてる。これは危ないな~」
そう言うと御者が馬を止めた。その様子を見た若禿はロイドに声をかけた。
「さあ、中を覗いて」
若禿に促されたロイドは鉄格子の中を見ると、手かせをはめられたパトリックが座っていた。
ロイドは若禿の治安維持官を見た。
「あまり時間は取れません、さあ速く!」
訴追されてブーツキャンプに送られると2年間は会うことはできない。若禿はそれを見越して気を利かせたのだ。
*
ロイドは鉄格子の窓に詰め寄った。
「パトリック!!」
「おじい様……」
「パトリック、すまんな、何もできず……」
「そんなことはありません!」
「私は役に立たなかった……」
「いえ、僕が悪いんです。」
「ソフィアのことでお前がこんな目に合うとは……」
「おじい様は悪くありません……」
二人の会話はそれだけだった。だが、そこには血を分けた肉親の熱い思いがあった。
パトリックはベアーに向き直った。
「ベアー、君には迷惑をかけたね」
「事の成り行きでそうなっただけで……」
「いや、助けに来てくれたと時はうれしかったよ、それに事件も解決したって」
「僕は手紙を運んだだけだし、あまり何もしてないんだ……」
「充分やってくれたよ」
そう言うとパトリックはルナを見た。
「君にも助けられたね。」
「そうね」
ルナは『褒美をよこせ』と言わんばかりの口調で答えた。その時である、パトリックは怪しげな瞳でルナを見つめた。
「あのカモメ……魔法で操られたみたいだったね」
「えっ……」
ルナはすっとぼけたがパトリックは気づいたようだ。
「でも助かった、ありがとう」
ルナに感謝したパトリックの表情は『超絶イケメン』を越えた『神イケメン』の領域に達していた、ルナは思わず頬を赤らめた。
それからパトリックはロバを見た。
「君のおかげでおじい様は助かった……」
ロバは賢者が子供を見るような表情でパトリックを見た。
「すごいね君は……」
パトリックがそう言うとロバは小さくいなないた。
再びパトリックはベアーに向き直った。
「申し訳ないが、ベアー、君には頼みがあるんだ……」
パトリックはベアーを真剣な眼差しで見つめた。
「僕が戻るまで、おじい様をたのみたいんだ。」
ベアーは静かに頷いた。
「本当にすまない…」
言われたベアーは鉄格子に近づくと窓越しにパトリックと握手した。そしておもむろに口を開いた。
「おっぱい星人の名にかけて」
言われたパトリックは言葉を詰まらせた。
「…ありがとう、ベアー……」
パトリックの頬に光るものがつたった。
「いい友達をもったな、パトリック……」
そう言ったロイドの眼にも熱いものが浮かんでいた。
その時である、若禿が声を上げた
「どうやら、車輪がなおったようだね」
御者はその声を聞くと、頷いて馬に鞭を入れた。パトリックを乗せた護送馬車は小路を再び進みだした。
石畳を進む馬蹄の音が3人の耳に響く。
「いい天気だね」
「ああ、とっても」
ブーツキャンプでの2年は間違いなくきびいしいだろう、だが燦々と降り注ぐ太陽はパトリックの新しい門出を祝福しているようだった。3人とロバは小高い丘を登っていく馬車をいつまでも見送った。
了
ここまでおつきあいくださり本当にありがとうございました。正直、何度かやめようと思ったのですが『読んでくれる人がいる』ということが支えになり、一応、2章完結まで至ることができました。
皆様のおかげです。
よかったら、感想を書いてくれるとうれしいです。評判がよければ3章やります。
では
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2016年11月6日に編集しました。3章はまだ編集していませんので誤字脱字が多々あると思います。お読みになる方はちょっと待ったほうがいいかもしれません。(4章辺りまでは誤字脱字が多いです)




