第三十九話
東京はやばい暑さとなりました、これ死ぬヤツです……(汗をかいて脱水……便秘促進!!)
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ジョージズトランスポーテーションの社屋に入るや否や、ロイドはホールに群がる商工業者を押しのけて受付の女の前に立った。
思わぬ来客に受付の女は驚いたが、ロイドが貴族の権限を用いて社長との面会を求めるとしどろもどろになった。
「面会は予約がございませんと……」
ロイドはそれを廃した、
「平民が貴族に口答えするのか?」
ロイドの物言いは反社会性力そのソレである、
「男爵だと思って舐めているのか?」
受付の女は震えた、ロイドの表情がカタギに思えなかったからだ。周りに業者達もその様子に言葉を失っている。
状況を鑑みたベアーが合いの手を入れた、
「我々は商談をしに来ただけです」
ベアーが僧侶の口調でささやく、
「社長にとっても悪い話ではありません。」
ベアーが穏やかな口調で述べる一方、ロイドは厳つい表情を崩さない──体を斜に構えて舌打ちしている。
「…………」
ロイドににらみを利かされた受付の女は蛇ににらまれた蛙のようになった。ベアーは頃合いだと判断するとおびえた女にやさしく話しかけた。
「社長室はどちらですか、ご迷惑は掛けません」
女は思わずポロリとこぼした。
「三階の突き当たりが社長室です……」
飴と鞭の使い分けにより受付の女を籠絡したロイドは今ほどとは打って変わった表情を見せた。
「ありがとう」
そう言ったロイドは貴族の微笑みを投げかけた。
*
社長机にある瓦版を見ていたジョージは息を吐いた、
『凄まじい、株の上がり方だ……これほどまで上がるのか』
上場して以来、ジョージズトランスポーテーションの株価はすでにもとの10倍の値をつけている──ムラキの手腕がもたらした結果である。
ジョージは煽るような記事を見てため息をついた。
『からっぽの中身……実情とはほど遠い。あのデモでエンジン部分は爆発寸前までいっていた……パワーが圧倒的に足りていない』
書かれた内容と現在の技術におけるギャップは甚だしく、真実が露見すれば何が起こるかわからない。
『多くの貴族が様々な形で働きかけてくる……私はムラキの指示に従って書類にサインするだけだ……』
蒸気機関の技術を独占するためにムラキは東奔西走して権限のある貴族を金の力でねじ伏せている。その手腕は尋常ならざるものである。合法的な寄付や融資という形で貴族達を落とし込んでいく。
『安全面は甚だしく脆弱……蒸気船を動かすにはまだ時間が……』
技術者としての思いが脳裏をよぎる、
『いづれ……事故が……』
ジョージがそう思ったときである、正面のドアがノックされた。ジョージは怪訝に思ったが――ドアは声を掛ける前に音を立てて開いた。
*
ずかずかと社長室に乗り込んできたのはアポなしの特攻を試みたロイドとベアーであった。机の前に陣取って仁王立ちをみせる。
ヤクザ顔負けの表情でロイドがジョージにむかって声を上げた。
「こんにちは、船会社 ケセラセラの代表 フォーレ ロイド です。」
貿易商として百戦錬磨の修羅場をくぐり抜けたロイドが挨拶をかます、その物言いは明らかに商談とはおもえない。ドスの利いた声色はジョージの表情をこわばらせた。
「いくつかお聞きしたいことがありまして」
ロイドはそう言うとジョージににらみを利かせたまま続けた、
「そちらの蒸気機関に関して、よくない話がポルカで出回っていましてね」
言われたジョージの表情がにわかにこわばる、いましがたジョージが思考していたことをロイドが口にしたからだ、
「ポルカのデモで見せた中型船舶の航行に関して疑惑がありまして……」
言われたジョージの唇が震える……
「……ない……そんなものはない……」
ジョージがそう言うとロイドがたたみかけた、
「まだ具体的な話はしていませんが?」
言われたジョージは顔を背けた、窓に映ったその表情は落ち着きがない。
ロイドはかまわず続けた、
「あのデモのとき載せられた積み荷は中が空だという話がありますが?」
ジョージは震える様子ですっとぼけた。
「……そんなことは……ない……」
入り口のドアを閉めたベアーはその様子を横目にしていたが、あまりにわかりやすい反応にその眼を細めた。
『自白しているレベルのすっとぼけ方だな』
ロイドの攻めがさらに続く、
「モーリス卿の船に荷を積んだ荷夫が水死体で見つかった、ひょっとしてあなたの指示だったのでは?」
ロイドが汚い者を見るような視線を浴びせるとジョージの顔色が変わった、
「……そ、そ、そんなことは知らない……」
ジョージは驚天動地と言って過言でない表情をみせる
ベアーは青ざめたジョージの顔を見て、ふと、思った。
『……これは嘘じゃないな……荷夫の件は知らないのかも』
ジョージはしたたかに機転を利かせるような狡猾さは持ち合わせていないように見える、慌てふためくジョージの様は天から災難が振ってきたようだ。
ロイドは容赦なくジョージを責めた、
「数多くの貴族があなたの発明した蒸気機関を巡って動いております。株価の上がり具合からして大きな富があなたの所に流れ込んでいる。ですが……」
ロイドの表情が柔和になる、
「あのときのデモがいかさまであり、そのいかさまを知っている荷夫が殺されたとなると……どうなりますかね?」
ジョージは頭を抱えた、
「……荷夫が死んだ、だなんて……そんな……知らないぞ……」
横目にしていたベアーが続く、
「もう一人の荷夫は行方不明ですが……彼が見つかればあなたの立場は急転直下の事態に陥るのでは?」
ベアーが素朴な物言いで発言すると、ジョージは黙りこくった──顔面蒼白とはこのことだ。
それを見たロイドがジョージに声を掛けた、
「のっぴきならない状況だと思いますがね?」
ジョージは自分の置かれた状況が思いのほかに芳しくないことに気づかされた、それと同時に脳裏に浮かんだ考えがおもわず漏れる……
「技術的にはまだ至っていない……蒸気船は開発途中だったんだ。だからあのデモは……」
ジョージは真実を吐露しようと顔を上げた、その表情は『もう隠し通せない』という重いが滲んでいる……積み荷の件で動揺がピークに達したようだ、
「……荷夫を殺して隠そうとするなんて……」
ジョージはロイド達を見た、その目には先ほどとは異なる光が宿り始めている──人としてあるべきものが生まれている……
「人を殺してまで蒸気機関を世に出そうだなんて考えていない!」
ジョージの言葉にベアー達は大きな可能性を見いだした、
『このまま、言質を取れれば、こっちの勝ちだ!!!』
ベアーがそう思ったときである──思わぬ事態が生じた。入り口のドアが開いて一人の人物が颯爽とやってきたのだ、
……ムラキであった……
ジョージズトランスポーテーションに乗り込んだベアー達はジョージをあと一歩の所まで追い込みます。(どうやらジョージはわるい人ではないようです)
ですが、その土壇場で現れたのはあの男……ムラキでした。
*
次回は節目となると思います、お楽しみに!




