第三十六話
急に暑くなりました、みなさま体調にはお気をつけください。(ちなみに作者は便秘です。)
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さて、ルナの協力によりラッツが核心的な情報を得た翌日……
都の宿ではベアーがマーベリックの答えを待っていた。
そして時間より少し遅れてマーベリックが現れた。
「待たせて悪いな、交渉が長引いた」
一ノ妃とレイドル侯爵の話を持ち帰ったマーベリックは簡単に現状を伝えた、
「かなり込み入った話になっている」
マーベリックは淡々とした口調で述べた。
「ここじゃあれだから、場所を変えよう。」
マーベリックに促されたベアーは宿を出ると屋台の建ち並ぶ中央広場に連れ出された。マーベリックは鳥の串焼きをベアーに渡すと自らも頬張った。
「ここのはスパイスが違うんだ、ピリッとしてて麦芽種との相性は悪くない」
それに対してベアーが答えた、
「それよりも話を聞かせていただきたいのですが」
マーベリック串焼きから口を話した、
「わかっている」
マーベリックは友人をもてなすように振る舞うとベアーの耳元とでささやいた、
「……じつは、つけられてる、宿の客にいた連中だ……」
マーベリックはベアーにそう耳打ちしたあと柔和な笑顔を見せた。
「誰かが我々の動きに関心があるようだ」
マーベリックは鳥の串焼きをうまそうに頬張る、
「あと、こっちにまかせてくれ」
マーベリックはそう言うとベアーに屋台の商品をいくつか紹介しながら忽然と現れた路地裏にその身を置いた。
「これを!」
マーベリックは封書をわたした。
「ロイドさんに渡しなさい、詳しくはこれを読めばすべてわかる」
マーベリックの目つきが変わる、
「走れ、ベアー!!」
言われたベアーは路地裏の先に馬車が止まったことを確認した──御者はゴンザレスである。
ベアーはマーベリックを見た。思わぬ事態の発生に驚きはあったが、その眼には感謝の念が滲んでいる。
「速く!!」
マーベリックが促すとベアーが思わぬことを口にした、
「あの、バイロンとのことなんですけど…バイロンが初めて娼館で客を取ったとき……」
ベアーが述べるとマーベリックが叱咤した、
「そんなことはどうでもいい!」
言われたベアーは気圧されたが、かまわず口にした、
「あの日は何もありませんでしたからね、僕……まだ童貞ですから!」
ベアーはそう言うとゴンザレスが御者である馬車に向かって突っ走った。
思わぬベアーの発言にマーベリックは言葉を失った、
「……何を言ってるんだ……アイツは……」
マーベリックはそう思ったがその脳裏によぎったのは思わぬ思考であった、
「……となると……バイロンは処女か……」
素朴な結論がマーベリックの中でうまれたが、その目にはすでに襲撃者が映っている。二人の町人風の襲撃者はその手に角材を手にしていた。
『ちょうどいい、腹ごなしだ』
そう思ったマーベリックの表情が一変した──その目は爬虫類をおもわせる人間味のないものになっていた。
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マーベリックの機転により襲撃者の攻撃を回避したベアーはゴンザレスの案内により無事ポルカに戻ることに成功していた。
戻ったばかりであるが、ベアーはロイド邸に集まってそれぞれの現状を報告するテラスに足を踏み入れた。
社員達の表情には緊張感がみなぎっている、特にベアーのもたらした封書の存在には注目が集まった
*
最初に報告をもたらしたのはウィルソンである、
「モーリス卿に土下座しながら猫なで声を出して交渉期限の延長を申しましたところ、冷や水を浴びせられました。にべもない反応であります。」
ウィルソンはそうは言ったがその表情は暗くない……
「ですけど、レイの物をちらつかせたところ、モーリス卿の様子も変わりまして……」
レイの物とは象牙の舶来品である、ロイドがウイルソンに持たせたものだ、
「3日の猶予をなんとか」
ウィルソンはさらに続けた、
「さらなる付け届けを約束したところ……猶予は一週間に」
ジュリアがそれに反応した、
「さらなる付け届けって?」
ウィルソンがゴホンと咳払いした、
「はったりだ、高名な芸術家の彫刻があるとかましてやった」
モーリス卿の卑しさにつけ込んだウィルソンはありもしない付け届けを約束することで交渉を有利に進めていたのである。
ロイドはその報告にフフッと嗤った、
その後の報告はルナであった──ラッツのもたらした情報をかいつまんでいる。
「うちにきた港湾組合の荷夫はジョージズトランスポーテーションから5倍の日当を得たそうです。ですけど、その裏にはデモの時の積み荷のことを秘密にする約束があった模様です。」
「積み荷の秘密とは?」
ロイドが尋ねるとルナが即答した、
「箱の中は空だそうです」
その場の全員が息をのんだ、
「あのデモンストレーション……インチキなのか……」
ウィルソンがそう言うとルナが答えた、
「港湾組合の荷夫の二人の会話では間違いありません」
一同はどよめいた、
「ですけど、言質はとれていません。酒に酔った二人の会話では不十分という認識です。ラッツが瓦版の記事に載せるかどうか編集長と掛け合っているところです」
一同は鼻息を荒くした、
「すごい情報だな……」
さて、ベアーであるが……ベアーはロイドに封書を渡した。蝋でかためられた封にはレイドル家の家紋が入っている。
ロイドは封を丁寧に切ると中に入った便せんを手に取った、
目を通してしばし間を置く……その目は実に鋭い
「大将、どうなんですか、一ノ妃様のほうは?」
ウィルソンがそう言うとロイドが顔を上げた、
「なんともいえん」
そのもの言いは喉にものが詰まったかのようである。
ロイドはレイドル侯爵からの手紙をジュリアに渡すと皆に説明させた、
ジュリアは便せんの内容を吟味した──以下がその内容をまとめたものである。
1 枢密院の横暴は理解できるが決定を覆すだけの法的な理由はない
2 一ノ妃様も事態は重く見ているが、枢密院の決定を覆す裁可を出すことはできない
そもそも、裁可は外交問題や軍事的懸案でなければ出すことができない
3 現状ではどうにもならないが、何か大きな問題を見つけて客観的な証拠を提示できれば、裁可 の可能性はなくはない
上級学校を出たジュリアの説明を聞いた一同は、その内容になんともいえないものを感じた。
「……客観的な証拠の提示……」
皆が一様に黙り込む……だが、それにたいしてロイドが述べた。
「ジョージズトランスポーテーションのデモンストレーションが空き箱を使ったフェイクだと立証できれば状況は変わるな。」
皆の顔色が変わる──ルナが意見を述べた
「インチキだって証明できればいいですけど……どうやって?」
それに対してベアーが答えた、
「港湾組合の荷夫に証言させる……金をつかませれば、しゃべるんじゃないですか?」
それに対してウィルソンが反応した、
「ワハハ、おまえ、貿易商らしくなってきたな。日雇いの荷夫なら小金をつかませればゲロするかもな。酒と女っていう手もあるしな。ランクの高い娼館で半日遊ばせればいけるぞ!」
ウィルソンがいやらしい表情を見せるとルナが付け加えた、
「荷夫の証言がとれて……それをラッツの所の瓦版に載せてもらえば……」
ベアー達の顔に赤みが差す、
「ジョージズトランスポーテーションのデモがインチキだって一般人が知れば、さすがに貴族の連中も慌てるんじゃないですか、マーケットの反応だって!」
ルナが続いた、
「そうだよ、インチキなデモでみんなをだましてたってわかったら大騒ぎよ!」
ウィルソンが唸る、
「株価が暴落すれば、枢密院だってただじゃすまんぞ!」
戦略的に実効性のある案が浮かび出す、皆の顔に精気がにじみ出す、
「いいぞ、それだ!」
皆がそう言ったときである、絶妙のタイミングで話題に上った人物がやってきた、ラッツである。
「おお、いいところにきたじゃないか!!」
ベアーはそう言うとラッツの肩をたたいた。その表情は喜々としている。
だが、ラッツの反応は芳しくない、
「……先に知らせようと思って……」
ラッツは急いできたのだろう、軽く酸欠状態である、表情の昏さと相まって病人のようである……
「……実は……」
ラッツの表情が記者の顔に変わる、
「今朝方、港湾組合の荷夫の1人が……水死体で見つかった……」
その場の一同の顔色が変わる、
「そうだ、昨日の夜……ロゼッタの厠でジョージズトランスポーテーションのインチキを漏らした奴だ」
ラッツは続けた、
「もう一人も行方不明らしい……」
その場の一同は一瞬で沈黙した。
都から帰ったベアーはレイドル侯爵からの手紙をロイドに渡します。その内容は客観的な証拠の提示が必要だというものでした。そしてジョージズトランスポーテーションのインチキを立証することで客観的な証拠の提示になるとロイドは判断します、
ですが、そのインチキを知るであろう荷夫は……死体となっていました。
はたして、この後、物語は?




