第三十五話
本日は少し長めです。
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さて、同じ頃、ポルカでは……
ランチのピークを終えたロゼッタではルナが新作のサンドイッチを作って女将とその妹に振る舞っていた。
「ソースはよくなったけど、ハムがね……」
女将は家庭料理レベルのサンドイッチに首をかしげた、
「切り方を変えて断面はきれいに見えるけど、肉のうまみは足りないね……」
無口な妹も女将と同じ見解のようで、酒に合わせるつまみとしても使えないという表情を見せた、
「ポルカの肉屋はたいしたことないのよ、ハムもベーコンも……かといって魚介類はこの地域の人は食べ慣れてるからね」
女将がそう言うとルナは唸った、
「やっぱりザックの所のショルダーベーコンがないと駄目か……」
ルナがそう言ったときである、店のドアが開いた。
*
現れたのはラッツである、その表情は高揚しているではないか──何かあったのは間違いない。
「ベアー、いる?」
ラッツはベアーを探しているようである、
「今、都に行ってるよ、」
ルナが行けなかったことに対して不満そうに言うとラッツが軽く冷やかした、
「あら、彼氏はひとりで遊びに行っちゃった……ひょっとして都でニャンニャンなんてね……」
ルナは涼しい顔でフライパンを手にすると、振りかぶってにこやかに微笑むんだ──ラッツは血相を変えると本題に入った、
「実はおもしろい情報が手に入ったんだ……」
ラッツはベアーがいないことに落胆したが特ダネをゲットした様子を見せた。
「ケセラセラにはプラスになるんだけどな……」
ラッツがそう言うとルナが口を開いた、
「それならロイドさんに直接言えばいいんじゃない?」
ラッツは困った表情を見せた、
「裏が取り切れていないんだ、それがとれれば……いけるんだけどな」
ルナが興味津々の表情を見せた、
「で、どんな、話?」
ラッツはルナの造ったサンドイッチをそれとなくつまんだ。
「荷夫の話を聞いてたときにジョージズトランスポーテーションのデモのことが話題に上がったんだ。逆潮を悠然と航行したあの件、そしたら……妙な話に」
ラッツは鼻の利く瓦版の記者らしい表情を見せた。
「荷夫の連中は港湾組合を通して仕事をもらうんだが、ジョージズトランスポーテーションの船に荷を積んだ連中は通常の5倍の料金をもらっているんだ」
ルナがおどろきの表情をみせた。『5倍』という単語に興味を示している
「デモが成功したご祝儀っていう名目らしいけど……」
港湾組合は荷夫に仕事を振る代わりに紹介料という名目でピンハネするのだがジョージズトランスポーテーションが払った額は小さくない、
「なにそれ、おかしくない?」
ルナが息巻いた、
「何か、あるわね……」
ルナは冴えた勘をみせた。
「5倍の料金をもらってるってことは特別な理由がある……となるとあのデモンストレーションには裏がある──知られたくないことが……」
ルナの表情が変わる、
「荷夫、そして港湾組合となると……積み荷ね」
ラッツはさすがという表情を浮かべた、
「俺もそう思ってる、積み荷に秘密があるはずなんだ」
ラッツがそう言ったときである、ラッツとルナの所に普段は無口な女将の妹がやってきた。
「明日の夜、会合があるわ」
何のことかわからずルナがクビをかしげると女将の妹が仏頂面で続けた、
「港湾組合の貸し切りの宴会がうちであるの」
言われたルナはその目を大きく見開いた、
「手伝ってくれると助かる」
ぶっきらぼうな言い方であるが、ルナを当てにしているようである、
「夜に向けての仕込みと料理の給仕を手伝ってほしい」
言われたルナは渡りに船だと言わんばかりの表情を見せた、一方ラッツも秘密裏の取材のチャンスを得たと喜び勇んだ。
「酒が入れば、口も軽くなる、何か聞き出せるかも!」
ラッツがそう言うとルナも意味ありげににやりと笑った、その表情は魔女のそれであった。
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翌日の夜……
外灯が赤々としていた。最近の公共工事でロゼッタ近辺の道にも夜灯がつくようになり人通りも少なくない。明るくなった歩道はかつてに比べて遙かに歩きやすく、夕闇があたりを覆っても気にする者はいない。
6時を過ぎるとロゼッタに7人の男が入ってきた、そのうち二人の腕には腕章がついている。港湾組合の連中である。一団は貸し切りとなった店の奥に陣取った。
*
「お酒はいかがいたしましょう?」
窓際の席に着いた二人の男は葡萄酒をボトルで頼んだ。
ルナは愛想よく注文を厨房に通すと、新製品として試行錯誤しているサンドイッチを出した。
「港湾組合の方ですね、ご来店ありがとうございます。」
ルナは満面の笑顔を見せた、
「サンドイッチは頼んでないぞ」
細身の眼鏡を掛けた組合員が言うとルナが答えた、
「いえ、こちらは無料のお通しです。いつもひいきにしていただいているので」
二人の組合員は「そうなの」という表情を見せた。ルナは余計なことを勘ぐられないようにいそいそと動いた。
「すぐにお酒もってきますね」
ルナは葡萄酒のボトルを開けるとそれぞれのグラスに注いだ。
男達は静かに飲み始める、
「この前のデモンストレーションはすごかったですね、あのあと、港湾組合の方もお客さんできていただいて……羽振りもよくって本当にありがとうございます」
ルナが適当な嘘を交えて感謝すると先ほどの組合員が反応した、
「ご祝儀ってやつだよ、あの仕事は日当がよかったんだ。」
それに対してルナが答えた、
「わたし、近くで見てたんですけど、すごかったですよね。逆潮を航行するなんて、もう驚いちゃって……瓦版では株価がすごいとか……」
ルナがそう言うと組合員のもう一人、太った亜人が答えた、
「まあ、うちの組合の力が無ければ、あのデモも成功できたかはわからんけどね」
サンドイッチを口に運んだ太った亜人がそう言うとルナは呆けた表情を見せた、
「まあ、いろいろ、あるんだよ、お嬢ちゃん」
意味深な物言いを亜人の男がみせると腕に腕章のある男が咳払いした、どうやらこれ以上はしゃべるなと言う意味らしい、
ルナはその空気を感じると間の抜けた表情をみせてから厨房へと向かった、
『……アホなふりをしとかないと……』
ルナが離れると組合員たちはぼそぼそと人に聞こえぬ声で話し始めたが、その表情はどことなく意味深である。
『これ以上、おべっかを使っても何もしゃべらないだろうね……』
ルナはそう判断すると余計なことを言わないように淡々と給仕することにした。
*
さて、その一方……窓の外では組合員の話し声に耳を傾ける存在がいた、
ラッツである──ラッツは会話が聞こえる窓際の席の外にその身を置いて、彼らの会話を聞いていたのである。
『酒が入ってくれば口元は緩くなる……待っていれば何かあるかも……』
そう思ったラッツは薄くなった外壁に耳を当てて組合員達の会話に傾倒した。
*
だが、彼らは核心に触れるようなこと口にしなかった、奥歯にものが挟まったかのようである。
『何かありそうだが、話しそうでもないな……』
腕章をつけた組合員がにらみを利かせていそうである……
『……ここは辛抱だ……』
*
それからしばし……
ラッツの読みはあたった、それは宴が終わりに近いたときのことであった。ルナの問いかけに答えた荷夫の二人が外にある厠で用を足しに言ったときのことである。
『飲み過ぎたな~』
『ああ、ボトル6本……結構飲んだ』
『結構いい葡萄酒だったよな』
『安酒じゃねぇやつだ』
『つまみもいけてたしな』
二人の足元はふらついている、用を足している自分の足に排泄物がかかっている……
『だけどよ、あのぐらいの酒なんて当たり前だろ』
『俺もそう思う、』
『そうだろ』
酔った二人には不満があるようだ、
『デモの時の……』
『そうそう、あの積み荷……』
『ああ仕事は楽だった』
二人はそう言ったがその物言いはなんともいえない
『単なる木箱を積んだだけ……』
『書類は蜂蜜の瓶詰めと完熟トマトの瓶詰め……それと樽に入った葡萄酒……』
二人は嗤った、
『……中が空なのにな……』
『そうそう、中が空なのに……船はもくもくと煙を出して逆潮を航行……』
『見物人はそれを見て、歓声を上げて……』
『そうそう、笑えるよな……アレが滑稽ってやつだな』
ラッツは管理する組合員がいないことで二人の会話に歯止めがかからなくなっていることにほくそ笑んだ、
『口止めも込めて日当はいつもの5倍』
『それと宴会……』
『この後、女も抱かせてくれるってよ』
二人の荷夫は秘密を暴露しない代わりにそれなりの見返りを得たようである、ラッツは二人の会話を整理した、
『そうか、積み荷が空っぽだから逆潮を航行できたのか……荷夫はその見返りとして小遣いと接待……なるほどな。物理的な証拠はないけど……こいつらの証言として言質を取れれば記事を書けるな…』
ラッツは荷夫の会話が十分に満足のいく内容であることを確認すると、そっとその場を離れた。十分すぎる成果を手にした瞬間であった。
ルナの協力によりラッツはとんでもない情報を手に入れます。
なんとジョージズトランスポーテーションのデモはインチキだった……積み荷が空だったというではないですか……積み荷を運んだ荷夫の話はとんでもないものでした、
はたしてこの後、どうなるのでしょうか?(次回はベアーが都から帰ってきます)




