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第二十九話

26

『よし、沖に出たようだな。それじゃあ、最後の仕上げだ』


髭面の男は油で濡らした布を木棒に括り付け松明のようにした。


「悪いが、火の不始末ってことでみんな死んでもらうぜ」


そう言うと教祖の言いつけどおり髭面は松明を木箱の一つに押し当てようとした。


                              *


まさにその時であった、


「バッジを返せ、この馬鹿ロバ!!!」


『ゼーゼー』と息を切らしながら治安維持官がロバと一緒に倉庫の中に駆けてきた。


『なんでこんな時に治安維持官が……」


まさかの展開に松明を持った髭面は目が点になった。


                               *


一方、若禿の治安維持官には火をつけようとする髭面の男が映っていた。


二人の間に微妙な沈黙が訪れた。


若禿は髭面に向き直った。


「あの、倉庫で火を扱うのは危ないんじゃないでしょうか?」


若禿が間抜けな問いかけをすると髭面はにこやかに笑った。


「そうですよね……危ないですよね…」


再び沈黙が二人を襲う。


「とりあえずその松明の火を消してもらえます。」


「それはできないんですよ」


そう言うと髭面は一番近くにあった木箱に引火させようとした。


「お前、何やってんだ!!!」


若禿は髭面に飛びかかった。


「邪魔だ、この禿!!」


取っ組み合いなった髭面は薄くなった若禿の頭皮に松明の火を当てようとした。


「やめろ、毛が燃えるだろ、この糞ボケ!!!」


「うるせぇ、全部、燃えてしまえ!!」


「アホか、毛根が死ぬだろ!!!」


そう言うと若禿は足払いをかけて髭面を倒し、そのまま脇固めに入った。


「これ以上、俺の毛が抜けるようなことになったら、逮捕じゃ済まさんぞ!!」


だが、無情にも松明は木箱の方に転がり引火してしまった。


「あっ、マズイ」


若禿がそう思った時であった、小部屋の方から物音が聞こえてきた。


「誰かいるのか?」


若禿が大きな声を出すと奥の方から人の叫び声が聞こえてきた。髭面に縄をうたなくてはならない状態だが人命救助の方が優先される。


『しょうがない』


若禿は髭面を蹴り飛ばすと小部屋の方に走った。


                                *


煙がモクモクと上がり小部屋の方に火が回り始めた。


「やばいよ、速く縄を解かないと」


ベアーもルナも手足をきつく縛られていたため身動きがまともに取れない。


「クソッ……ここまでか」


ベアーがそう言った時である、額に汗を沸々とわかせた若禿が入ってきた。


「きみたちか!!」


 若禿は腰に下げていたショートソードを抜くと二人の縄を切った。


「他には誰かいないか?」


「ロイドさんが」


ベアーは指差した。


「よし、この人は俺にまかせろ、君たちはとにかく逃げなさい。」


 若禿の治安維持官はロイドをおぶるとルナとベアーとともに火の迫りくる倉庫の中を這いずるようにして進んだ。


                                *


火の廻りは想像以上に速くロイドをおぶった若禿は遅れた。


「君、私のことはいいから、逃げなさい。このままでは二人とも死んでしまう」


ロイドはそう言ったが若禿は聞かなかった。


「そうはいきません、あなたに生きていてもらわないとポルカの汚職は摘発できない!」


その時であった、二人の前に颯爽と足の短い動物が現れた。


ロバであった。いつになく凛々しい表情を見せると背中にロイドを乗せるように顎をしゃくった。

急いで若禿が背中にロイドを乗せると、ロバは韋駄天のごとき速さで炎の中を走り抜けた。


「あれ、俺は助けてくれないの……」


置いていかれた若禿は口をあんぐりと開けた。


                                *


 全員が無事に外に出ると、フォーレ商会の倉庫が崩壊した。あと少し遅れていたら皆死んでいただろう。『九死に一生』という言葉通りの展開であった。


そんな時である、ロバの背中から降りたロイドが声を上げた。


「船が出てしまった、あれでは沖に出てしまう……」


教祖と信者、そして子供たちを乗せた船はすでに港を出ていた。


「あの船どうかしたの?」


若禿がベアーに尋ねた。


「船の積み荷には子供たちが入れられているんです。」


ベアーがルナに続いた、


「100人近くはいるわ。みんな、クスリを飲まされて身動きが取れないの。」


「マジでか?」


若禿が素っ頓狂な声を上げた。


「何とか船を止められればいいのだが……」


ロイドが力なく言った時、ベアーの中で一つの案が浮かんだ。


                                *


「ルナちょっと、こっちに!!!」


「何よ?」


ベーはルナの腕を引っ張ると人目のつかない所に連れて行った。


「腕輪を見せて!」


「何言ってんの?」


ベアーは炭焼き小屋の老人からもらったアトマイザー(香水入れ)を懐から取り出すとルナの腕輪に振りかけた。


「あれ……」


ルナの顔が変わった。


「魔法が使える……」


「一時的に腕輪の効果がなくなるんだって。これで何とかならないかな」


「無理よ……火の魔法つかったら船が燃えちゃうでしょ。」


「あっ、そうか……そうだよね…」


ベアーが残念そうに言った時である、ルナの目に『あるモノ』が入った。


「ベアー、いけるかも」


ルナはそう言うと呪文を詠唱した。


                                *


 船上で教祖とソバージュの女は燃え盛るフォーレ商会の倉庫を見ていた。


「話が違うぞ、なぜ倉庫を燃やしたんだ!!」


パトリックは教祖に詰め寄った。


「何かの事故だろ、私にはわからんよ」


「ふざけるな!!」


パトリックが教祖を殴ろうとした時だった。その目を見た瞬間、パトリックの体が硬直した。


「私の眼を見たものは皆そうなるんだよ」


そう言うと教祖はパトリックの髪をつかんだ。


「美しい青年だ。私はね『両方』いけるんだ、後でかわいがってやる。」


教祖が下卑た笑みを浮かべた時であった、空から突然、『何か』が降ってきた。


「何だ、これは!!」


船に乗っていた信者たちは予期せぬ事態に慌てふためいた。


                               *


 なんと群れとなったカモメがフォーレ商会の船めがけて一斉にフンを落としたのである。まさかの出来事に船上は阿鼻叫喚の事態が生じていた。


「この程度のことで、騒ぐな。各自、持ち場で自分の仕事に集中しろ!!」


教祖は鳴りつけたが200羽を越えるカモメのフン攻撃はそれを凌駕するインパクトがあった。


さらに、別のカモメの群れが現れると船の進路を妨害した。


「邪魔だ、どけ!!!」


操舵手の周りを10羽以上のカモメが奇声を上げながら飛び交う。


「止めろ、前が見えん」


操舵手は必死になってカモメを追い払おうとした。


                               *


船の様子を岸から見ていたロイドが叫んだ。


「いかん、あの辺には岩礁があるんだ」


その顔は深刻である、その場にいたベアーもルナもその顔を見て不安になった。


                               *


操舵手はカモメに気を取られていた、気づいた時には岩礁が目前に現れていた。


「面舵、いっぱい!!」


 操舵手は右に舵を35度切った。船は岩礁スレスレのところを進んで行く。だが急に舵を切ったことと複雑な潮の流れで船体が傾いた。


「落ちる……」


複数の甲板にいた信者たちが海に投げ出された。その中には教祖とソバージュの女も含まれていた。操舵手は舵をきってなんとか岩礁を避けたものの、リーダーである教祖を失ったことでパニック状態に陥った。


                                *


ルナはニヤリと嗤った。


「どう、私の魔法は?」


カモメを使い魔として使役し、船を襲わせるという離れ業をルナは成し遂げていた。


「やったぞ、ルナ、子供たちもパトリックもこれで大丈夫だ!!」


ベアーは興奮してルナを抱きしめた。あまりの強さにルナは顔をしかめたが、気分は悪くなかった。


「若い男のハグって……けっこう、イイわね……」


ルナはまんざらでもない表情を浮かべた。


                               *


 船着き場から様子を見ていた4人の眼には救助に向かう他の船が映っていた。おぼれていた信者たちは必死になって救助船の縄にしがみつく。ずぶぬれになって震える姿は想像に難くなかった。一方、フォーレ商会の船は転覆しなかったため積み荷は無事で、中の子供たちに怪我はなかった。



ロイドは目の前で起こった奇跡に目を丸くしていた。


「こんなことが起こるなんて……信じられん」


ルナが魔法を使ったことを知らないロイドにはすべてが偶然として映っている


「やはり、神は存在するんだ。」


ロイドが力強く言うと治安維持官が口を開いた。


「私の髪はありませんけどね……」


若禿の言動があまりにタイミングが良くルナとベアーは爆笑した。



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