第三十話
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ラッツからとてつもない事実を聞かされたベアーとルナであったが、ザックが拉致された事件の顛末は意外であった。
ラッツの追っかけていた違法賭博の客が拉致の首謀者であり、さらにはジョージズトランスポーテーションが関連しているではないか……
二人は知恵を絞ると広域捜査官の助けがいると即座に判断した。ジェンキンスと言えども、この事実の前には捜査官も動かざるを得ないと考えたのだ。
その一方、ラッツは瓦版の記者としてジョージズトランスポーテーションの裏をさらに探るという結論にいたっていた。
*
ベアーはルナとともに広域捜査官の詰め所に向かうと直ぐさま今し方起こった事態を伝えるべく息巻いた。
「かくかくしかじかなんです」
ベアーがラッツの集めた情報を伝えると応対に出たジェンキンスが腕を組んだ。その表情は実に渋い。
「……そんなことが……」
ジェンキンスがそう漏らすとルナが口を開いた。
「拉致されたザックがジョージズトランスポーテーションの倉庫にいたのよ、あそこは民間の会社だから捜査できるでしょ?」
ルナが至極まっとうなことを言うと、ジェンキンスは唸った。
「……うむ……」
ベアーがたたみかける、
「速く行かないと、ザックが再びどこかに連れ去られてしまいます。」
ジェンキンスはうなり続けたが、ベアーたちの言動に一つの疑問を呈した、
「しかし……ザック本人が逃走を拒否したんだよね……そうなると……厄介だな」
二人が目を点にした、
「ラッツという新聞記者がザックを連れて逃げようとした所、本人であるザックが拒否した。自分で残るという選択をした……それなら我々は動けない」
「えっ!!!」
おもわぬ見解にベアーとルナは唖然とする、
「拉致は犯罪だが、本人の意思がそうでないと示している……」
ジェンキンスは淡々と言った、
「母親がどうとか本人が言ったならば……保護者が近くにいると考えられる。」
ジェンキンスは結論を出した、
「すまんが、それでは動けんな」
ジェンキンスは残念そうな表情を見せた、
「カジノの不正に関しては応対できる。だが拉致事案は難しい」
断言されたベアーとルナは口を開けている、
「そのザックという少年が母親と暮らす生活を選んだのであれば拉致の件に関しては決着だ。かりにザックが皇族であったとしても母と暮らすのであれば自然なことだろう。」
言われたベアーとルナはため息をついた。それというのもジェンキンスの見解を覆す意見を呈すことができなかったからである。ザックが自ら逃げることを拒否したのでは拉致としては認識しがたい……
「情報提供ありがとう、こちらでカジノの件は対処させてもらう」
ジェンキンスは二人をねぎらうと柔和な笑顔を見せた。
*
ジェンキンスは肩を落として出て行く二人を3階の執務室から眺めていた、
『あのガキども……こんなにはやくザックを見つけてくるとは……』
ジェンキンスはその眼を細めた、
『瓦版の記者見習いの小僧といい、うちの捜査官よりも鼻が利く……』
ジェンキンスは素直にベアー達の情報収集能力に驚いていた──だがその目は嗤っていない
「事案の本質に気付かれることはマズイ。これ以上首を突っ込むなら……」
ジェンキンスはそう思うと通信手段である伝書鳩の元に向かった、
『早めの対処、それこそが私の未来をかえる』
ジェンキンスは伝書鳩の足下に文言をしたためたメモを挟んだ。
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さて、ベアーはルナとともに意気消沈したままであったが、現状を相談すべくロイド邸に戻った。
「ああ、お前たちか」
ベアーの表情から現状が芳しくないことを看破したロイドが口を開いた、
「二人でそろっているということは何かあるんだろ?」
言われたベアーはすぐさまルナとともにザックに関わる事案と広域捜査官の動きについて述べた。
「……そうか……」
ロイドが沈思していると気を利かせたルナが買ってきたレモンケーキと紅茶を用意した。
「ザックがマルス皇子だとすると、母親は三ノ妃になる。そこにジョージズトランスポーテーションが絡んでいるのか……」
ロイドはベアー達のもたらした思わぬ情報に腕を組んだ。
「しかし、もしそうであれば……とんでもないことだぞ……」
下級貴族である男爵という立場ではどうにもならない事態である、
「私の知るところでは三ノ妃様は行方不明、そしてマルス様は落馬で死亡したはずだ……だが、その二人が合い見舞えている。さらにはそこに新興のジョージズトランスポーテーションが……」
ロイドの発言に対してレモンケーキを頬張っていたルナが発言した、
「ジョージズトランスポーテーションって株価が上がってるんでしょ、じゃあ、いっぱいお金があるんじゃない。その金で何か企んでいるんじゃ?」
ベアーも同意した、
「ジョージズトランスポーテーションは飛ぶ鳥を落とす勢いです。その資本があれば……」
ロイドは直ぐさま勘づいた、
「狙いはバッハの侯爵の持つ許認可だろう。買収して蒸気機関にかかる行政の許認可を認めさせるはずだ。」
ベアーは「やっぱり」と漏らした。
「だけど三ノ妃とマルス様はどう関係しているんですか、ジョージズトランスポーテーションとどんな関係が?」
ロイドは再び腕を組んだ、
「すまんな、二人とも、少し時間をくれないか……」
ロイドの顔色は冴えない、その表情には苦々しい思いが透けて見える、許認可だけではないもっと大きな目的が透けて見えだしている……
「下手な動きを見せればこちらがやられる可能性のある話だ。男爵という立場で高級貴族に太刀打ちできるわけではない。」
ロイドは続けた、
「かりに枢密院がここに絡むのであれば、それは我々の及ぶ範囲ではない。ふたりとも、この事実は胸にしまいなさい。敵が大きすぎる」
ベアーとルナは異様な沈黙につつまれたが、ロイドはそれ以上は何も触れなかった──弱小貴族の限界を認識した苦渋の思いが表情に表れている。ベアー達もロイドの表情を見るとこれ以上の追求が厳しいことを察した。
と、そんなときである、そのしじまを破るようにして来客を知らせるベルが鳴った。
ラッツからもたらされた情報を広域捜査官のジェンキンスに伝えたベアーとルナでしたが……なんとジェンキンスはそれを無視しました。(意味ありげ)
一方、状況を認識したロイドは状況が普通ではないことに気付くと、無理をしてまで動く必要は無いと諦めをみせます。
そんな中、彼らの前に突然の来客が現れました……さて、誰なんでしょうか?




