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第二十九話

今回は敵サイドの悪巧みです。

最近は、気温の変動が大きく体調管理が大変なので読者の皆様も体調にはお気をつけください。(ちなみに作者は便秘です)

29

ムラキが連れてきた二人がスイートにその足を踏み入れた、


 女の方は30半ばを過ぎており、化粧をしておらず、平民の召し物を身につけている。男の方はうつむいて表情は見えないが十代の中頃に見える。


バッハはその二人を見て怪訝な表情を浮かべた、


「何のまねだ?」


バッハが不快に言うとムラキが答えた、


「大切なお客様です?」


言われたバッハは立ち上がってムラキを指弾した、


「不細工なガキと年増の女、一体なんなのだ?」


 バッハが不快に言い捨てたときである、バッハの頬にいきなり平手が飛んだ──年増女の一撃である。


バッハがまさかの平手にその眼を点にすると紫の法衣を身につけた最高議長が息を吐いた。



「……なんと……」



最高議長はそう言うとその場でかしずいた、



「三ノ妃様、そしてマルス皇子」



それを耳にしたバッハは腰を抜かした、



「えっ、マルス様は落馬で死んだのでは……三ノ妃様も行方不明のはず……」



バッハはそう言ったが枢密院の最高議長の表情は明らかに変わっている。


「お二方ともご健在のようで」


最高議長がそう言うと三ノ妃は一歩前に進み出た、


「妾の顔を忘れたようだな、バッハ卿?」


嫌みが全身から噴き出している、バッハはその表情をこわばらせた。


「いえ、化粧をされておりませんので……その……」


バッハがばつの悪い表情を見せると三ノ妃が嗤った、


「そう、わかりました」


突き放すように三ノ妃は言うとムラキを見た。


「本題に入りましょう」


 三ノ妃の一言によりその場の雰囲気ががらりと変わった、だが、その雰囲気の中には瘴気のごとき不快なものが含まれていた。


                                *


三ノ妃が口を開くと最高議長もバッハも黙った、その内容があまりに突飛であったからだ。



「再びマルス様を帝位に……ですか」



最高議長がそう言うと三ノ妃は狐のごとき表情で頷いた、


「しかし、一ノ妃様が一度決められたことは覆すことはできませぬぞ、マルス様の戸籍もすでに失われております。死人を生者にかえるはいささか乱暴かと……」


最高議長はさらに続けた、



「帝位の発言は絶対です」



それに対してムラキが答えた、


「最高議長、たしか、あなた様は一ノ妃様とは仲がよかったような?」


ムラキがそう言うと最高議長が殺意の滲むめでムラキをにらみつけた。


「貴様、何を言う?」


 バッハはその物言いに顔色を青くした、その体は一歩後ずさっている。この場から逃げ出したい思いが如実に表れていた。


だが、ムラキはそれにかまわず続けた、


「枢密院の最高議長というポジションはあなたにとって閑職だと聞いています。普通の貴族なら別ですが」


ガマガエルの頬から湯気が立つ、明らかに怒りが吹き出している。


だがムラキはそれさえも恐れなかった、



「一ノ妃様との関係――今もおありなのでしょう?」



最高議長が怒りにその身を震わせた、



「お前、ぶち殺すぞ!!!」



 だが、ムラキはひょうひょうとしている。その眼を細めて最高議長を観察さえしているではないか……


「………………」


 最高議長がその手に燭台をもって立ち上がった、煌々とした殺意が吹き出している、それを見たバッハは震え上がった。



『やばい……』



と、そのときである、三ノ妃が中にわって入った。



「話はまだ続きがあります」



 三ノ妃がそう言うとゆでがエルのように顔を真っ赤にした最高議長が三ノ妃をにらみつけた、その形相たるやこの世の物とは思えない……さしもの三ノ妃も足が震えている……



「調子にのるな、貴様は逃亡者のみだぞ。この女狐!」



 最高議長は三ノ妃さえも襲わんとする姿勢をみせた、そこには殺意とは異なる純粋な狂気が生まれている──その狂気はその場の誰もが足をすくませるほどである──



 だが、それを覆す存在が現れた――マルスである。マルスは震えながらも三ノ妃の前に出て母を守ろうとした。



「マルス様まで、その手に掛けますか?」



 淡々と観察していたムラキは意味深にそう言うと鮮やかな手つきで懐から小切手と手形を出した、その額は驚くものである。


バッハはそれを見ると再び体を震わせた、



『何だ、あのゼロの数は……桁が違うではないか……』



ムラキはその眼を大きく見開いたバッハを無視して続けた、



「この金額は『道』に入るための通行料でしかありません。この先に生まれる果実はそれ以上の物になるでしょう。」



最高議長は変わらぬ口調でもの申した、



「お前、意味がわかっているのだろうな?」



ムラキは涼しい顔で答えた、



「もちろんです」



最高議長は燭台を捨て置くと、脂ぎった表情でムラキを見た。



「お前の考えは透けて見えている……マルス様の皇政復古、そして皇親政治を行う課程での業者への便宜」



バッハが口を大きく開けた、あまりの驚きに声が出ない。



「さすが」



ガマガエルは続けた、



「欲の深さはお前の方が上のようだな」



だが、ガマガエルはムラキの差し出した小切手も手形も受け取らなかった。



「金額は重要ではない」



油をフツフツと額や鼻からあふれさせた男はムラキに言った、



「お前たちは半ば革命と同じことを起こそうとしている。マルス様の戸籍を復古させることはこの国の未来を変えることになる。」



ガマガエルが本質を穿つとムラキがフフッと嗤った、



「一ノ妃がいる限り、その夢は到底適うことではない。」



それに対してムラキが答えた、



「ご高齢の方です、いつどうなるかわからない」



不遜を通り越したその物言いには自信さえ滲ませている、ムラキはガマガエルの耳元でささやいた、



「……お前……」



ガマガエルが驚きの表情を見せるとムラキが続けた、



「マルス様の戸籍が復古された暁にはアレの使用権を第四宮から枢密院に……」



三ノ妃が小さく頷く



『……打ち出の小槌……』



最高議長は襟を正した。



「どうやら考えざるを得ないようだな」



 ガマガエルはそう言うとムラキの手にしていた小切手と手形をぶんどった。そしてめざとく数字を確認すると、小切手をバッハに渡した。どうやら共同正犯に引きずり込むようだ……



「では、本日はこれで」



 すべての様を見たムラキがそう言うと、三ノ妃はにこやかに嗤った。その表情は蛇蝎という言葉がそのまま当てはまるものであった。




ムラキは三ノ妃とマルス皇子を再び表舞台に出すつまりです、そしてその工作をするために枢密院の最高議長とバッハ卿を駒にするようです。まさかの策にガマガエルもバッハ卿もタジタジです。


さて、悪人達はこの後、いかに?(次回はベアーの視点に戻ります)

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