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第二十八話

27

デモを終えた翌週──ジョージズトランスポーテーションの社長、ジョージの元には多くの人々が訪れていた。逆潮を航行したことが大きなインパクトとなり、各地から引き合いのために商工業者たちがはせ参じていたのである。


中には貴族の使いと思える執事服の男達もちらほらと見受けられる、


「今まで馬鹿にしていた連中が手のひら返しで、商談にやってくる……」


ジョージは新社の三階にある執務室からその様子を覗いていたが不快な思いは消えなかった。


「浅ましい奴らだ……どいつもこいつも守銭奴め」


 ジョージはその応対に嫌気がさしていたため、執務室から出ることなく憂鬱な表情を見せていた──その机には今朝の瓦版がある……



「株価はうなぎ登りをこえて昇り龍か……」



 中型船舶であるモーリス号の航行は見物客だけでなく瓦版の記者達にとってもおおきなネタになっていた。先週のデモで株価は恐ろしいほどまで上がり、午前の相場が終わらぬうちにストップ高となっていた、


だが、ジョージの表情は冴えない、


「あのデモは成功だった……とは、いえない……」


ジョージは蒸気機関を発明した人間として先週のデモにおける歪曲された真実に気付いていた、


「……だが、ここまで大きくなってしまうと……本当のこともいえない……」


ジョージは頭を抱えた、



「……真実が露見すれば……すべて……」



と、そんなときである、ノックと同時にドアが開いた、


「社長、素晴らしい数字です。すでに一部は現金化する手はずを整えました。枢密院の方にながします。寄付という形で……」


そう言ったのはムラキである、その表情は淡々としている



「……君か……」



 ムラキは社長の表情を見るとデモにおけるモーリス号の想像以上の運航にジョージが疑義を持っていることに気付いた、



「歯車を動かすシャフトの弾性は不十分だった、それに出力自体も不十分だった。あれだけの荷物を運んで船が推進するはずがない。普通ならオーバーヒートして火事になるはずだ」



技術屋としての見解をジョージが述べるとムラキは柔和に微笑んだ。



「そうでしょうね、ですが経営者としては完璧です」



ムラキは続けた、



「株価はしばらくの間、上がり続けるでしょう。うちの息のかかった瓦版の記者達はダリス全土にこの事実を記事として配布しています。ジョージズトランスポーテーションの名を知らぬ者は商工業者の間ではおりますまい」



ジョージはそれに反論した、



「私が言っているのは金の話じゃない、蒸気機関の安全性の問題だ。」



ジョージがそう言うとムラキはそれを鼻で笑った、



「すでにデモは終わりました、蒸気機関の許認可が降りるまでの時間で改良すればいい」



ジョージが反論した、



「無理だ、取り付ける船舶の問題もあるし、蒸気機関自体の耐久度と重量の問題は現状でなんとかなる問題じゃない。新たな合金の開発が必要なる。それには一月や二月では無理だ。」


ジョージは息巻いたがムラキはのれんに腕押しである、ムラキは平然としている、



「何はともあれ、計画は進めます、社長、お気になさらなくて結構ですよ。すべて順調です」



そう言ったムラキの表情は今までに無く冷たい、



「何を考えているんだ、ムラキ?」



社長がそう言うとムラキは何も言わずにそのまま部屋から出て行った。



28

それからしばし──ジョージの元を去ったムラキは目的の場所であるホテル ハイアットに到着していた。直ぐさま昇降機に乗るとひときわ豪華なスイートルームのドアに手を掛けた。


「時間通りだな、ムラキ」


 声を掛けてきたのはバッハ侯爵である、少なくなった銀髪を7:3に分けて丁寧に櫛でなでつけていた。頭頂部がカバーできずにぽっかりと穴が開き、そこから地肌がすけて見えている。


声を掛けられたムラキは柔和な表情を見せた。


「お前の思ったとおりの展開だな」


バッハはそう言うとフフッと笑った。


「株価は異様な値段を付けて上がり続けている」


バッハは許認可をちらつかせてムラキを攻めた。


「金の目処はついているのだろ?」


ムラキはすぐさまモーリス号の所有者の口座に金を振り込んだ伝票をみせた。


バッハはまんざらでもない顔を見せた、だが『金額が足りない』という様子をさらに見せた。



「桁が足りんようだな」



バッハが言うとムラキが間髪入れずに答えた、


「わかっております、ですがその前にお客様にあっていただきたいのです。」


バッハが怪訝な表情を見せると、入り口のドアが開いて紫の法衣を身につけた男が入ってきた。


 バッハはその法衣を見ると立ち上がって頭を下げた、その表情には微塵の余裕もない。脂汗さえ滲んでいるではないか……


紫色の法衣を身につけた人物はバッハに座るように手で指示するとムラキを見た。



「枢密院 最高議長のご足労、まことにありがとうございます。」



ムラキがそう言うと最高議長はゆっくりと上座に腰を下ろした。ガマガエルのような風貌と異様なあばたに特徴のある顔が印象的である。最高議長はムラキを無視してこえをあげた。


「バッハ卿よ、モーリス号のデモンストレーション、誠に見事であった。当方も感服した。」


バッハはかしこまったままである。


「許認可の件はそちの判断でなんとでもなるはずだ。」


最高議長はそう言うとバッハの金に対する姿勢を揶揄した。


「蒸気機関がもたらす法外な利益は倫理上の問題を産むであろう……モーリス号の持ち主は確かお前の遠縁であったな」


言われたバッハはすぐさま最高議長の意図に気付いた。


「許認可をちらつかせて商業的な利益を息のかかった身内の業者にもたらしめる、その行為はいささか乱暴だと思うが」


がま蛙ような風貌だが妙に唇が薄い、最高議長の物言いは淡々としているが明らかな威圧がある。


バッハは頭を下げたまま、その表情を歪ませていた、


「事案が枢密院で精査される前にそれなりの応対をした方が身のためだと思うが、いかがかな?」


 がま蛙がそう言うとバッハは歯がみした……枢密院に金の一部がはねられるという可能性が甚だ高い。だが枢密院という貴族を統べる統治機関の長の発言には従わざるをえない。キングメーカーといわれる枢密院最高議長の発言は軽くはない。


 ムラキは頭を下げるバッハに対して冷たい視線を向けていたが、面を上げたバッハの表情は明らかに屈服していた。


『フフッ……パワーゲームだ。キングメーカーが勝つのは当然だな』


ムラキはそう思ったが最高議長の視線が突然、ムラキに移った。その目は尋常ならざるものである。


「ムラキよ、許認可もそうだが、私が動いたことにおける労苦は安くはないぞ」


 最高議長はムラキの戦略をすでに読んでいた、すなわち許認可をちらつかせて暴利をむさぼるバッハを最高議長の権威をもって制するという戦略を……


「用意はできているだろうな?」


最高議長が揶揄するとムラキは平身低頭した。


「もちろんでございます、ですが……」


ムラキはそう言うと自ら入り口のドアに向かうと外で待っていた二人の男女を引き入れた。



「突然ですが、こちらの方々を紹介したいと思います」



 ムラキは丁寧にもの申したが、その目は嗤っていなかった。そこには枢密院の最高議長でさえも欺く策があった。




中型船舶の航行は成功したようですが、社長であるジョージはそうは思っていないようです・


一方、ムラキはバッハ卿を押さえるために枢密院の最高議長を呼び出しますが……ムラキにはまだ策があるようです。ムラキは一筋縄ではいかぬ策士のようであります……


次回に続く!

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