第二十七話
暑くなってきましたが、水分補給は皆様大丈夫でしょうか……ちなみ作者は便秘です
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天候はすこぶるよかった、流れゆく鰯雲がそよぐ姿は豊漁の兆候であり漁民にとっては喜ばしい兆しである。だが、しかし、港には漁に出ているはずの船が係留されていた。豊漁が望めるこの天気であっても漁師達は沖に出ていないのである。
ただ一艘をのぞいては……
沖に浮かぶその船にはモーリス海運の旗がはためいている、中堅の海運会社で中型帆船のリースで生計を立てている会社だ。バッハ卿の親戚筋に当たるモーリス卿が経営していた。
*
続々と集まる人々の数は小一時間でわんさと増えて、ポルカの漁港は人だかりとなっていた。その中には商工業者も存在していた。これから起こる事象に対して並々ならぬ思いを抱いている業者である。
一部の人々はその見物客を当てにして商売を始めている──飲み物を売る者や、軽食を調理する者、パラソルの下でサンドイッチを売る行商人もいる。
そして人々の集まる最前列に陣取っていたのはベアー達であった。これから起こるであろうことをその眼に焼き付けるつもりであった、
*
「広域捜査官のほうはどうだった?」
ウィルソンが行方不明になったラッツについて触れるとベアーが答えた、
「カジノの件は広域捜査官も興味があるようで──ラッツ捜索はできる範囲で行ってくれるそうです。事務官がカルロスさんとスターリングさんに連絡してくれました。」
ベアーが広域捜査官の詰め所であったことを簡潔に述べるとウィルソンは頷いた、
「普通なら記者がいなくなった程度じゃ広域捜査官は動かないはずだが──よかったな!」
ウィルソンはベアーとルナのコネクションに唸った。
だが、すぐさま、その視線を移すとウィルソンは海面に浮かぶ船を凝視した。
「デモが始まりますね」
ベアーがそう言うとウィルソンがめざとい反応を見せた、
「モーリス海運、バッハの卿の息のかかった船会社……一族経営の末端と言っていい」
そう言ったウィルソンの表情は貿易商らしき見識がある。
「船に蒸気機関とかいうからくり箱を乗せると逆潮さえも進むことができる……本当なんですかね?」
ベアーがそう言うとその声を遮るようにして二人の耳に大きな音が断続的に聞こえてきた。
見物人達はその音の方に耳を向けた、
「おおっ!!!」
爆音とともに黒煙が上がる、一瞬だが爆発したのではないかと思える事態が生じる。沖に出ていたモーリス海運の商業船に付けられていた蒸気機関から排出されたものだ。間を置かずして後部についた水車のごとき歯車が周りだした。
そして……
モーリス号はゆっくりと波を切って動き出した……
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モーリス号の動きは見物人を満足させるに十分であった、10分程度の湾内のクルージングを行うと見物客達はどよめきをみせた、
『すげぇ、動いてるよ……』
『帆を張らずに船が動くなんて……』
『積み荷もちゃんと乗ってるしな……』
モーリス号の甲板部分にはワイン樽と木箱が整然と連なっている。定量の積み荷をきちんと運んでいるようだ。
『さあ、逆潮をいけるか』
『そうだ、そうだ』
『あそこを渡れるかどうか!』
見物人達は固唾をのんだ。それというのもポルカの潮流において水先案内人が一番難儀するのが逆潮の流れる湾内だからである。湾内の一部地域に流れる潮流が大海に出るときにちょうど邪魔になるのだ。年に何度もここで事故が起こっている……
『おおっ!』
『いくかっ?』
『いけるか……』
モーリス号は黒煙を吐きながらゆっくりと進む、爆音が響きさらに黒煙が上がる、
『あっ……』
『いっ……』
『いったよ……』
見物人達が声を上げた、中には指笛を吹く連中もいる……
『すげぇ……』
『……マヂか……』
モーリス号はゆっくりだが逆潮を航行し始めたではないか……
『帆船なら横から突っ切ることはできるけど、潮には必ず流される……』
『逆潮にさからって前に進むなんて……』
『それも荷物を積んでるからな……』
モーリス号は航行する雄々しい姿を見せるとそのあと湾内をさらに一回りした。
見物人達は熱い視線を送る。
『すげぇ……』
『音はうるさいけど……』
『それでも、すげぇ……』
そしてモーリス号が余裕を持って着岸すると凄まじい喝采と拍手が飛んだ。船長とクルーがタラップを降りてくると、それと同時に瓦版の記者や関係者が彼らに近寄る。まるで英雄の凱旋を喜んでいるようだ……
ベアーとウィルソンは想像以上の結果に度肝を抜かれていた。
「ほんとに逆潮を……航行するなんて」
ベアーがそう漏らすとウィルソンも鼻息を荒くした、
「こりゃ、すげぇぞ……マジで革命だ……」
二人がその目を点にしているとその視野にジョージズトランスポーテーションの副社長ムラキとバッハ海運の息のかかったモーリスが現れた。彼らは固く握手すると互いに健闘をたたえ合った。デモが成功したことで喜びを禁じ得ないようだ。
その様を見せつけられたベアーとウィルソンは唖然とした、
*
だが、そんなときである、ベアーの袖を引く者が現れた
「ちょっと、ちょっと!!!」
呼びかけてくるのはいつの間にか現れたルナである、その表情は真剣である。
「なんだよ、今、大事なとこなんだよ!」
ベアーが邪険にしたがルナは引き下がらない、
「こっちも大事なの!」
ルナに言われたベアーがルナの差した方に顔を向けるとなんとそこには思わぬ存在が現れていた。
モーリス号の奇蹟をみせられたベアーであったがその眼に映った存在はどうしても気になった。ウィルソンに断りさえいれることなくルナとともにその存在の所に向かった。
「おおっ!!!」
なんと、ベアーの前にはいなくなったラッツとロバがいるではないか……だが、その表情は両者ともに神妙である、
「どこ行ってたんだよ、みんな心配してたんだぞ!」
ベアーがそう言うとラッツが表情を変えぬままに発言した、
「実はザックにあったんだ……」
ベアーとルナの表情がこわばる……思わぬラッツの言動に刮目する、
「そこでこいつとも」
ラッツはロバを見た、
「ザックとあったって……どういうことなんだ、それにロバとも?」
ベアーが当然至極のことを尋ねるとラッツは大きく息を吐いた。そして今までの顛末を語り出した。
*
「えっ、じゃあ、カジノのインチキを暴こうとしてたら……その関係者のところにザックがいたの?」
ルナが素っ頓狂な声を上げるとラッツがうなずいた、
「そうなんだ、いかさま博打の証拠が見つからないから、なんとかならないかと思ってあいつを追っかけていたら……」
ラッツは続けた、
「そしたら、捕まって……それで」
ラッツはケツをもぞもぞと触った。
ベアーはその様子を見ると直ぐさまラッツの臀部に回復魔法を(初級)を施した。ラッツは若干恥ずかしそうな表情を見せたが痛みが和らぐと、再び口を開いた。
「あいつに襲われたときにロバとザックが助けてくれたんだ。間一髪だった」
ラッツが感謝の念を述べるとロバが雄々しい態度を見せた、『俺のおかげだ!』と言わんばかりである。
「だけど……ザック……あいつ逃げなかったんだ……」
ラッツがそう言うとルナが不可思議な表情を見せた、
「拉致されたんでしょ、逃げないはず無いじゃん!」
それに対してラッツが答えた、
「……ザックは『お母さん』って言ってた……」
ベアーはピンときた、
「ひょっとして……お母さんって……」
ベアーがそう言うと同じくピンときたルナがつぶやいた。
「……まさか、三ノ妃……様……」
ベアーがそれに続いた、
「ザックが死んだとされるマルス様なら母親は……いなくなった三ノ妃のはずだ。」
ラッツがそれに反応した
「お前らの言うとおりザックが本当にマルス様なら……」
ラッツの表情が瓦版の記者のそれへと変わる、
「とんでもないことだぞ」
ベアーはその表情を見るとさらに何かあると踏んだ、
「ラッツ、まだ何かあるんだろ?」
ラッツは頷いた、
「俺が捕まった所……倉庫だったんだけど……そこの屋号……」
ラッツの表情に力がこもる、
「ジョージズトランスポーテーションだった」
ルナとベアーの視野にはデモを終えたモーリス号が映っていた、そして船の壁面に掲げられた横断幕にはジョージズトランスポーテーションの名が記されている……
「嘘だろ……」
ベアーはそうつぶやいたが、ラッツは首を横に振った、
「マジだ!」
三人は言葉を失ったが、その沈黙には彼らが直面した事態が普通ではないこと、そしてこれから起こるであろうことが大きな変化を引き起こすという認識があった。
ベアー達は蒸気機関を搭載した船の航行する様を見て驚きを隠しません、モーリス号は見事に逆潮を渡ったのです。
ですが、それ以上の驚きがありました、そうラッツとロバが現れたのです。そしてラッツからもたらされた話の内容はさらに驚くべきものでした……
はたして、彼らはこの後どうなっていくのでしょうか?




